最初の会合
司は、自分を落ち着かせるようにメモ帳から目を上げると、まず修を見た。
「修さんは誰を占って結果はどうだったか教えてください。」
修は、頷いた。
「オレは、恭一を占った。恭一は白だ。人狼ではないし、融けなかったから狐でもない。」
司は、冷静にそれをメモして優花を見た。
「じゃあ、優花さんは。」
優花は、顔を上げた。心無しか、青い顔をしている。そして、唾をゴクリと飲み込むと、何かを思い切ったように、言った。
「私は、宮下さんを占いました。」と、進の方を見た。進は、オレか、と特に構えることもなく優花の方を見る。優花は、口元を引きつらせながら言った。「宮下さんは黒、人狼でした!」
進は、一瞬何を言われたのか分からなかった。だが、皆の視線が一斉に自分を向いて、怯えたような色を宿したので、そこでやっと我に返った…黒を打たれたのだ。
「え?」進は、慌てて首を振った。「オレは村人だっての!お前、狂人か?!」
優花は、ヒステリックに叫んだ。
「私は占い師です!だから狼を見つけたんです!」
司が、それに割り込んだ。
「それは後で。慎一郎、結果は?」
慎一郎は、その前に目の前でおこなわれたことが無かったかのように、冷静に答えた。
「オレは壮介を占った。白だった。」
司は、それにも頷いた。それを書き留めていると、角治が言った。
「じゃあ、今日は進に投票するんだな。狼を見つけてラッキーだったじゃないか。」
優花が、それを聞いてホッとしたように微笑んだ。
「そうですね。五匹も居るから、まだ安心出来ませんけど。」
進は、身を乗り出した。
「ちょっと待て、オレは村人だぞ!まあオレにしか分からないことだが、オレ目線、こいつは偽者だ。もし狂人なら、恐らくここに居る人狼にもこいつが偽物だってわかったはずだ。人狼だったなら、仲間の人狼が適当に黒出してるだけだから分かってないかもしれないが。どっちにしろ、こいつはさっき話してたように、自分が噛まれないように狼にアピールするために村人っぽいところへ黒出ししやがったんだよ!」
優花は、真っ赤な顔をして立ち上がった。
「さっき言ってたって何よ?無駄な足掻きだわ!私が本物だってことは、明日霊能者が証明してくれるわよ!」
司が、割り込んだ。
「だから待てって。」と、皆を見た。「で、この結果を見てどう思う?オレは、初日から落ち着いて考えてるように見える進が、狼には見えない。最終日まで残りそうなら吊るかもしれないが、さっきの結果を聞いた時の反応を見ても今は進は黒く見えないんだが。」
それには、園美も頷いた。
「ええ。さっきこっちで話してたことは、優花ちゃんはキッチンに居て聞いて無かったのかもしれないけど、狂人が村人っぽい所に黒出しして来るだろうって予想だったのよ。自分が間違えて狼に襲撃されちゃったら駄目だからって。でも、これって難しい選択で、進さんのように見るからに村人っぽい人に出してしまうと、そんなはずないだろうって逆に疑われるから、人狼っぽい所に白出しする方が楽だなあって言っていたの…今優花ちゃんがやったことって、そんな話をした直後だったから、どう見ても私達には狂人に見えちゃうのよね。真占い師がたまたま黒を引いたのならごめんなさいだけど。」
優花は、赤くなった顔を、今度は青くした。司は、ハーっと大袈裟にため息をついた。
「今日の結果は、修さん、恭一白、優花さん、進黒、慎一郎、壮介白だな。普通のゲームならここで進を吊って色を見て偽が確定したら優花さんを吊るって流れにするところなんだが、狐が二匹も居るから村人を犠牲にしている暇はないんだよな。優花さんが真だという材料が他の二人より少ないのも気に掛かる。今日はグレランにしたいと思ってるんで、これから一人一人しゃべってもらおう。霊能者は先に出てくれ。」
「はい。」征司が、手を上げた。「オレが霊能者だ。」
すると、もう一人がこちら側で手を上げて、ためらうような顔をしていた。司は、そちらを見た。
「あれ?舞花さん?ええっと…霊能者?」
隣りの真琴が、昨日占い指定された時のように、心配そうに舞花を見る。舞花は、おずおずと頷いた。
「はい…昨日は村人って言ったんですけど、役職は言ってはいけないと思って。」
司は、何を思っているのか分からない無表情で、メモに書き込んだ。
