終焉
時間はゆるゆると過ぎて行った。
司はまだ苦悩しているようだったが、それでも一人で考える必要はないと、郁人が一度司を連れて居間へと出て来た。そして、皆を招集して、とりとめのない話をした。
司の精神がすり減りそうだったので、夜に誰を吊るなどという話は、もう出来そうになかったのだ。
貴章は、自分が疑われている事実を知って怯えて、自室にこもりがちになっていた。恭一は、昨日までとは打って変わって居間に居ることが多く、光一や壮介ともよく話していた。ここまで、本当に誰も信じられなくなって、貴章と共にこもりがちだった恭一だったが、貴章が疑われるのを目の当たりにして、パッと視界が開けたらしい。
グレーで白かどうかも分からない相手を、ただ友達で自分の意見に共感してくれたからと、信じ切っていたことに恭一自身が驚いているようだった。
開や光一から見たら、それは間違ってはいない判断だったのだが、今この時の恭一にとってはそうではないらしかった。
開や光一は、自分達が吊り対象になっているのは分かっていることなので、むしろ皆と穏やかに過ごすことを選んでいた。
焦ったり引きこもったりすると、自分が怪しいと皆に宣告するようなものだ。それを、二人は知っていたのだ。
しかし、貴章はそうではなかった。
生来の怖がりの性質が、疑われている中で平気で話をするなどということをさせてはくれなかったのだ。
それならば、ラストウルフとして狡猾に潜伏して生き残るなど出来そうにも無い事なのに、今この時には、誰もそんなことは思わないようだった。
なので夜の投票の時間に貴章が椅子へと座った時の、皆の視線は冷たいものだった。
「みんな来たな。」司が、見回して言った。「いろいろ悩んだが、郁人にも話を聞いてもらって、オレが決めることはないってことだった。人狼は一人しかいないんだし、人狼票が村人の意思を曲げることもないだろう。なので、光一、開、貴章の三人のうち、自分が怪しいと思う人物に、自分の意思で投票してくれ。それで、今日の吊りは決めよう。」
全員が、黙って頷く。貴章は、頭から汗を流しながら、かなり緊張しているような様子だった。開は、わざとゆったりと座っていた。もしかしたら、自分か光一が吊られる可能性もある。だが、きっと大丈夫だ。壮介が生き残ってさえくれたら、自分達は生きて帰ることが出来る。慎一郎が、そう言っていた。慎一郎はこんな時のことを考えて、壮介に白を打って逝ってくれたのだ。
なので、怖くはなかった。
『一分前です。』
いつもの、音声が聴こえて来る。開は、腕を前にした。今日は、貴章を吊る。貴章は、3。人狼票は不動のはずだ。あとは、村人の票が、一票でも流れてくれたなら。
『投票してください。』
いつものカウントダウンの後、皆が一斉に腕輪に向かって入力を開始した。
最初は25人居た、その大きな楕円のテーブルには、今、不自然に偏った状態で椅子がある、寂しい状態だった。7人が、もはや慣れてエラー音など出さずに投票し終えると、いつものように、モニター画面には投票結果が現れた。
2(司)→3(貴章)
3(貴章)→9(光一)
4(壮介)→3(貴章)
7(恭一)→9(光一)
9(光一)→3(貴章)
11(開)→3(貴章)
14(郁人)→3(貴章)
…ああ、終わった。
開は、その結果を見た時、そう思った。
大きく「3」と表示される。
『№3が、追放されます。』
貴章は、ガクガクと震えて言った。
「いやだ!いやだ…オレは村人なのに!オレを吊ってもゲームは終わらないぞ!」
…いや、終わるんだよ。
開達が思っていると、パッと照明が落ちた。
そして次の瞬間、機械音と共に貴章の尾を引く悲鳴が響き渡った。
「うわあああああ!!」
その声は、突然にスイッチを切ったように聞こえなくなり、そうして、静寂が訪れた。
『№3は、追放されました。これによりゲームは終了しました。』
パッと照明が着く。司が、それを待っていたかのように、椅子から飛び上がってパアと明るい顔をした。
「終わった!終わったぞ、あいつが人狼だったんだ!」
郁人も、それを見てホッとしたように肩の力を抜いて、微笑んだ。
「ああ、本当にな。これで、みんな帰って来るのかな?」
開は、表情を崩さなかった。そうだ終わった…人狼と村人が、同数になった。これからどうなるのだろう。
