企み
階下へ降りたのは、壮介と光一、開だけだった。
皆着替えて来ようとしているのか、英悟すら来ていない。
キッチンへと入ると、壮介が冷蔵庫からペットボトルを引っ張り出しながら言った。
「昨日、さくらの奴の様子がおかしいとずっと見張っていたんだ。」壮介は、声を落としていたが、光一にも開にも難なく聴き取れる大きさだ。「幸い隣の千秋の部屋が空いているから、オレが会議ギリギリまでそこに潜んでどこかへ通信しないか聞き耳を立てていた。そうしたら、やりやがった…アイツは、人狼に脅されているから、今日の投票が終わった後話すと言っていた。護衛先の件でビビッてたのは分かっていたし、やるだろうとは思っていたが、まさかの早さだったよ。もう会議の時間が迫っていたし、光一にだけ話して、会議に行ったんだ。まさか、郁人までお前達を疑ってるとは思ってなかったがな。」
開は、ため息をついた。
「だから、英悟さんにああ言ったんですね。襲撃先を変えたから裏切ったからだとは思っていたけど、さくらもあからさま過ぎたな。オレ達にそれがバレる方が怖いとは思わなかったんだろうか。」
光一は、苦笑した。
「さあな。あんまり頭がいい方じゃないんじゃないか?英悟とお似合いだよ。」
開もペットボトルを取り出すと、パンを手にした。
「とにかく今日はさくらで決まりだろうし、構える必要は無さそうですね。それにしてもお粗末だったな…今夜の襲撃で、もう終わりだ。」
光一は、肩の力を抜いて、笑った。
「だな。良かったよ、もう終わりだ。やっと帰れる。慎一郎が言っていた通りなら。」
それでも、開はまだ嫌な予感はしたが、それがあまりにうまく行きすぎるが故の不安だと思って、そのまま食べ物を手に、自室へと引き上げて行ったのだった。
自室で、何か漏れはないかと考えながらパンと口にして、きちんと時間を守って居間へと降りて行った。
ここで、遅刻を理由に疑われたりしたら面倒なので、なるべく団体行動を乱さないように気を遣っているのだ。
それは、光一も壮介も同じなようで、10分前にも関わらず、開が居間へと入って行くともうソファに座っていた。
英悟も来ていたが、険しい顔をしたままただ黙っている。さくらが裏切ったら、責任を取るという約束はどうなっているのかと思うが、ここは英悟に生きていてもらわないと村人達に明日の朝が来てしまうので、開も壮介も光一も何も言うことはなかった。
司が、一気に10歳は老け込んだ様子になって、ぼさぼさの寝起きの髪のまま居間へと入って来る。園美も、その後に続いて入って来て、郁人、貴章、恭一はその後にに続いた。
そして、さくらがその後ろから下を向いて、トボトボといった感じで遅れて入って来て、誰とも離れた位置へと腰かけて、皆が揃った。
司は、もはや取り乱してはおらず、ただ怒りで目つきが変わってしまっている状態だ。開がこのまま村人が殺し合ってくれてもいいが、と思いながらそれを見ていると、司が口を開いた。
「話し合いなんて不要だが、昨日のことを詳しく話そうと思って来た。最初に言うが、今日はさくらを吊る。そいつが人狼陣営だということは分かってるんだ。その上で、昨日からのことを話そう。」
皆、黙って聞いている。何しろ、司の声音は有無を言わさぬ感じだったのだ。ここで反論でもしようものなら、自分が吊られるのではないかというほどだった。司は続けた。
「昨日、会議の前に、オレと部長が部屋で話し合っていたら、さくらから腕輪の通信があった。今更なんだと思ったが、さくらは人狼に脅されていると告白して来た。だが、会議の前に話をすると人狼に勘づかれるかもしれないので、会議が終わってから詳細を話すと。オレ達は半信半疑だったが、それでも占い師と霊媒師が居ない今、少しでも情報が欲しい。なので、分かったと答えた。」
これが、壮介が聞いていた通信なのだろう。
開は、そう思いながら、司が先を話すのを黙って待った。司は、もはや正気ではないのではないかという目で、先を続けた。
「その話は、こうだった。どうしてだか分からないが、人狼に自分が狩人だと知られてしまった。自分が知っている人狼は、英悟と開。英悟に、襲撃されたくなければ、人狼の言う事を聞けと言われた。言うことを聞かなければ、襲撃される。他の人狼は、狩人だと分かった自分をすぐにでも襲撃したいようだった。言うことを聞いておかないと、殺されると思ったから、言う通りにした。幸い、人狼も真占い師の慎一郎を狐呪殺のために生かしておきたいようだったし、大丈夫だろうとその時は思った。慎一郎が真占い師だと人狼は知っていた。だから、慎一郎は真占い師だ。そして、今日は司を襲撃するから、部長を守れと言われた。だから、自分は司を守って明日護衛成功を出す。人狼にはそれで、自分の裏切りを知られるから、自分を守って欲しいと言われた…オレと部長は、護衛成功したら、それを信じようと言った。通信が切れて、オレ達は高揚した…ここまで言うからには、きっとさくらは真狩人で、そして、人狼を二人も教えてくれた。明日からの対応が、格段に楽になったと、そう言って、部長は部屋へ帰ったのに…。」
…襲撃されていたわけだな。
