最初の会合3
由佳は、隣りに座る同期の堀優花をチラと見ながら言った。
「…皆さん、優花を狂人とか言ってますけど、宮下さんが白そうに見えるからってまだ白とは限らないでしょう?わざとそんな風にして、みんなに信用させてるのかもしれないし。私も皆さんの話を聞いてたら、優花が偽物かと思って来てしまってたんだけど、誰も信じられないって言うんなら、宮下さんだって怪しいし、何より他の二人の占い師達が黒を見つけられなかったのに優花は見つけたんだから、もっと尊重してもいいと思うんです。総務の長浜さんが感覚で白だって言うのと同じで、私だって優花といつも一緒に居るんだもの、昨日からすごく不安そうにしていた優花が偽物だなんて思えないわ。だから皆さんが宮下さんの肩ばかり持つのはおかしいと思うし、私から見たら宮下さんが白いって言っている人達の中に人狼が居るんじゃないかって思ってしまいます。」
進は、いきなり攻撃的な言葉を投げつけられて面食らった。この村の総意として、自分は白に近いと思われていると思っていたし、女子達は、特に若い女子達は怯えていてそれほど深く考えていないようだったので、それに同意しているものだと思っていたからだ。
進が、咄嗟に言葉が出ずに居ると、営業部の由佳よりも先輩にあたる川村奈津美が言った。
「じゃあ、私もグレーだし、次の発言の予定の18番だから言いますね。由佳ちゃんが言うのも分かるの。私も進さんを白だと妄信するのは危ないと思うわ。でも、由佳ちゃんの疑っている理由が、優花ちゃんを守るためって感じに見えるのよね。私は、このゲームでみんなに言いたいのは、普段の関係を持ち込んじゃダメだってことよ。いくら普段から仲が良いからって、味方とは限らない、相手が狼だったら、それを利用して自分が吊られないように持って行く、って考えるべきだと思う。この中には付き合ってる人達だって居るでしょう?お互いが村陣営だって、きっと言い合うわよね。恋人同士なんだから、信じるでしょう。でも、もしかしたら人狼かもしれないのよ。両方が人狼だったら知らないけどね。」
新井さくらが、下を向いた。さくらは技術部だが、営業部の英悟と付き合っているのだ。そろそろ結婚かと、それは周知の事実だった。すると、さくらの横に座っていた、井上千秋が庇うように言った。
「さくらは、そんなことないわ!英悟さんだって、しっかり考えていたじゃない。二人とも、人狼じゃないわよ!奈津美が言うのは、ただの妬みじゃないの?」
奈津美は、顔を赤くして言った。
「どうして私が妬まなきゃならないのよ!誰が何を引いたのか分からないんだから、信じちゃ駄目ってことじゃないの!」
千秋は、奈津美を睨んだ。
「あなたが誰を好きなのか知ってるのよ?!あなたこそそんなことを言って、さくらを殺してしまおうとか思ってるんじゃないの?!」
「な…っ!」
「待て!」司が、修羅場と化すのを阻止しようと慌てて立ち上がって叫んだ。「今はそんなことを言ってる場合じゃないだろう!井上さんも、本人達を前にしてみんなの前で言い過ぎだ。それに、川村さんが言ってることは的を射てるんだ。誰が何を引いてるのか分からないんだから、友達だとか恋人だとか、そんなことはこの際忘れて相手をフラットな目で見た方がいい。進の事だが、オレは信じてる。だが、みんなも各々自分達で皆の意見を聞いて判断して欲しいんだ。それを、票で示してくれたらいいだろうが。日にちが進んで行くと、その投票先も疑いを向ける材料になって来る。今こうして話している中にも、間違いなく人狼と狐は混じってるんだからな。一体、このゲームの主催者がどこまで本気なのか分からないが、オレ達はとにかく、自分の陣営を勝たせるために頑張るしかないんだから。」
それを聞いて、そこに居る24人はシンと黙った。司は、うんざりしたような顔をして息をつくと、椅子へと座り直して川崎那恵を見て言った。
「ああ、じゃあ次は川崎さん。サクサク行こう、まだ結構残ってるから。」
那恵は、同期の者達の醜態を見た後だったので気まずそうにした。元々、皆の前で発言するようなタイプの子ではない。おとなしく、いつも笑って話を聞いてるような子だった。だが、それでも口を開いた。
