心理戦
居間には、もうみんな降りて来ていた。
どうやら、自分はいろいろと考え込んでいたので、着替えてすぐに出て来た皆と比べてゆっくりだったようだ。
開は、急いでソファへと足を進めて、言った。
「すみません、いろいろ考えていて。それで、何か議論は進みましたか?」
司が、開を振り返って、頷いた。
「ああ、いろいろ意見が出てたところだ。説明しよう、座ってくれ。」
開は、頷いて、この人数には多すぎるソファのひとつへと座った。司は、それを待ってから、言った。
「まず情報の整理だ。今残っているのは、共有者のオレ、貴章、壮介、恭一、光一、開、郁人の7人だ。壮介以外誰も、慎一郎に占われていない。狂人なのか狐なのかの修が黒を出したのは、光一と壮介だった。人狼だったのは優花、舞花、英悟、さくら。この三人の投票先を洗ってみたんだが…」司は、手元のメモ帳へ視線を落とした。「狐を探してたんだろうな。みんながみんな、同じような人に入れてて。みんなもう、吊られていない。だから、投票先から今生き残っている人達の白を見ることが出来なかった。それで、次にこの四人に入れている人を探してみたんだ…そしたら、一日目、貴章、恭一、光一が優花に投票してる。二日目、壮介が舞花に投票してる。つまり、この四人は、人狼に投票してるから、限りなく白に近い。」
開は、頷きながら表情を硬くした。自分は、篤夫にばかり入れている。最後に、椎奈に入れて吊っただけで、人狼陣営だと言われている誰にも投票していない…。
司は、開の考えていることが分かったのか、頷いて、言った。
「そう、お前と、郁人の二人が、人狼に投票してないんだ。」
開は、顔を上げた。郁人の表情が硬い。司の手帳を横から見て思ったが、郁人は本当の人狼である、開と光一には入れているのだが、英悟が言い置いて行った四人の誰にも、一度も投票していないのだ。
「…そうか…そんなこと、考えてもいなかったから。その時その時で、怪しいと思った人に入れてましたもんね。人狼が誰かなんて、分かっていたら入れてただろうけど、分からなかったし…。それに、狐を探すとか指示してませんでした?」
すると、郁人も硬い表情のまま、言った。
「そうなんだ。オレだって人外だと思ったところに入れてたし。まさかここで疑われるとは思わなかった。」
すると、壮介が、これ見よがしに大きなため息をついて、椅子の背にもたれ掛かった。
「そうだな…狐狐って、最初から人狼のことは二の次だったしな。その過程でたまたま人狼に入れてた人が、疑いを免れるのもおかしな話かもな。だって、吊られそうにない所へ入れておくかもしれないじゃないか。人狼だって、司が投票先をメモってるのは知ってたんだ。人狼なら人狼が誰なのか知ってるんだから、それぐらい朝飯前だろう。だからそれだけで疑うのもどうかって思うな。」
司は、壮介を見て、顔をしかめた。
「お前が言うと信憑性があるな…慎一郎の白で、人狼の舞花に投票しているし。じゃあ、お前は誰が怪しいと思うんだ?」
壮介は、うーんと皆を見回した。
「そうだな…オレは、初日に人狼に投票しているのはあまり信用出来ないと思ってる。なぜなら、票が多いから吊られる可能性が少ないと思って、ダミーで投票している可能性があるからだ。なので、それを考えに入れないで考えたい。で、ここまでこれだけ皆で話し合っていて分からないってことは、それだけ完璧に潜伏してるってことで、発言が少ない人が怪しいんじゃないかって思ってる。」
それを聞いた皆の視線が、恭一と貴章に自然と向いた。恭一が、驚いて慌てて首を振った。
「いや!オレは違う、人狼じゃない!」
それには、開が頷いた。
「恭一さんは違うでしょう、進さんが襲撃された時、あれだけ悲しんでたんだ。あの後も、進さんが遺したノートを見て信じてそれに準じて投票したりしていたし。恭一さんが人狼だったら、そもそも襲撃しないと思うんですよ。したとしても、最後でしょう。」
恭一は、ホッとしたように頷いた。
「ああ。オレが人狼だったら、進は襲撃出来ないよ。」
すると、皆の目が貴章を見た。貴章は、首を振った。
「違う、オレじゃない!オレだって進が死んだのは悲しんでたし、人狼だったら襲撃なんてしないぞ!」
恭一も、隣りで頷いて見せた。
「そうだ、貴章はオレのことをずっと慰めてくれていたし、それに一緒に考えて投票だって合わせてくれていたよ!」
それを聞いて、開がわざとハッとしたような顔をした。
「投票を合わせるって?…そういえば、英悟さんが言ってましたよね。ほとんどが真実の中に嘘を混ぜたら信じやすいって。恭一さんがあまりに白いから、一緒に居る貴章さんだって白いって思い込んでたけど、もしかしたら最初から、白い恭一さんの横に潜伏して、助かろうとしていた人狼なんじゃ…。」