開は、司の言葉の先を心の中で完結した。バレさえしなければ、さくらの裏切りは完璧だったはずだった。それで、人狼陣営は一気に窮地に立たされたはずなのだ。しかし、それでも慎一郎を真占い師としている限り、人狼の負けは考えられなかった…偽占い師と思われている修から黒出しされている、光一か壮介の、どちらか一人は絶対に生き残っただろうからだ。
そう思うと、開は少し、村人に同情した。最初から、勝目はなかった。これが普通のゲームなら、村人に勝ちもあったかもしれない。だが、本当に人狼になってしまうこのゲームでは、人狼の能力を知らない村人達には、最初から勝機などないに等しかったのだ。いくら密かに話そうとしても、人狼の聴覚を知らないままにいたら、裏をかくなど出来ないからだった。
開も英悟も黙っていると、思い切ったように、さくらが立ち上がった。
「私は!嘘は言っていません!人狼が、私を吊らせようと裏切っていることを考えて、きっと襲撃先を変えたんです!本当に、英悟さんと開が人狼なんです!私は、二人が目の前で話しているのを聞いたし、征司さんを守らなかったのも、守るなと言われたから英悟さんを守っていたから…共有者を守ったんじゃなかったんです!」
司が、チッと舌打ちすると、怒鳴るように言った。
「うるさい!もう騙されないぞ!お前を信じたばっかりに部長はあっさり死んでしまった…きっと、昨日死ぬなんて思ってもなかったはずなんだ!こんなことが出来るお前が、村人のはずはない!」
いつもなら泣いて話も出来ないだろう性格のさくらだが、今度ばかりは食い下がった。
「本当です!本当のことを言ってるんです…このままじゃ、みんな死んでしまう!私は、きっと今夜を生き延びることは出来ないから!分かってください、本当のことなんです!」
その悲壮感は、何か訴えかけるものがあった。開は、小さく眉を寄せた…まずい。何か、まずい気がする。
司が、ガンとして聞かずにおこうとしているにも関わらず、郁人が、口を開いた。
「…なんだろうな…オレ、自分の勘を結構信じているんだ。確かに、開と英悟は昨日の話を聞いていても、つながりもありそうにないし、落ち着いていて人狼らしくない。だが、今のさくらさんの話を聞いていて、どうも嘘を感じないんだ。さっきから、不思議に思っていたんだが、本当のことを言っているようにしか見えない。自分の勘を全部信じるとしたら、オレの中ではさくらさんの言うことは筋が通っているんだ。最初、怪しいと思った二人を、真実を言っているようにしか見えないさくらさんが人狼だと言っている。だから、その二人が人狼だと。」
開は、無表情でそれを聞いた。郁人…昨日殺しておくのは、こっちだったのかもしれない。
司は、あれだけ怒り狂っていたのに、戸惑うような顔をした。そして、郁人を見た。
「なんだって?さくらは…本当のことを言っているって?」
郁人は、自信ありげに頷いた。
「ああ。オレにはそう見える。だから、頭から話を聞かないのは良くない。そもそも、さくらさんが人狼だったら、こうなるのが分かっているのにどうして部長を襲うんだ?仲間だって、こんな終盤になって貴重な仲間を失いたくないはずなんだ。仲間の数が多いほど、勝利が早くやって来るんだからな。本当だからこそ、昨日部長を襲撃したんじゃないのか?人狼は、裏切った狩人のさくらさんを切り捨てようとしてるんだ。」
司は、目を見開いて黙った。開は、心の中で舌打ちをした。郁人が言うことは、何一つ間違っていない。何もかも、その通りなのだ。これが仲間なら、吊られるのが分かっているのにこんな襲撃の仕方をしないだろう。上手く行きすぎて不安だと思っていたが、あまりに出来過ぎているからこそ不安だったのだと、開は気付いた。
しかし、今気付いても遅かった。恐らく無表情だが光一も壮介も、同じように思っているはずだ。村人は無能だと侮っていたが、一番愚かであって欲しい時に、こうして牙をむいて来た…。
何か言いたいが、疑惑のただ中の自分が何か言う事で、どんどんと立場を悪くするだろうことは分かっていたので、口を開けなかった。
開が、ひたすらにせめて無表情で黙っていると、隣りから、嗚咽を漏らしたような、うめき声のようなものが聴こえた。
「…英悟さん?」
ついに、狂ったのか。
開がそう思って困ったことになったとどうやって押えたらいいのかと頭を巡らせていると、英悟は肩を震わせながら、顔を上げた。その顔を見た開は、ゾッとした…英悟は、嗚咽を漏らしていたのではなく、笑いをこらえていたのだ。
いよいよヤバいと思った開は、英悟を見て、慌てて言った。
「英悟さん、落ち着いて。どうしたんですか、こんな時に笑うなんて。あなたは、人狼じゃないでしょう?」
人狼という単語を聞けば、少しは我に返るかと思った英悟は、もう堪えきれないと声を立てて笑い出した。
「ああ、すまないな、開!ハッハッハ、お前には迷惑かけたよ、ほんとに!」
開は、顔をしかめた。このままでは、英悟の口から全ての人狼の名前が出てしまう…!
しかし、英悟は笑ったまま更に言葉を続けようと、皆に向き直った。
司も郁人も、ただ驚いてその様子を見ていた。