「…私は、分かってるのに友達は疑えなくて。ただ、役職に出てる人達はどうしても疑ってしまいます。だって、誰かは偽なんでしょう。由佳とは意見が違うけど、いきなり初日で黒を引くってすごい確率だなと思うから、あり得ないとは言わないけど、それでも信じろと言われても無理かもしれません。だから、優花は偽で、進さんは村人なのかなって…もちろん、優花が狂人か狐だったら、間違って人狼に黒打ってしまってるってことも考えられるけど。」
「誤爆ってヤツだな。」司が、それには頷いた。「それもあり得る。だから優花さんが偽だからって進が白いと確定はさせないつもりだよ。真占い師が確定せず占われず最後まで残るようなら、吊ることも考えるつもりだ。どちらにしろ、占い師は呪殺を出さないと自分の真を証明するのは難しいから、頑張ってもらうしかないな。霊能者が二人出てて、いろいろ面倒だから。」
那恵は、自分がおかしい事を言ってしまっていないか心配だったのだろう、司にそう言われてホッとしたような顔をして、頷いた。
「呪殺が起こることを祈ってますけど。」
司は、頷いてまた手元の紙を見た。
「えーっと次、20番、北村真琴さん。」
真琴は、顔を上げた。次の順番が回って来ることを知っていたので、言うことを考えていたのだろうが、ハッとしたような顔をして、司を見た。真琴は、総務部の一番若い女子で由佳や優花と同期になる。普段は快活で明るい子なのだが、今現在はとても静かだった。
「今まで聞いていて、最初は黒が出たんだから宮下さんを吊るんじゃないのって思ってたんですけど、分からなくなってしまいました。確かに、村人だったら簡単に吊るなんて言えないし…普通の人狼とは違うんですものね。だから占い師の誰が本物っぽいかって悩んで…そうすると、どうしても男性はしっかりしてるように聞こえるから、信じたくなりますよね。特に、部外者の慎一郎さんよりも、先輩の原口さんを信じてしまいます。でも、それを見越して真占い師の優花を抑えるために、男の人ばっかりが嘘をついて出て来てるんじゃないかって思ったりもするし。」
すると、22番の園美が言った。
「私の番が次だから言わせてもらうけど、その考え方はおかしいと思うわ。だって、出方を思い出してみて。一番最初に出たのは、修さんだったわ。ええっと、原口さんね。その後に優花ちゃんが出た。それから、慎一郎さんが出たの。だから、優花ちゃんが出たから二人が出たんじゃないし、そんな意図はないと思うわ。あなたのそれも、同期で友達だから感情が入ってる考え方だと思うわよ。そうでなければ、あなたが人狼か狐なのか。」
真琴は、慌てて首を振った。
「いいえ!私は村人です、人外じゃありません!」
すると、奈津美がボソッと呟いた。
「…誰でもそう言うのよね。」
真琴は、奈津美を見てまた必死に首を振った。
「いいえ!あの、本当に…!」
すると、千秋が庇うように横から言った。
「いいのよ、分かってるわ。村人でもそう言うしかないもの。むしろ誰にでも突っかかっている奈津美がおかしいの。」
奈津美が千秋を睨んで言い返そうとすると、それを園美が遮った。
「待ちなさいよ。ここで言い合っても仕方ないわ。感情でなく頭で考えて。あなた達が村人同士だったら、それこそ人狼と狐の思うつぼなのよ。」
二人は、まだ何か言いたそうだったが、グッと黙った。司がそれを見て、本当に疲れたような顔をした。呆れたようにも見える。だが、口を開いた。
「園美が冷静で助かるよ。じゃあ、ええっと、後話を聞いてないのは、上野さんとさくらか。」
二人が顔を上げる。短めのボブに緩いパーマをかけている上野椎奈が、先に口を開いた。
「23番の私が先に。私は、他の皆さんと同じように、占い師は慎一郎さんか修さんが真だと思っています。なので、優花ちゃんの黒である進さんのことは逆に白いと思っています。今までの話を聞いていて、グレーで怪しいと思うのは男の人の中では菊井英悟さん、女子の中ではどっちがどっちか分からないけど、意味もなく言い合っている奈津美さんと千秋さんのどちらかが人狼で、どちらかが村人なんじゃないかって思っています。どちらかが相手を黒くして吊らせるために、わざと突っかかっているように思えたからです。」