「…よし。これで後は共有者の片割れと、狩人だけが潜伏してるだけだな。」と、自分の隣りを見た。そこに座っていた、恭一は驚いたような顔をする。司は、頷いた。「じゃあ、役職でも占われてもない人達、グレーの中から、怪しい人を探すんだ。無言だったり何も考えてなかったりしたら、そのままみんなの不審をかうからしっかり考えて答えた方がいいぞ。怪しい所が無いかよく聞いておいて、自分の考えをまとめるんだ。じゃあ、グレーの人、番号順に言うよ。3、9、10、11、12、13、14、15、16、18、19、20、22、23、24、25。3番の貴章から。」
貴章は、緊張気味に皆から一斉に向けられる視線を受けた。そして、居心地悪げに椅子に座り直して、言った。
「…まだみんなの話を聞いていないから、誰が怪しいとかまだ分からないんだが、役職が5人も出てる。この中に本物はたったの二人…昨日から、占い師の中で指定理由とかで、しっかり考えてるように見えたのは修さんと慎一郎。だから、堀さんのことは呪殺でも出さない限り信じられない。だから、しっかり考えて意見を出してる進を狼だなんて言われても全く信じられない。でも、こんなに慎重でないのが他の狼に手助けされてないからじゃないかと思えて、狂人じゃないかなと思ってる。狼だったら、仲間に入れ知恵されてるはずだから、こんなにお粗末じゃないと思うんだ。そんなわけで、オレは今、慎一郎か修さんのどちらかが真占い師で、人狼だと思ってる。」
皆が感心したようにうんうんと頷きながら聞いている。司は、頷いて次を見た。
「じゃあ、次は9番の光一さん。」
光一は、がっつりとした大きな体を揺らして、座り直した。
「とっとと占ってもらったら楽なんだがなあ。オレはあんまりこのゲームのことは知らないんだ。だが、みんなの話を聞いていて、やっぱり堀さんは偽物かなって思うな。狂人とか言ってるけど、オレは狂人のふりをしている人狼でもおかしくはないと思ってる。だって狂人ならすぐに吊られる心配がないだろう?人狼が自分を守るためにそういう戦略で出て来ていてもおかしくはないと思うんだ。呪殺とかいうのを、早く誰かが出してくれたらオレにもよくわかるようになるんだがな。だがこうして見ていると、呪殺ってのを恐れる狐のどっちか一匹でも役職に出てるんじゃないかって思うんだが。占い師は役職は占わないだろう?」
司が、頷いた。
「まずグレーを消して行くのが先かと思っているので。確かに光一さんの言うように、この人数だと狼陣営から狂人含めて三人出ているのは考えづらいし、狐が一人ぐらい紛れていてもおかしくはないと思いますよ。さっきも言ったように普通のゲームならここで黒が出ている進を吊って色を見て、それから霊能ローラー、つまり霊能者を全て吊るって流れになるんです。そうしたら、絶対中に人外が紛れてるんで少なくても一人は吊れるって計算で。」
それを聞いた光一は驚いたように片眉を上げたが、舞花が真っ青な顔をして何度も首を振った。
「そんな…!役職を持ってるのに、吊るなんて!」
司は、今にもヒステリーを起こしそうな勢いで叫ぶ舞花に、慌てて首を振って言った。
「だから普通ならって言っただろ。今回はリアルに危害を加えられる可能性があるのに、簡単に嘘かもしれない情報に踊らされて村人殺しちまったら大変だろうが。」
だが、それを聞いた園美が横から渋い顔をして、言いにくそうに言った。
「でも…それを言うなら人狼になった人も、狐になった人も好きでそのカード引いたわけじゃないし、そもそも始めから番号決められてて強制的にその役職だったんだから、罪はないわ。それなのに投票するってことは、私もおかしいと思うんだけど。」
すると、進が顔をしかめて園美を見た。
「確かにそうかもしれないが、だったら今日をどう過ごすんだよ?投票しなけりゃ、全員が追放処分にされちまうかもしれないんだぞ。それに、役職騙りが出ている時点で、その狼も狐も自分達は勝つつもりで居るってことだ。今現在役職の中に、ここに居る大多数の村人を騙しているヤツが三人も居るんだからな。25人中人外が狂人含めて8人だ。村人陣営は松本部長を除いて16人。倍だ。犠牲が少なくなる分、どうあっても村人陣営は負けるわけにはいかないんだよ。最小限で済むように、人外だけをピンポイントで消して行きたいんだ。」
園美は、グッと黙った。それを聞いてじっと考え込んでいた、角治が思い切ったように頷いた。
「確かに。進の言う通りだ。現に役職を騙って村人を騙して、自分達が助かろうとしているんだろう。だったら、オレ達村人だって本気で行かないと、どうなるか分からない。本当の占い師には、是非に狐を見つけて欲しいものだ。そうでなければ、人狼をな。」と、進を見た。「君を吊ったらいいなんて安易に言って悪かった。君は本当に村人のようにオレにも見えるようになった。」
進は、それはそれで少し複雑な顔をした。
