茶番
部屋に入って悶々としていると、光一が部屋のインターフォンを鳴らした。
開は、インターフォンを使う時は周りに人が居る時だと知っているので、急いでドアを開いた。
「はい。」と、光一の険しい顔色を見て、表情を引き締めた。「どうしました?」
すると、光一の後ろに居た恭一が、10年も老け込んだような顔で開を見て、言った。
「大変なことになっちまったんだ。とにかく、下へ来てくれ。手が居るって、司が。」
開は、慎一郎の仕業だろう、とすぐに分かった。それにしても、何と仕事が速い。
そう思いながらも、頷いた開は、そのまま廊下へ出て、階段へと向かった。光一と恭一は、まだ他の部屋のインターフォンも押していた。
開が下へと降りて居間へ入って行くと、女子達がひと固まりになって青い顔をしていた。
開を見た貴章が、キッチンの明け放したドアから、手をこまねいていた。開は、急いでそちらへ小走りに駆け寄った。
「貴章さん、どうしました?」
言ってキッチンの中を見た開は、絶句した。
キッチンは、あちこちに血しぶきが撒き散らされて真っ赤になっていた。
とても、一人の血が流れた状態ではないと思ったが、床を見ると、三人の人が倒れていた。
優花が、キッチンの流し台の方へと倒れ込んでいて、膝を立てたような形になっている。
修が、目を見開いたまま胸から血を流して倒れていた。ひと目見ても、絶命しているのだと分かる。
そんな中でも、慎一郎は比較的綺麗な方だった。腕には切り傷があったが、他の二人ほど大変なことにはなっていないようだった。
そんな三人の遺体を、角治が悲壮な顔で調べていた。後ろから、壮介が言った。
「オレが入って来た時には、優花に慎一郎が襲われている最中で。それを庇おうと修が飛び出して刺されて、優花は振り払われた勢いで包丁が刺さったのかばったり倒れて。こんなことに。」
開は、黙って頷いた。壮介の言っていたことが、間違いなく慎一郎から言われている内容だろうからだ。
角治が、遺体から顔を上げて、首を振った。
「みんな駄目だ。これで、真占い師も殺されてしまった。呪殺が出来ない…これで、狐まで吊らないといけなくなった。」
開が立ち尽していると、後ろから、恭一と光一が新しいシーツを持って入って来た。
「一応みんな呼んで来て居間に集結させてる。それで、部屋に運ぶか。」
司が、青い顔をしながら、憔悴し切った顔で頷いた。
「ああ。このままってわけに行かないからな。一人ずつ部屋へ運ぼう。それにしても、困ったことをしてくれたもんだよ…優花も。人狼だって狐を呪殺したかっただろうに、なんでだ。」
光一が、さっさとシーツを広げて慎一郎を包みながら、言った。
「優花は人狼の中でもはぐれ者だったんだろう?勝手なことをしたから、露出する人狼に選ばれたほどだ。何を考えてたのかなんか、誰にも分からないって。」
開も、慎一郎を包むのを手伝った。慎一郎だけは、自分が運びたかったからだ。
そうしているうちに、征司や篤夫、英悟も入って来て、皆で手分けして三人を何とか彼らの部屋へ連れて行くことが出来たのだった。
全て運び終えて、開が居間へと戻って来ると、共有も合わせた皆ががっくりと肩を落として、ソファに座っているのが目に飛び込んで来た。
人狼である光一や壮介まで、老け込んだような顔をしている…もちろん、頼りにしていた仲間を失ったのは、人狼陣営からも同じだったので、これは仕方がないことだった。
女子の中には涙ぐんでいる者まで居て、普段は気丈に見えていた園美も、ショックから放心状態のようだった。
開が最後の一人だったようで、ソファに座ると、司が顔を上げて、言った。
「…大変なことになってしまったよ。慎一郎は優花を狂人じゃないかとか言って言い合いになっていたが、まさか優花がそこまで追い詰められているとは思わなかった。思えば、人狼の中でも仲たがいとかあって、優花ははぐれ者の方だっただろうから、精神的にもかなり来てたのかもしれない。そこまで思い当たらなくて、占い師達が一か所に集まるなんてことを許してたオレ達が悪かった。今、部長と反省していたところだ。」
隣りの角治が、伏せていた顔を上げて、引き継いだ。