おとなしそうな顔からは想像出来ないような、冷静な意見が出て来たので司は表情を変えた。そして、身を乗り出した。
「じゃあ、どちらがより人狼っぽいと思う?」
椎奈は、首を傾げた。
「どうでしょう。最初に強い意見を出したのは千秋さんの方、人狼であそこまで露骨に優花さんを庇うのはおかしいかと思うし、でもその強い言い方を逆手に取って奈津美さんが突っかかっているとしたら、あまりに目立つかなとも思うには思います。でも、ここで負けるわけにはいかない人外の行動かもしれないし、私から見たら、奈津美さんの方がやや人外目で見ているでしょうか。」
司は、頷いてメモしている。進も、それを聞いて少し椎奈を見直していた。普段は総務で居るのであまり接したことは無かったが、ほんわかと回りに流されるようなタイプで、こんなにしっかりと物を考えられるようには見ていなかったからだ。
それは司も同じなようで、感心したように言った。
「よく考えてるな。今のところ、女子の中では君が一番冷静にみんなの行動を見て考えてるように見えるよ。」
それを聞いた椎奈は、少し頬を赤くして恥ずかしそうに言った。
「人狼が好きで。よくネットで対面人狼の放送を見たりしてます。でも、セオリー通りにはいかないのは、本当の命が懸かっているかもしれないから、分かっているので難しいです。一日目からしっかり見ておかないと、自分がどうなるかも分からないんですから。」
隣りの園美が、微笑んで椎奈を見た。
「椎奈が同陣営ならすごく心強いわ。」
椎奈は、園美を見て頷いた。
「私も出来たら園美を信じたいわ。最初から村のことを考えてくれてるし、グレーの中でも今は白めに見てるわよ。」
「お互い様ね。」
園美も答え、二人が仲がいいのが見て取れる。すると、椎奈の向こう側から、おずおずと新井さくらが言った。さっき、自分が奈津美に疑われて騒動になったこともあり、控えめに口を開いた。
「では、最後に私が。私も、大方の村の意見と同じで、優花の占い師は信じていません。なので、進さんが黒だとも今の時点では思っていません。もし優花が狂人だったら、誤爆の可能性があるので残っていたら吊対象になるかなとは思っています。どちらにしても、狐対策を考えて全部狼を吊るわけにはいかないんだし、飼い狼にしてもいいぐらいに思っているので、今日進さんを吊るのは無い、と私も思っています。」
司はいちいち頷いてそれを、しっかりと手帳に書き記して行っていた。そして、書き終わるとフーッと息をついて、それをザッと上から目で確認し、そして、言った。
「じゃあ、全部話を聞いたな。やっぱりそれぞれ意見が違っていて、手間はかかったけど話を聞いて良かったよ。」と、そこで時計を見た。「ここまで一時間かかってる。みんなも疲れただろうし、一度解散して次の会議までに誰を怪しいとか自分の中でまとめてくれ。もちろん誰かと話し合って決めてもいいが、誰を信用するのかも、全部自分で決めるんだ。その相手が人狼で、そのことで後で自分が疑わるのも全部自分の責任ってことだ。よく考えろ、もしかしたら、命かかかってるのかもしれない。松本部長が死んだ姿を思い出して、自分がああなる可能性があるんだって思って真剣に考えてくれ。」
皆が重苦しい顔をしながらも、頷いてバラバラと立ち上がろうとする。進は、慌てて声を張った。
「ああ!ちょっと待ってくれ!」皆の動きがピタと止まる。進は続けた。「共有に提案があるんだが。」
司は、まだ座ったままだったが進に頷いた。
「なんだ?一応お前、黒出されてるから内容を聞いてから考えるけど。」
進は、分かっているとうんざりしたように手を振ってから、言った。
「それも重々分かってるけど、今回は普通の人狼ゲームとは違う。オレ、思ったんだけど、腕輪で通信出来るよな?」
司は、顔をしかめて言った。
