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20.急募

 普段、アニエスは一階のキッチンと内扉で繋がったダイニングで、朝夕の食事を摂る。

 そこは屋敷の使用人たちが集まる食堂であり、主人が過ごす専用の居間は別に存在するのだが、無駄に空間のある部屋で一人ぽつねんと食事をするのも、いちいちそこまで食事を運んでもらうのも七面倒で、アニエスは朝に起きるとさっさとダイニングへ降りて来てしまう。

 早起きのジークやクルツと同じテーブルにつき、ルーのパンを食べるついでに彼らに必要な連絡をしたり、雑談をぼんやり聞くのが日課となっていた。

 ちなみにトリーネは自宅通勤のため、後で作業員たちと共に、月極めで借り入れている馬車便に乗ってローレン領からやって来る。一方、リンケは館に住み込んでいても朝食に顔を出す時と出さない時とが半々であり、今朝は姿が見えなかった。また夜通し研究に励んでいたのだろう。腹が空けば起き出し、余ったパンを齧りに来る。

 頼んだ仕事をまっとうしてくれるのであれば、どんな勤務形態でもアニエスは許容するつもりではいる。


「速達だそーでーす」

 その日は朝食中に郵便物が届いた。クルツが書類も入る大きな封筒を持って、ダイニングに戻って来る。

 結局彼の役職は家事使用人、ルーの補佐として、男メイドとでも言うべきところに落ち着いた。少女とそろって敏捷性が高いため、雑用を頼むのになんだかんだで重宝している。

 さっそくアニエスが封を開けてみると、真っ赤な花と鋭い女性の肖像が描かれた婦人雑誌、《アスター》が出て来た。今は王都にいるニーナからの献本である。

 安価な紙を使ったペーパーバックで、朝食の間に読める程度のそう多くはないページ数だ。

 先月に第一号が発行され、アニエスの生い立ち語りからエインタート領の解説を半分以上のページを使って紹介し、今月号では先月号で引きに使った魔王との鬼ごっこの顛末が書かれていた。打ち合わせた通り、ファルコの名は影もない。さすがにこの程度の雑誌が国家権力に抗うことはない。

 発行前にゲラを読んでいるアニエスはざっと目を通しただけで、期待に目を輝かせているルーに雑誌を回す。ジークとクルツもその脇から首を伸ばした。

「《最凶魔王、完全調伏! 驚天動地の発想の勝利!》だって! またアニエス様がかっこ良く書かれてる!」

 ルーは、ニーナのだいぶ誇張した表現を気に入ってしまったらしく、実際の状況を忘れご満悦だ。

「んー、ぎりぎり本当のぎりぎり嘘ってか」

「まあ、こういうのは宣伝にならないと意味がないからな」

 一方のクルツやジークにはやや苦笑が混じり、アニエスは心から居たたまれずにいる。

 ただでさえ、女性初の叙爵ということで大層ご立派な人物のように書かれ、さらに今回のファルコの功績は全部アニエスに押しかぶせられたため、誌面上にて何やらとんでもない傑物になりつつある。

 ゲラの段階で、もっと大げさ過ぎない表現に留められないか打診してみたものの、それではインパクトも糞もなく、雑誌が売れようもないということを、オブラートに包んで伝えられた。

 王都の風評はエインタートまで届かないため、この雑誌がどの程度の話題となっているのかはわからない。せいぜい、失笑を買っているくらいであれば良いとアニエス自身は思う。

 だが、封筒の残りの内容物を見て硬直した。

 ジークがそれに気づき、雑誌から目を離す。

「どうかされましたか?」

「・・・あ、いえ」

 そっと、アニエスが取り出したのはクリップ留めされた書類の束である。一枚一枚、異なる筆跡で書かれているものだ。最初の紙の右端に、ニーナのメモが挟まっていた。

「前回の雑誌に、《会計士》の求人広告を出してもらっていたんです。それに対して、さっそく履歴書が届いたらしく・・・」

「おぉっ、それは何よりです」

 ジークの声は明るくなる。だがアニエスは、どちらかと言えば困惑のほうが大きかった。

 会計士という、要するに予算管理を専門にしてくれる事務方の人材は、なるべく早く入れねばと当初から考えていた。そのことはゴードンの経営手引書にも載っている。復興の命脈を握る資金運用には、高度な知識による補助が必要だ。素人のアニエスではもう限界である。