「だが、反省してても起こってしまったことは元には戻らない。続けるしか、ここから抜け出す術はないんだ。これで人数は一気に減ってしまった…人狼が襲ったのだから、恐らく真占い師だったとみられる慎一郎は死んだ。呪殺も出来ない。これで人狼は一匹確実に居なくなったのは確かだが。」
司が、力の無い手で大儀そうにメモ帳を開き、それに視線を落として、言った。
「…今の人数は、15人。この事件で、恐らく人狼一人、狂人一人、真占い師一人を失くした。普通に考えて狐はまだ2人残っていて、人狼は4人。残りは村人だ。かなり村人にとって苦しい状態だ…呪殺が出来る占い師を失った状態での今だからな。だから、我々共有も、強硬手段を使うよりなくなった。」
角治が、頷いて続けた。
「慎一郎を真占い師と見て、黒は必ず今日吊る。占った壮介と篤夫以外の者は、皆グレーだ。優花が人狼なのだから、修は狂人だろう。狂人が出した黒先はあてにならないから、それもグレーに戻す。明日以降の投票先は、そこから狐を探すことに重点を置こう。狩人の護衛は共有と霊能に絞られるから、護衛成功も出やすくなるだろう。狼は狐を噛んだら教えてくれ。どんな手段を使ってもいい。最悪、オレ達の部屋にメモを差し入れてくれてもいいから。狐を、絶対に吊って行こう。以上だ。」
その意見に、舞花が立ち上がった。
「待ってください!私を、吊るってことですか?!慎一郎さんの黒だから?!」
司が、疲れ切った様子でチラと舞花を見た。
「そうだ。君を吊るよ。それでせめても吊縄が無駄にならないからね。それでも人狼はまだあと3匹居る。黒は、まだあと2回吊っても大丈夫だ。その間に、狐を吊らないと。」
舞花は、必死に首を振った。
「私は違います!本当に、人狼じゃないんです!信じてください、慎一郎さんは真占い師じゃなかった。私も信じてたけど、違ったんです!修さんが真占い師だった。だから壮介さんと篤夫さんの中に、狐が居るはずなんです!」
壮介は真顔だったが、篤夫が顔をしかめて舞花を睨んだ。司は、それを聞いて舞花を見た。
「ちょっと待て。どうしてそう言い切れる?修のグレーはまだたくさん居るぞ。それなのに、篤夫と壮介に限定されるのはどうしてなんだ?まるで、君からは何かが見えているようだぞ。」
舞花は、ハッとした顔をした。回りの人達が、そんな舞花にどんどんと眉を寄せて行く。英悟が、じっとそんな様子を観察していたが、言った。
「…まるで、真占い師を知っているかのようだな。」司も、回りの人も英悟を見た。英悟は続けた。「なあ、こういう考え方も出来るんじゃないか。壮介か篤夫が、狐の一人なんだ。なのに、占われたはずの狐が溶けずに残っていることから、狐はどちらが真占い師なのか知った。自分も、あの占い師なら占われても溶けないと思った。だからこそ、昨日は頑なに慎一郎が真占い師だと押し、そして占って欲しいと言った。溶けなかったが、思いもかけず黒を出された。…って感じだ。」
光一と壮介は、鋭い視線を英悟に向けた。
それは、修が真占い師であると言っているようなもので、そうなると、壮介と光一は修に黒を出されているから、吊られることになるからだ。
司は、じっと考え込むように壮介と篤夫を見た。
「確かに…ということは、舞花は、狐ってことで、激しくやり合ってた篤夫でないとしたら、壮介が狐?」
英悟は、首を振った。
「違う。考えてみろ、その場合修が真占い師になるが、壮介は黒を出されてる。だから、必然的に篤夫が狐ってことになるわけだな。まあ、舞花の様子を見ていたオレの勝手な考えだが。」
司は、黙って考え込んだ。
開は、多分それが正解だろうと思った。舞花が怪しいというので、吊らせるために黒を出すと慎一郎は言っていたのだ。なぜなら、慎一郎では呪殺を出せないし、狐は襲撃出来ないからだ。
ならば、自分達が殺さねばならないのは、舞花と篤夫。舞花は慎一郎が真だと言っても吊ることが出来るが、篤夫は知らずに慎一郎が白を出してしまっているので、出来ないのだ。
…英悟の考えには、賛成出来る。
開は、そう思っていた。
村の意見を修真占い師に持って行かないと、篤夫が吊れない事実を知ったから、英悟は村人に助け船を出したのだ。
