流れ
昼食を取りに居間へ降りた時も、司と郁人は一緒に居て何かを話し合っていた。角治も、同じテーブルについているが、それでも話に入っている感じではない。ただ、司と郁人が話しているのを聞いている、といった感じだった。
開が、それを横目にキッチンへと入り、何を話しているのか気になるし早いところ出て離れた場所から聞き耳を立てようかと思いつつ、パンとペットボトル飲料を手にすぐにキッチンから出ようとすると、同じようにキッチンで昼食の準備をしていた園美が、声を掛けて来た。
「ねえ、開くん。」開が振り向くと、そこには園美だけでなく、椎奈もさくらも居るのが見える。開は、それでも何気ないふりをして、園美を見た。園美は続けた。「共有者、見た?郁人さんにずっとくっついてるの。郁人さんが黒を出されていた進さんのことを村人だって言い当ててたからって、他の人達のことも、その勘に頼ろうって思ってるのが見え見えでしょう?でも、その郁人さんが人狼とか、狐だったらどうするつもりかしらね?」
開は、そう言われて初めてその可能性にハッとした。そうか、人狼からは人狼が分かっているから郁人は恐らく村、最悪狐だろうと思えてはいるが、村人からは全く分からないグレーなのだ。
そんな考えが一瞬にして脳裏をよぎった。が、顔にはまったく出すことなく、開はさも当然のように頷いた。
「だよね。オレも郁人さんが味方とは限らないのにあんなに信頼して、そんな共有を信じていいんだろうかって思い始めてるんだ。慎一郎の白だったら、オレも少しは考えたかもしれないけど、全くのグレーだからな。しかも、進さんの白なんてみんな知ってたじゃないか。それを言い当てたって、その考えもおかしいと思う。」
園美は、開が自分の思っていた通りの事を言ってくれたと思ったのだろう、何度も頷いてヒートアップして言った。
「そうでしょう?!やっぱり、そう思うのよ。」と、傍らの椎奈とさくらにも話を振ってから、また開を見た。「あんなの、おかしいわ。そもそも、共有の言うことを聞いてたら、助かる者も助からないって、狩人は自分のいい所を守った方がいいんじゃないかって、話をしてたのは私なの。まさか、さくらが狩人だとは思わなかったけど、もしかして話を聞いている中に狩人が居たらって思って昨日私が食事の時に話してたから。それで、さくらが疑われるっていうのも、正直おかしいと思う。理由も聞かずに、さっさと公表しちゃうし。さくらが言うこと聞かない狩人だから、明日襲撃されていいってことよね?ひどすぎるわ。」
そんなことがあったのか。
開は、人狼同士が話しているように、村人同士も、それと知らずに話している事実を知った。今まで、あまりにお粗末な考察しか出て来ない上、共有はあんな風に考えが定まらないし、それに翻弄されているだけに見えていた。女子同士の話になど入って行くことは普段でもないし、どんな話をしているのかは知らなかったが、一応考えて話していたのだ。
開は、落ち着いた風を装って言った。
「困ったな…確かに、さくらは明日生きている保証は全くなくなったものな。人狼からしたら、棚から牡丹餅の気分だろう。共有者は、何を考えて狩人を晒したのか。確かに園美さんの言う通り、どういう理由か聞いてからでも良かったのに。言うことを聞かなかったから晒すって、どういうつもりだろう。」
椎奈が、横で憎々し気な顔をして、言った。
「本当に…よく考えもしないで、人狼とか狐の言うことに流されてるんだと思うわ。さっきだって、確かに篤夫さんは慎一郎さんの白だったけど、慎一郎さんが真だったとは限らないのに、篤夫さんに入れた人達を責めるような言い方してたし。それで、自分達は村人の私に入れてるのよ。共有に従ってたら、確かにヤバイかもしれないわ。」
開は、空気が変わって来ている、と感じていた。だからと言って、共有者は誰が何と言っても白、村人なので、吊ることは出来ないが、それでも共有者に従おうとしている人間を、疑わしいと断じることは出来る。
「少し、考え直した方がいいのかもしれない。オレも、夕方の会合までによく考えて来るよ。園美さんも、信頼出来そうな人に一度意見を聞いておいてくれる?オレも、誰かに会ったら話してみるよ。」
園美は、頷いて言を決した顔をした。
「ええ!任せて!さくらを危険に晒したんだから、大きな顔させたくないわ。話してみる。恭一さんと、貴章さんに。」
園美は、同じ技術部なので、話すなら恐らくその二人だと思っていた開は、心の中でほくそ笑んだ。あの二人は白いし、共有にある程度疑念を持ってくれるようになれば、今日も明日もそう苦労なく混乱させて票をばらけさせ、村人を吊ることが出来る。