光一と、壮介も真剣な顔で表情を崩さずにいる。
郁人と司は、そんな三人を見て、急に不安そうな表情になった。
「…え?どうしたんだ、終わったって言ってたよな?聞き間違えか?」
だが、司は首を振った。
「いや、確かに…、」
すると、投票結果を映していたディスプレイは真っ暗になり、また、声がした。
『おめでとうございます。人狼陣営の勝利です。』
「!!」
郁人、恭一、司の三人の表情が、一気に凍り付いた。
開は、ホッと息を吐いて、壮介と光一を見た。
「どうなるのかと思いましたよ…終わりましたね。」
壮介が、やっと力を抜いて微笑んだ。
「ああ、長かった。」
司は、立ち上がって叫んだ。
「なんだって!?お前…お前達、三人が人狼だったってのか?!騙したんだな?!」
光一が、困ったように司を見た。恭一は、言葉を失くして震えている。郁人も、真っ青な顔でこちらを見ていた。
「そういうゲームだよ。お前達だって、オレ達を殺そうとしてたじゃないか。おあいこだ。」
「何を…!」と、殴りかかろうとした司は、ピタと止まった。「え、待てなんだ、」
そして、バッタリとその場に倒れた。
他の二人も見ると、二人共に、目も開いたままピクリとも動かなかった。司の隣の隣の椅子の壮介が覗き込むと、倒れた司も、目を開いたままだった。
…目を閉じる暇もないほど強力な薬なのか。
開は、そんな薬がこの腕輪に仕込まれていると思うだけで身震いした。
「お疲れ様。」
まだ何が起こっているのか分からずに居る三人の耳に、聞き慣れない声が聴こえて来た。慌ててそちらを見ると、真っ白い防護服に身を包んだ数人を引き連れて、スーツ姿の男がそこに、立っていた。まだ若く、20代前半なのではないかと思われたが、その顔は、穏やかで知的な感じを受けた。
呆然としている三人には構わず、その男は防護服の一団に合図をして、その一団はバラバラと倒れている三人を持って来ていた担架に乗せて運び出して行く。
真っ先に光一が我に返り、その男に矢継ぎ早に質問した。
「ど、どうなったんだ?!オレ達は、勝っただろう。慎一郎は?!英悟はどうした?!生きてるんだろうな…家に帰れるんだな?!」
その男は、困ったように微笑むと、言った。
「またたくさん聞きましたね、光一さん。まず、あなた達は勝者です。人狼陣営が勝利しました。それから、慎一郎も英悟さんも、生きてますよ。それどころか、ここから追放されたすべての人の蘇生に成功しています。既に記憶の処理も施されているので、あなた達にいろいろと案内してから帰ってもらうことは可能です。まああなた達は一週間の研修旅行のはずでしたが、この人数にしてはかなり早いたったの五日での終結でしたから、あとの二日はのんびりと普通にバカンスしてくださっても大丈夫ですよ。どうせ、みんな何も覚えていません。人狼陣営の、本物の人狼である、あなた達以外は。」
開は、その自分と同年代ぐらいの男に、立ち上がって言った。
「どういうことです?!記憶の改ざんなんて…そんなに簡単に、出来るはずなんてない!」
相手は、フッと息を吐いた。
「記憶など曖昧なもの。それを理解出来ていれば、そんなことは言わないはずですがね。私は事実を述べているだけです。出来るはずのないことをするのが、私達の仕事。ヒトの細胞を並べ替えて、狼にしてしまえるわけですから。」
開は、グッと黙った。そう、自分達のこの体が、何よりもこの男の言っていることが嘘ではないと証明している…。
壮介が、言った。
「じゃあ、オレ達の記憶も奪うのか?人狼だった記憶も、全部なくなるんだな?」
男は、首を振った。
「今言ったはずですよ、壮介さん。あなた達人狼陣営には、記憶の改ざんをするための薬が、どういうわけか利きません。そんなわけで、あなた達の記憶を改ざんすることは、私達には出来ない。それから、一度人狼になったヒトは、今の技術ではヒトには戻れません。今のままでは、あなた方は一生人狼のままでしょう。」
壮介は、言葉に詰まった。
「そ、そんな…まさか、まさか一生このまま…?!」
その男は、微笑んで踵を返した。
「説明しましょう。慎一郎と英悟さんも待っています。どうぞこちらへ。」
そうして、さっさと部屋を出て行く。
光一は、愕然としている壮介の背を押し、開には目で促して、その後を追った。