だが、それは必然的に光一と壮介を切り捨てる選択になる。
それでも、人狼陣営が勝ち残るためには、それしかないような気がした。
慎一郎が、命を懸けて真占い師と面倒な狂人を連れて行ってくれたのだから、他の仲間の命など、この際どうでも良かった。それで、陣営が勝つなら、皆のためになるからだ。
司は、角治と顔を見合わせた。そして、言った。
「意見を聞きたい。今の英悟の考えは、的を射ているとオレは思う。何より、そう思うとしっくりくる。つまり、そう考えると狐の二人を吊って、壮介と光一の二人を吊れば、あと人狼二人だけって事だろう。これから4日分の吊り先が決まる。」
征司が、顔をしかめて言った。
「確かにそうなんだが…なんかうまく行きすぎじゃないか。何より篤夫と舞花がやたらとやり合ってた事実はどうするんだよ。同じ狐同士で、お互いを殺そうとしてたって事か?」
英悟が、それには答えた。
「わざとそう見えるようにしているのか、それとも本気で仲たがいしてるかじゃないのか?作戦だとしたらうまく行ってるよ、今のままじゃあ篤夫は吊られない状況だった。どっちがか生き残れば陣営勝利なんだから、狐にはしてやられたと言ってもいいんじゃないかな。」
征司は、それを聞いて黙った。その通りだと思ったようだ。しかし、篤夫が落ち着いた様子でため息をついた。
「そうか…そんな風に考えるのか。最初から君とは言い合いになってしまうな、英悟。思うんだが、君が狐なんじゃないのか?誰が見ても、慎一郎が真占い師だろうが。偽者ならどうして優花が殺すんだよ。そうやって言い逃れて、君は自分が最後まで残ろうとしているんじゃないのか。そもそも、君は誰にも占われていないものな。言いたい放題だ。」
英悟は、言われて篤夫を睨んだ。確かに、英悟には何も自分の潔白を証明してくれる材料がない。篤夫には、真占い師と見られている慎一郎の白という結果があった。どちらの意見が白いといって、篤夫の方が診なの目には白く見えて当然だった。
司と角治が、目に見えて困惑した顔をした。
共有者も、普通の村人と同じ情報しか与えられずに推理しているのだ。その場その場の意見に流されても、おかしくはなかった。
開は、そんな二人を気の毒に思ったが、事態を見守ろうとじっと黙って観察していた。何しろ、自分もグレーゾーンに居て、良くも悪くも目立たないので、観察にはいいポジションだったのだ。
揺れている様子に、光一が苛立たしげに言った。
「共有、意見をコロコロ変えないでもらえないか。オレ達は二人しか信じられない状態なんだぞ?それでなくても、身に覚えもないのに黒だとか言われて吊られようとしているんだ。しっかりしてくれ、もうかなりヤバイ方向へ来ているんじゃないのか。今まで霊能が出してるのは白ばっかりだ。方針を間違えてるからこそ、生き残されているんじゃないのか?人狼は、共有を噛む必要がないと思っているんじゃないのか。」
司は、胸を何かに刺されたような、苦し気な顔をした。村人なら、言わなかったことかもしれない。だが、光一は人狼なのだ。その考えの間違いには助けられているが、ここで別の方向へ…間違ってない方向へと舵を切られるのを阻止しようとして、思わず強く言っているのだろうな、と開は思った。
しかし、開はそこで割り込んだ。
「光一さん、共有だって役職者からもらえる情報が全てなんだ。他には何の特別な能力もない。責めたらかわいそうですよ。」と、司と角治を見た。「とにかく、情報を整理してからまた会議をしましょう。いろいろあり過ぎて、みんな混乱してるんですよ。どちらにしろ、今日は舞花ってことで、いいとオレは思います。違いますか?」
それには、司もホッとしたように頷いた。
「ああ。そうだな、どちらの意見からも、黒であろうと狐であろうと、人外には違いない。わかった、一度情報を整理して来るよ。」と、皆を見た。「すまない、混乱していて。君達も考えて来てくれ。また2時間後に、ここで。」
英悟は不満そうだったが、壮介と光一はそんな英悟を睨んでいた。
開は、また言い合いになるな、と今からため息をついていた。