開は、園美に軽く会釈して、微笑んでそこを後にした。
さくらは、それをただじっと見ていた。
その日、夕方の会合は、とても早い時間に召集された。
いつもなら、一時間前とか30分前に集合と言われていたのだが、今日はたっぷりと話し合えるようにと、二時間も早い、6時に集まるようにと連絡が腕輪で回って来た。
開は、その時連絡が来たのが壮介からだったので、昼間にキッチンであったことをかいつまんで話して置いた。壮介は、光一にも話しておく、と言ってくれたが、英悟には話す必要はない、と言った。英悟のことは、人狼であって人狼でないような、そんな感覚になってしまっていた。陣営勝利より、自分と彼女のさくらが最後まで生き残ることばかりを考えている。そのためなら、他の人狼を売ることすら、間違いなくやるだろう英悟のことは、開も他の二人と同様に今は信じていなかった。
自陣営のそんな状態に少しの不安も感じながら、開は時間通りに居間へと降りて行った。
そこには、もう既に数人の人達が来て座っていた。どうやら、長丁場になりそうということで、先に食事を済ませておいた人達が大半のようだった。
園美が、入って来た開を見て、頬を少し緩めた。
「ああ、開くん?どう、何か分かった?」
開は、肩をすくめた。
「何かって、結局推測の域を出ないんだよな。全てが分からないし、疑心暗鬼になってしまって。誰が嘘を言ってるのか、全く分からないわけだし。何も知らない村人だからこそ、迷いから矛盾したこともしてるのかもしれないのに、それが疑わしいとかなってしまったりして。」
園美は、神妙な顔をした。
「それは…確かに、私もそうかもだけど。でも、そんなこと言ってたら何を信じていいのか分からない今、判断しようがないよね。」
開が椅子へと座ると、司がそれを聞いていて、言った。
「何を信じるか、だな。オレだって、何を信じていいのか今混乱している。一度にいろいろな情報が一気に来たから、オレだってどうしたものか悩んでいるんだ。」
開が、それはそうだろうと思ったが、それにしても一気にいろいろな情報とは何だろうと首を傾げつつ、わらわらと集まって来た皆に何をコメントすることもなく、そのまま黙った。
そして、そこには最早12人になってしまった人達が丸テーブルの回りに、パラパラと不自然に離れた状態で座っていた。番号の椅子に座っているので、こうして見ると14番の郁人から22番の園美までの椅子は全部なくなっていて、とても広く空いている。
いつまでこんな会議をしなければならないのだろうと、開が小さくため息をついていると、司が、言った。
「…さ、みんな集まったし話そう。それで、さっきまで郁人と話していたんだが、郁人の感じたことは知った。部長も聞いてて、郁人が最初、誰を疑わしいと思っていたかも聞いた。それで…今回、他からの情報提供もあったんだ。何を信じたらいいのかは分からない。だが、明日の結果を見てそれを信じるかどうか考えようと思っている。ここには、人狼も居る。だから、滅多なことは言えないから、今日のところはここまで。それで、今日の吊り先なんだが…何か、提案はあるか?」
開は、探るように司と角治を見つめた。なんだろう、何か、嫌な予感がする。
そっと皆を見回すふりをして光一や壮介の方を見たが、二人も同じように思ったのか黙っていた。しかし、英悟が口を開いた。
「黒を吊るか、グレーを吊るかってことだろう?共有は、どう考えて来たのか教えてくれないか。オレ達は、それに従うべきなんだろうし。もちろん、納得しなければ同意できないがな。」
司は、それを聞いて角治と視線を合わせた。角治は、フッと息をついて、言った。
「…ああ、そうだな。ええっと、一人一人の思っていることを聞きたいと思っているんだ。それから、決めようと。だから、時間を長くとってる。」
…裏付けか!
開は、頭に浮かんだことに、心の中で叫んでいた。
どうやってどこからの情報なのか知らないが、一つは間違いなく郁人からだろう。司と角治は、恐らくその情報に従って、疑わしいと言われた者達の考えを聞き出そうとしているのだ。そして、疑わしい者同士がどういう風に庇い合い、どういう意見を出すのか、本当に庇い合うのか、そんな関係性を見て、真実を探そうとしている…。
だから、嫌な感じがしたのだ。
そうして、開が嫌な感じを受けたということは、どこからの情報なのか知らないが、司と角治は開のこともその、疑いのリストに入れている。
開は、スッと目を細めて、遠く見ていないようなふりをしながら、さくらへと視線をやった。ちょうど向かい側辺りに位置するさくらは、黙ってただ、目を伏せているのが見えた。




