8話「魔法にあふれた世界」
「自分を買うってどういう意味ですか?」
「どうもこうもそのまんまの話さ。本来売買されるはずの俺にかかった値段で、この鈴木達也が客としてルファナから買うってこと」
わけがわからないことを言っているのは、俺でもよくわかってるつもりだ。だが、これ以外の方法はまったくもって思いつかなかったのだ。てか考えてすらいない。
「お、お金なんて要りません。達也さんを売らないとはさっきもいいましたよね?もうあなたは自由の身なんですよ?」
「自由の身だからこそ、自由にさせてもらうよ。服代と食費も返したいしな」
それに、自分の生活費はちゃんと働いて稼がないとかただの穀潰しじゃん。絶対ならねーぞ、そんなダメ人間なんかに。
「お金なんかなくても、私は達也がそばにいてくれればそれで…」
「よっしゃー!そうと決まれば職探しだー」
「もー!人の話しはちゃんときいてくださいよ…って消えた!?」
達也は勢いよく走りだし、まるで瞬間移動をしたかのようにルファナの前から消えてしまっていた。
「う、嘘ですよね?」
驚くのも無理はない。歴史博物館は1階建てになっており、その階に全ての展示物が並べられている。そのためルファナがいる最奥の部屋から出口までの幅は約300m。
つまり、人が普通に走れば約65秒はかかるであろう距離を達也は瞬時に走りぬけたのだ。
「達也さんって本当に何者?」
静かになった博物館の中でルファナはその一瞬の出来事を、ただ呆然と立っていることしかできなかった。
「求人をだしてる店…求人をだしてる店」
博物館から出発してからというものの、達也はひたすらに街を走り回っていた。ものすごいスピードなのか、達也が通った所は強風が吹きあれていてちょっとした騒ぎにもなってしまっている。
「買ったばかりの魔術書が飛ばされた〜!」
「この土煙と強風はいったい何なの?!」
「ワシのヅラが!!」
周囲に何らかの被害がでているにも関わらずに、達也は目を血走らせながら必死に探しているが、一つの店の前で急に立ち止まる。
「へぇー、魔具を取り扱ってる店か…ここに決めた!おっ邪魔しまーす」
ドアを勢いよく開けて中に入ると、色とりどりの液体が入った小瓶やら小道具などの商品が並べられており、洒落た感じの雰囲気をかもしだしている。ここにあるのはおそらく補助アイテムのような物なのだろう。
「らっしゃーい。おや?見ない顔だなボウズ、用件は何だ?お使いでも頼まれたか」
「ここってアルバイト募集してたりする?とりあえず働きたいんだけど」
「その…アル何とかってのはよくわからねぇが、ウチで働きてぇのはよくわかった。とりあえずこっちに来な」
店主の言葉使いが荒いことから大柄な男をイメージしていたが、意外と俺が元々住んでいた世界の一般人男性よりは、少し細身で痩せているように思える。ルファナの言ってた通り、この世界の人達は魔法に頼っていて体を鍛えることはないのだ。
「俺はこの店のオーナーのガインだ。まず、ボウズ名前と…あと使える魔法の種類から教えて貰おうか」
「つ、使える魔法ッスか!?」
まずい、非常にまずいぞ。寿司に醤油じゃなくてコーヒーぶっかけたくらいのレベルのまずさだぞ。なんてったって俺はLv.99でチート級の強さを持っていて、強力な魔法なんて一つや二つ使えたって不思議ではない……はずだったのに。
「魔力値が0なのに使えるわけねぇじゃん」
「何か言ったか?」
「いえなんでもありませぬ!」
うっかり心の声を出していたことに気づいて自分の口を慌てながら手で押さえる。今思いかえしてみれば、どの店も錬金術やら魔法を使い商売をしていた。ここは魔法にあふれた世界なのだ、魔法が使えない俺はただの役ただず。なんとかして誤魔化せねばならない。
「学歴とかは特に問わねぇから何が使えるのかだけ教えてくれればいい。個性魔術でもかまわねぇよ」
「そうか…ならば俺の魔法をとくと見よ!」
その瞬間、店主の前から達也が消える。少しだけ遅れて吹いた風が顔に当たって我に返りすぐに辺りを見渡すが達也の姿はない。
「こっちだよガインさん」
「い、いつの間に後ろに….」
肩を叩かれて振り向くと、余裕そうな顔をした達也が立っていた。
「詠唱なしに瞬時移動とはな…しかも、魔力の放出も感じられなかった…ボウズはひょっとして稀にみる天才か?」
「ボウズじゃない達也だ。そんなことより、この天才を雇ってみる気はないか?」
(ただ高速で忍び足しただけだけどな)
方法はなんであれ、誤魔化せたのならそれでいい。あとはこのオーナーのガインからいい返事を聞くだけだ。
「ワッハッハー!そりゃあもちろん不採用さ!」
「うんうん!そうだろうなってはぁぁ!?」
ガインは大笑いをしながら不採用という最悪なセリフを叩きつけてくる。あれほどの大技を見せておいてなぜそうなるのか、俺にはまったく理解できなかった。
8話「魔法にあふれた世界」完