語尾を尻切れトンボにすることで、まるでそれに気付いて驚いているように演出する。
光一が、それを聞いて同じように今気付いたように、言った。
「そうだ!英悟があまりにも自信ありげに残りの一人を探せって言ってたのを見ても、考えられるぞ!恭一と進が仲が良かったのは皆が知ってるところだし、その進が居なくなれば、恭一が頼るのは貴章なだけになるんだ、噛まない位置じゃない!」
それを聞いた恭一が、迷うような顔をした。確かに、進が死ぬまでは貴章とはここまで一緒に居なかった。同じ立場だとか言って側に来ていたので、進と三人で話はしていたが、それでも進ほど信じていなかったし、進が死ぬまではそれほどでもなかったのは事実なのだ。いつも自分の意見に寄り添ってくれるから、すっかり信じていたが、まさか…。
貴章は、恭一の視線が変わったことを感じて、何度も首を振った。
「違う!オレじゃない!そんなつもりで一緒に居たんじゃないぞ!オレだって、進が死んだのが残念で、だから…」
「だが、お前があんまり意見を出さずに黙っていることが多かったのは事実だ。」郁人が、険しい顔で割り込んだ。「そうか、確かにそうだ。みんな同じグレーなのに、貴章と恭一は白いなんて、いつもセットで考えてたが、まんまと騙されていたのかもしれない。貴章なのか!」
貴章は、立ち上がって体まで使って否定した。
「違う!本当に違うんだ!村人だ…カードを見せてもいいぐらいだ!」
「見たくない、死にたくないからな。」司が、口をはさんだ。「だが、一考する価値はありそうだ。オレもいろいろ考えたが、完全潜伏となると、貴章か恭一しか考えられない。郁人も、後半でいきなり発言し始めて何とか信頼を得たい人狼だと考えられなくもない。開は…最初、どっちつかずではっきりしないなと思ったこともあったんだ。メモにも書いてるし。でも、こうして見ると村人だったら迷うし、きちんと何かが起こる度に後方を修正してる。そんなところが、村人な気がするんだよな…。」
しばらく、皆沈黙した。貴章は、ブルブルと震えている。開は、怖がりな貴章に今の状況は不憫に思ったが、それでも、今日の吊りに勝利が掛かっている。なので、フォローもしなかった。
郁人が、沈黙に耐えられず息を吐いた。
「…ま、そうだな、あと人狼は一人だろう?」司が、頷く。郁人は続けた。「なら、まだ余裕がある。7人中6人が村人なんだ、ここで間違っても明日は村人4人、明後日は村人2人。明後日に間違えなければ、村人勝利だ。光一は修の黒だから最終日まで残しとくとして、司が怪しいと思う人間を吊ったらいい。まだ二回間違えられるんだ。オレが怪しいと思うなら、オレから吊ってもいいよ。で、明日は貴章、って感じで。壮介の白が分かってるだけラッキーだろう。人狼だって噛まないわけにはいかないから、疑っている人間だって襲撃されて白いことが分かるかもしれないしな。」
司は、息を飲んだ。
「…吊っていいのか。」
郁人は、苦笑して頷いた。
「もう疲れたしな。さくらの様子を見て、本当に死なない希望も持てた。その代わり、必ず勝ってくれ。オレをここへ戻してくれ。」
司は、それを聞いて、頷いた。
「勝つよ。だが、今日吊るのは郁人じゃない。」驚いた顔をした郁人から視線を反らして、司は、開を見た。「開、君はどう思う?あと二回間違えられる。郁人は白いとオレは判断した。だとしたら、オレの中で疑いが残るのは貴章、開、光一じゃないかと思ってる。もちろん、この中で君は白に近いグレーだが、それでも後三回吊れて、疑わしいのが三人だったら、オレから見たら全部吊ってしまえば終わるんじゃないかと思うんだ。どう思う?」
開は、本当なら貴章を先に吊ってくれと言いたかった。だが、今ここでそれを言ってしまったら、恐らく司は自分を先に吊るだろう。なので、頷いた。
「いいと思います。必ず勝ってくれるのなら、オレはそれで。でも、今日人狼に当ててくれたら、犠牲はこれ以上出なくていいとは思いますけど。」
すると、光一が横から言った。
「開はよく考えてるんだから最後でもいいだろう。オレが黒を出されたまま、ここまで生き残ってるのが奇跡なんだ。とっくに覚悟は出来てるし、別にオレを吊っていいから。とにかく絶対に、残りの一人の人狼を吊って欲しいんだ。開ならやってくれるだろう。英悟が黙って吊られていったんだし、オレだって怖くもないさ。むしろ襲撃されるよりいいかと思ってる。」
司は、そんな光一を見て、顔を歪めた。どうやら、何か葛藤しているらしい。だが、光一から目を反らして、頷いた。
「…考えさせてくれ。ほんとに、決められないんだ。夜までには、考えて来る。」
貴章は、そんな会話を聞きながら、ガクガクと震えている。
司は、一人先に居間を出て、部屋へと戻って行った。




