表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/52

別れ

次の日、開が朝7時頃に出て行くと、英悟がもう、出て来て居間のソファで窓から海を眺めていた。

開は、その横顔に、最初ここに来た時と雰囲気が明らかに変わったと感じながらも、近寄って行って話しかけた。

「英悟さん?どうかしましたか。」

英悟は、ハッとしたように開を見上げた。

「開?すまん、気付かなかった。人狼になってから、こんなことは初めてだ。」英悟は、言ってから自嘲気味に微笑んで、言った。「座れよ。」

開は、そこへ座った。また黙った英悟に、開は言った。

「…昨日、さくらを連れて出て行きましたよね。なんだか、戻ってからは避けているようだったのに。」

英悟は、開から視線を反らして、窓の外を見た。

「ああ。あんまり長引くのもと思ってな。昨日、別れようと言った。さくらは、青天の霹靂って顔をしていたよ。ここへ来てから、お互いの部屋の行き来もしてないことになってるらしい。ま、会社の連中が居るのに仲が良くてもそんな堂々と出入りしようとは思わないが。だが、さくらにとってはそれを怪訝に思ってたらしくて、だから夜部屋へ来なかったのね、みたいに言われた。さくらの記憶を作った連中にとっちゃあ、会社の同僚がしかも男女で部屋へ忍んだ、なんて勝手な記憶は作れんだろうから、個々人は自分の部屋で寝た、ってことになっててもおかしくはないだろう。オレはかえって良かったと思ってるが。」

開は、別れた事実と英悟の様子に、後悔しているのだろうと思い、同情気味に言った。

「その…せっかく、結婚まで秒読みだったのに、何て言っていいか…。」

英悟は、ハッハと乾いた声を立てて笑い、手を振った。

「何を愁傷な顔をしてるんだよ。オレは、良かったと思ってる。オレも、記憶のないさくらにあんなことを突然言い出すのは心が重かったんだ。なのにあいつは、オレがどうあっても気持ちを変えないのだと分かった途端、豹変した。慰謝料請求するだの、渡したプレゼントをみんな返せだの、マンションのローンは払えだの。」

開は、あのおとなしそうなさくらから、そんな言葉が出たのかと驚いた。

「え?でも、まだ正式に婚約してなかったですよね?両親には、全部決まってから話をするって言って、まだこれから会いに行くとか言ってませんでしたっけ?それなのに、慰謝料ですか?」

英悟は、まだ笑っていた。

「そうなんだよ。慎一郎が駆けつけて来てあいつを抑えるまで、ずっとそんな罵詈雑言を受けてたってわけさ。マンションだってオレが一人でローン組んだし、オレが一人で住んでるし、家財道具一式はオレの金で買ったもんだ。領収書だってあるぞ?クレジット明細だし保証書に張ってあるからな。」

開は、呆れて開いた口が塞がらなかった。じゃあ、全部英悟のお金なのだ。

「それって…」

英悟は、肩をすくめて見せた。

「そう、あいつはオレの金が好きだったんじゃないか?覚えてないとはいえ、自分が助かるためにオレを裏切り、オレに投票し、オレを殺した。そして、今度は金を出せだ。もうつくづく、女には参ったよ。オレはもう、人狼のままで子供が出来なくてもいいかなと思っていたところだ。」

そんな思いをしたら、そうなるだろう。

開は、心底英悟に同情した。女性不審になってしまっているのだろう。

「でも…新しい生活に、無理なく向かえるからそれで良かったのかもしれませんね。」

英悟は、何度も頷いた。

「ああ。昨日、慎一郎が、人狼になったことで揉めるのなら研究所から弁護士を雇うって言ってくれてたし、これ以上食い下がるようならそっちへ丸投げするかなってさ。これで心置きなく下界を捨てられるってもんだよ。」

そう言いながらも、英悟は物寂しげな顔をしていた。開は、気になったが、それでもそれ以上話をするのもぶしつけな気がして、そのまま黙った。

しばらくそのまま座っていたが、爽やかに晴れた朝だと言うのに、重苦しい空気になってしまったその場所から逃れるために、開は、立ち上がった。

「…ちょっと、食べ物取って来ます。」

英悟は、軽く頷く。

開はそれを見てから、そそくさと逃げるようにキッチンへと向かったのだった。


それからのことは、まるで流れ作業のように過ぎて行った。

要が言った通り、その日の昼頃には迎えの船がやって来て、全員が満足したように笑いながらその船に乗り込み、そこで昼食を取って、気が付くと、慣れ親しんだ町の、港に到着していた。

最寄り駅からそれぞれに、何事も無かったかのように挨拶をして、家路につく。

英悟とさくらは、最後まで話をすることもなく、さくらは、恐らく女子達に話したのだろうが、女子全員に囲まれて庇われるように、そこを去って行った。

何を言っているのかわからなかったが、開が聞き耳を立ててみると、英悟の悪口が大半のようだ。

しかし、奈津美だけは、なぜか満足げにしてのだけ印象に残った。

英悟は、どうせ去る会社の人間たちだと気にする様子もなく、さばさばとした雰囲気だったが、開は複雑だった。

慎一郎は、また連絡する、と開達に小さく言って、役目を終えて帰って行った。

開は、皆と別れて電車に揺られながら、吊皮を持つ自分の腕へと、自然目が行った。

そこには、普通の時計のようでそうではない、人狼になるのを抑制する薬が仕込まれている腕時計がはめられてある。

回りに居る人達は、自分が人狼などという化け物だなど気付きもせず、隣り合って吊皮を握っていた。

だが、もしここで自分が人狼だなどと知られたら、皆逃げ惑って恐れおののいた顔で自分を見るのだろう。

開は、気を引き締めた。

これから、自分はヒトとは違う生き物として、自分を隠して生きて行かねばならない。

何がどうなってこんな運命になったのか分からないが、それでも、もう、親兄弟ですら全く自分とは違う生き物になってしまったのだ。捕食するものと、されるものの関係になってしまったのだ。

開は、窓の外を流れる景色を見ながら、この世の中にはこんな風に、皆が知らないことがどれほど起こっているのだろうかと考えた。

人狼の自分ですら、もしかして捕食の対象になるような、そんな生き物も存在して、そしてヒトに混じって生きているのかもしれない。そして、そんなことを知らずに、今の見せかけの平和を楽しみながら生きているヒトを、開はもう、羨ましいとは思わなかった。

自分は、人狼。人狼という種族に、生まれ変わったのだ。

これからは、研究対象として生きなければならないが、それでも、居場所があるだけいいのかもしれない。仲間も居る。これからは、自分という生き物がいったいどんな生き物なのか、知ることに重きを置いて、生きよう。

自分の降りる駅に着いて、ヒトの流れに押されて外へと向かいながら、開の目は鋭く光った。

その目はもう、ヒトのそれではなかったが、それに気付くヒトは誰も、いなかった。

いきなり終わらせて申し訳ありません。本当は、開達が研究所に行ってからも書こうかと思っていたのですが、長くなりそうなのでそれはまた、別の機会に書こうかと思います。実は、長く投稿していなかったリーリンシアの方にブックマークがついて来て、そちらを読んでくださっているかたが出て来たようなので、あちらを早く進めて行きたいと思い、こういう次第になりました。良かったら、The Worldシリーズの方も、またよろしくお願いします。あちらはRPG形式なので、書くのに忍耐が要るので面倒でほったらかしにしておりました。読むほうも恐らく大変だと思うほど長いので、読んでくださるときは忍耐強くお付き合いいただければと思います。今回も、ありがとうございました。10/28

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