「そうだな。だが狼とか狐、共有の間では有利だが村人にはどうにもならないじゃないか。誰が仲間が分からないんだし。」
進は、まだしかめっ面のまま言った。
「だから、共有は村人にとって仲間だ。つまり、占い師からも霊能者からも、狩人からも仲間なんだ。共有の番号は、みんなが知ってる。だから、これから1時間だけ自分の部屋へ籠る時間を作って、狩人は共有に知らせたらいい。自分が、狩人だって。」
司は、パッと表情を明るくした。
「そうか!普通なら言えないことも、腕輪があれば密かに知らせることが出来るんだ!狩人が共有と繋がれば、狩人をうっかり吊るってこともなくなる!」
だが、それには慎一郎が渋い顔をした。
「だが、狩人が複数居たら?つまり、騙りだって出て来るだろう。この感じだと。」
進は、慎一郎を見て頷いた。
「ああ。それは分かってる。だが、この感じだと出て来るのは十中八九狼だろう。狐は、恐らく占いか霊能に出ている。共有に護衛先を指定させたら、狼はそこを噛めない。本物の狩人は、完璧に護衛出来る。だから、村人目線、二人の命を守ることが出来る。共有が、別々の所を護衛指定したらってことだけどな。」
角治が、感心したように進を見た。
「つまり騙りが出て来ても村にとって有利になるってことだな。そうか、そんな風に考えることが出来るんだな。ますます君が狼だなんて思えなくなって来たよ。」
進は、肩をすくめた。
「ま、あくまでリアル人狼だからこそ出来ることでもあるけど。それに、これをしたら狼が出て来るか出て来ないかで、狂狼真か狼狼真かの判断もつくだろう。出て来たらまだ狼には露出させるだけの余裕があるってことだから狂人が混ざってるんだろうなとなるし、出て来なかったら余裕がないから狼狼の可能性が上がるだろう?それを逆手に取って来るかもしれないが、それでもいろいろ情報は出るんだよ。」
司が、大きくひとつ、頷いて立ち上がった。
「その提案に乗ろう。じゃあこれから一時間、全員自室へ入って出て来ないでおこう。飲み物とか食べ物が欲しかったら戻る前に持って行ってくれ。その一時間の間に、狩人はオレの番号、2番に通信して欲しい。オレは夕方までの吊り先の数人を指定するが、その中に狩人は含めない。占い先指定には含める可能性はある。それから、一時間したら部屋から出てもいいし、好きに過ごしてくれ。次の会議は、昼食後落ち着いた頃の14時からにするから、またここへ集まって来て欲しい。じゃ、解散。」
今度こそ、皆がバラバラと立ち上がってあちらこちらへ歩いて行く。進は、何か飲み物でも持って行っておこうとそちらへ向かう波に乗って足を進めようとすると、貴章と恭一が寄って来て言った。
「進、お前すごいな。この状況でよくいろいろ考えられるなあ。おまけに、黒打たれてるのに。」
進は、歩きながら恭一に諦めたような視線を向けた。
「普通の人狼と同じような感じで死ぬとか実感無いからかもしれないな。部長の死にざまは見たけど、それでもあれだけ綺麗に死んでると、ほんとに死んだのかって疑いたくもなってて。ただ仮死状態で、生き返るんじゃないかって。事実、誰も死なないただの遊びなんじゃないかってね。」
貴章が、横に並んで歩きながらため息をついた。
「それならいいんだが。オレ、怖くて仕方なくてな。正直、誰かが血まみれになって死んだりしたら、正気でいられるかって自分でも思うぐらいなんだ。全部夢ならいいのになって…。」
貴章の目は、暗く沈んだ。進はそれを見て、急に貴章が心配になった。
「貴章?お前、大丈夫か。そんなに心配しなくても、本当に殺されるなんてよっぽどのことが無かったらないって。ましてここには、24人も居るんだぞ?そんな大量殺人に、オレ達みたいな普通の庶民が巻き込まれるはずなんてないんだよ。」
貴章は頷いているが、それでも弱々しい笑みしか返しては来ない。
進は、本当に早く人狼と狐を見つけてさっさとこれを終わらせないと、貴章のように精神的に追い詰められる奴らが増えて来るんじゃないか、そして、正常に判断出来なくなって次々にやられるんじゃないか、と不安になったのだった。