 魔物をなんとか森へ帰せた今、ようやく人材を募る準備ができ、アスターの他、エリノアにも協力を仰いで各所に求人を出し反応を待っていた。

 だが工事の人手がまったく集まらないでいる現状を目の当たりにし、この分では他の求人も見込めないのだろうと、半ば諦めていたところに、創刊したばかりの雑誌だけで履歴書が十枚以上も送られてきたのである。意味がわからなかった。

「な、何かを皆さんは勘違いされているのでしょうか」

 例えば勤務地を王城かどこかと間違えてはいまいか。誌面が景気の良い内容なので、領地整備もろくに進んでいない辺境地であることを忘れてしまっているのだろうか。

「別に普通じゃないすか?」

 そんな不安に明確に答えを示したのは、足をぷらぷらさせて椅子に座る少年だった。

「だってその求人って、アニエス様の婿を探してるみたいなもんでしょ?」

「はあ?」

 口をあんぐり開けたルーと同様に、アニエスも疑問符を飛ばしていた。

 クルツは木製スプーンを指揮棒のように振り、「考えてもみろよ」と偉そうに言う。

「会計士ってのは主人の財産を管理できるわけだろ? 王様の妹の、金持ちの土地持ちの若いねーちゃんの財産を好きにできるんだぜ? そんなの、もう旦那になるようなもんじゃん。俺だって飛びつくね」

「いえ、会計士は決してそういうものでは・・・」

 否定するアニエスの言葉は尻すぼみとなる。

 クルツの認識はだいぶ偏っているが、真理の一面でもあったのだ。財産管理をしてもらっている信頼が愛情に発展する――そんな未来も皆無とは言えない。過去の事例としてもなくはない。

「口説き落として、完全に自分が好きに金使えるようにしようって思ってる奴もいるんじゃね? 最終的に結婚までできなくたってさ、金もらうだけなら愛人どまりでいいし」

 あどけない少年の口から飛び出す言葉に、アニエスは眉間を押さえた。結婚すら思い描けないのに、自分が愛人なぞを持つ未来は想像を絶する。

「お前、若いくせに随分穿った見方をするなあ」

「えー? 普通っすよ」

 けらけら笑いながら、ジークに言い返すクルツを押しのけ、ルーがテーブルの上の履歴書に手を伸ばす。

「あ」

 アニエスが止める間もなく、ルーはパンを入れたバスケットや、スープの容器をどかし、書類を広げた。

「クルツとジークさんも手伝って! 財産狙いっぽいのは全部弾くの! そんな奴はエインタートに一歩も入らせないんだから!」

「いや、それ、こんな紙で判断するの無理じゃね?」

 そう言いつつ、クルツは興味津々で履歴書を覗く。ジークは「おいおい・・・」と子供らを止めようとはしていたが、やはり少しは心配なのか目線が書類の上にある。

(一応、個人情報なんだけど)

 あまり他に見せて良いものではないのだが、主守護の使命に燃えるルーの勢いに気圧され、アニエスも止めあぐねていた。

「もう男は疑い出したらキリなくね?」

「じゃあ女の人ならいい? あ、ほら、一枚だけあった。アニエス様!」

 ずずいとルーがその一枚を鼻先へ押し付けてくる。

「この人にしましょう!? 変な男が来るよりはましです!」

「・・・とりあえず、落ち着いてください」

 遠慮がちにルーの手を押しやり、アニエスはやっと口を開く。

「ご心配は、ありがとうございます。それも踏まえて、エインタートの復興に力添えをしてくれる方を、ちゃんと選考しますので、まずは、私にまかせていただけませんか」

 自分で言ってから、はたと気づいた。

(そっか。書類選考して、面接もしなくちゃいけないのか)

 どうせ選ぶ余地があるほど人は集まらないと思っていたため、何も考えていなかった。

 正直、アニエスはこんな僻地に来たいと思ってくれただけで感謝でき、可能なら志願者全員を雇いたいところだ。

 だがそんなことは到底無理であるから、選ばなくてはならない。使えそうな者を取り、使えそうにない者を振り落とす。

 そう考えるとなんとも傲慢で、妙な罪悪感がある。

(どうしようかな・・・)

 なんなら選ぶ側であるアニエスのほうが、志願者たちよりも緊張してしまっていた。

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