「嬉しいですけど、オレは自分が村人だって知ってるんで。でも、確かな結果以外はよくよく考えて信じた方がいいですよ。呪殺が一番手っ取り早いので、信じるのは共有者と呪殺を出した占い師の言うことだけにした方がいいです。」
角治が、頷く。
「それは分かってる。そうするつもりだ。」
司が、ハアとため息を付くと、言った。
「じゃあ、今ので小森部長の考えは聞いたってことで。次、11番の開だ。」
開は、緊張気味に顔を上げた。切れ長の目のすらりとしたいい男なので女子からの人気は高いが、開自身はあまり色恋事には興味はないようだった。そんな開は、ニコリともせずに言った。
「オレは、あまり人狼は得意でないんだが…いつもなら、白い感じでも初日に出た黒は、占い師の真贋を確かめるために吊るってセオリーがあるのに、それが出来ないだろう。オレが見た感じ、進は昨日からめちゃくちゃ白いから、どう考えても堀さんは人外だろうなと思います。だからって誰が黒いかと言われると分からない。だから、このままだとオレは夜には堀さんに投票するかもしれない。」
司は、顔をしかめた。
「確かに彼女が偽だという意見は多いが、誰かが呪殺を出さない限りは確定じゃないしな。まだ占い師は手を掛けないつもりなんだが。」
開は、頷いた。
「もちろん、共有の指示には従うつもりだが、よくよく考えて指定先を決めて欲しい。オレ達も納得しないと指定先から選ぶつもりにもなれないので。」
あくまで真顔で言う開に、司も表情を硬くした。
「分かっている。オレももう一人の共有者も全力を尽くすつもりだ。」と、硬い顔のまま英悟の方を見た。「じゃあ、13番の英悟。」
英悟は、進達の同期で営業部の男だった。いつもは営業独特の笑みを浮かべているのだが、今は心持ち青い顔をして厳しく表情を引き締めている。思えば、ここへ来てからずっと英悟はこうだった。こんな状況で、ニコニコしていろと言う方が難しい。
英悟は、いつものよく通る声を小さめに自信なさげに出して、言った。
「オレは…はっきり言って自信がないんだ。人狼ゲームのことは知ってるよ。同期で研修合宿行った時にやっただろ?だが、さっきから聞いてたら、それとは勝手が違うじゃないか。ピンポイントで人外だけ吊るなんて、そんな難しいこと出来るのか。占い師の真贋だって、黒を霊能者に見せるとか、呪殺を出させるとかでしか知ることが出来ないのに、進をとりあえず吊ってみて堀の偽を確定させることも出来ないなんて、じゃあどうしたらいいのかって混乱してるんだ。」
司は、首を傾げた。
「…偽を確定?英悟、どうして彼女が偽だってわかるんだ?まあ確かにここに居る大多数が堀さんが偽だとは思ってるけど、まだ100%偽だとは思ってない。呪殺でも出したら信じようってぐらいだ。」
進が、眉を寄せた。
「なあ…堀さんはオレに黒出ししてるから、それが間違いで、堀さんが偽だと分かるのは、人狼とオレだけだ。」
皆の目が、一斉に英悟を見て見開かれた。英悟は、慌てて首を振った。
「そういう意味で言ったんじゃない!そういう流れになってたじゃないか。堀が偽だって。みんなそう言ってたから、オレは偽じゃないかって思っただけだ。だから、確定させるには、進を吊って色を見るのが一番だとか思っただけで。でもそれが出来ないんだろ?」
不安げに、それでも納得したようにホッとした顔をした人も居たが、司はじっと英悟を見つめた。
「だが…お前の話ってあまり中身がない。他の人達に聞いたことの受け売りにも聞こえるしな。他に何かあるか?」
英悟は、薄っすらと額に汗をにじませていた。一気に疑惑の対象になりそうで、緊張しているらしい。
「…だが…オレはそんなに頭が良くない。みんなが考えてること以外に気が付けないと思うぞ。オレがちょっと思ったのは、狐だが…オレは、霊能に出てるんじゃないかって思ってる。」
それには、司は興味を持ったようだ。
「へえ。理由はなんだ?」
司の雰囲気が幾らか軟化したので、英悟は少し表情を緩めて続けた。
「なぜなら、大西舞花さんの反応が昨日からおかしいんじゃないかって思ってるからだ。修さんの指定が入った時、村人だってやたら怯えたじゃないか。村人なら占われた方が逆に白を打ってもらえるんだからホッとするだろう。霊能者だってそうだ。それなのに、怖がる様が狐っぽいと昨日から思ってた。だから今日、霊能者として征司さんの対抗で出た時、今後占われたくないからじゃないかって思った。」
進は、それを聞いてそういえば、と思って舞花の方を見た。ただ気弱で怯えているだけだと思っていたが、もしかしたら妖狐を引いてしまっていてテンパっていたのでは…。