嘘
皆の視線が優花に向けられる中、司が郁人をためらいがちに見て、言った。
「…根拠は?」
郁人は、自信ありげに頷いた。
「いつもと違うんだ。占い師として騙って出た時もそうだったが、人狼だと言って出た時も、やっぱり違った。最初どういうことだと思ったが、こいつはどっちも嘘をついてるんだという結論に達した。」
それを聞いた司と角治は、困ったように顔を見合わせた。
「…なんだ、それじゃあ勘と変わらないじゃないか。皆を納得させるためには、もっと事実に基づいた推理とかじゃないと…。いつもと違う、じゃあ意見にならない。」
郁人は、司を睨むように見た。
「それでも、オレは進が白確定する前に白だって同じ勘で分かってたんだぞ。君達は、まだどこか疑ってたようだったが、オレは全く疑ってなかったからな。」
そう言われて、司は顔をしかめた。
「進のことは、もうみんなあんまり疑っていなかったじゃないか。最初の勘が当たったからって、他もあってるとは限らないんだからさ…全員が分かる理由を考えてくれないとな。」
しかし、慎一郎が割り込んだ。
「オレは会社が違うから分からないんだが、一緒に働いてる人達だけに分かるものってのがあると思うんだ。もしかしたら、本当にそうかもしれないぞ?」と、優花をチラと睨むように見た。「お前、ほんとに人狼か?もしかして、狂人とかじゃないだろうな。」
優花は、慎一郎に睨まれて、縮こまって自分の胸に顔をうずめ、そちらを見ないで何度も首を振った。
「違うわ!私…狂人だったら私、絶対に出て来ないわ!占われたって白いんだもの!ずっと占い師のふりをしていたわよ!仲間に言われて仕方なく出て来たんじゃないの…じゃあ私はどうすれば良かったの?人狼は出ない方が良かったってこと?」
司が、何度も首を振った。
「いや、人狼には出て来てもらって見通しがよくなったように思うから、出てもらって正解だよ。慎一郎、あちこち疑いたくなるのは分かるんだが、素直に推理していいと思うんだ…オレも部長も、裏の裏とか考えてたら、逆に間違うんじゃないかと心配してるんだ。」
慎一郎は、諦めたように椅子へと背を預けた。
「まあ…共有がそう言うのなら仕方ないな。オレも、真っ直ぐに考えるようにするよ。確かに疑ってたらきりがないものな。」
司は、ホッとしたように頷いた。
「ああ。オレ達だっていろいろ迷うことがあるんだ。でも、普通に考えたらそうだという考えを採用して行こうと部長と話し合ったからな。」と、またメモを見た。「じゃあ、次のグレーの、22番園美。その後は23番椎奈、そして24番さくらと続くから、意見をまとめといてくれ。」
思ったよりグレーの人数が少ない。
開は、思って聞いていた。慎一郎が真だと推し進めても、この中から数人の黒を出さなければならない。慎一郎目線で、舞花が黒、優花が黒ならあと三人。人狼を避けて黒出しするしかない。
慎一郎は着実に真占い師らしく村人に混じって行っているが、このままで行くと、霊能者の征司が邪魔になって来る。
狩人がこちらについた今、征司を消すのも簡単だ。消したい男が増えた今、誰から手を掛けたらいいのか迷う…。
開がそんなことを思いながら見ていると、園美は慎一郎を信じていると同じような論理で言い、椎奈も同じような意見だった。さくらの番になり、さくらが顔を上げると、司と角治の表情が緩くなったような気がした。単に開がさくらのことを狩人だと知ったからかもしれないが、それでも気を付けて見ると、人は出していないようでかなりわかりやすく表情に出ていることが分かった。
開にそんな風に見られているとは思っていない司は、その柔らかい表情で言った。
「じゃあ、さくら。君は、どう思う?」
さくらは、ごくりと唾を飲み込んだ。明らかに、皆の前で話慣れていないのだ。
そのさくらは、思い切ったように言った。
「私…あの、修さんが真占い師じゃないかと思います。理由は皆さんを納得させるだけのものはありませんけど、でも、あの修さんの必死さはそうじゃないかと思わせるものがあるんです。慎一郎さんは落ち着いているけど、落ち着き過ぎているように思うんです…だって、普通の人なら、占い師なんて思い責務がのしかかってきたら、きっと修さんのように必死になると思うから。」
英悟が、少し眉を寄せた。慎一郎は、黙ってそれを聞いている。開は、さくらがそう言うのも道理だと思った。
さくらは、慎一郎を真占い師だと思っているのだ。だから、人狼をサポートするのなら、修の方を真占い師だと押すだろうと思えた。だからさくらは、人狼から見て間違ったことを言ったとは思っていないのだ。
恐らく光一も慎一郎も同じように思っているのか、黙っていて反論する様子もなかった。
司は、困ったように微笑みながら、頷いた。
「確かになあ。そう感じてもおかしくはないと思うよ。でも、やっぱりさっきも言ったように、具体的な理由が必要だな。勘だけならいくらでも言えるし、それが成り立つなら人狼が好き勝手言うようになるだろう。危険なんだよ。」
さくらは、自分が発言したことでいっぱいいっぱいだったらしく、司の言葉に頷いて返すしか出来なかった。
司が、それを見てから、言った。
「うーんグレーの意見は聞いた。ええっと、貴章は恭一と同じだと思って聞いていないが、何か他に言いたいことはないのか?」
貴章は、首を傾げた。
「他にはない、と思う。オレも、進が村人だって信じられていたところだったから、あまりにショックでそこから推理が広がらないんだ。だから今投票するなら、きっと修の黒の光一か壮介に入れるだろうな。」
角治は、それを聞いて横から言った。
「じゃあ、グレーの意見は出揃った。今のグレーは貴章、開、英悟、郁人、園美、椎名、さくらの7人だ。それを見た上で、今日は黒を吊るかグレーを吊るか考えて欲しい。で、何もなければこれで会議を終わろうと思うんだが、他に誰か何か今言いたいことはあるか?なければ、このまま夜の投票前の話し合いまで解散になるが。」
恭一が、司を見た。
「え、どっちか決めないのか?」
司は、肩をすくめた。
「いや、決めてもいいが、今聞いて今決められないだろうと思って。投票が20時だから、19時半に集合だ。それから、黒だったら誰、グレーだったら誰って自分で決めて来てくれ。そこから、グレーなり黒なりの決まった方の弁明を聞いて、投票に入るから。」
結局、その後誰も発言することなく、解散になった。
開は、自室へと向かいながら、村人達はもっと話し合った方がいいんじゃないか、と他人事ながら心配していた。
部屋へ戻ると、早速慎一郎から呼び出しがあった。
慎一郎の部屋は奥なので、誰かを警戒するにしても片側だけ経過すればいいので、隠れて訪ねやすい。
廊下の突き当りは窓になっているので、誰かに見咎められそうになったら、その窓から外を見ているふりをしたりと、それなりに誤魔化す術があるのだ。
開は、ドアの外をじっと伺って誰も居ないのを音で確認してから、自室からそっと出て、慎一郎の部屋の前へと向かった。
中から伺っていたらしい慎一郎が、サッとドアを開いて中へといざなってくれるので、開は自動ドアより待つこともなく、さっさと慎一郎の、1番の部屋へと入ることが出来た。
すると、もう光一が来てそこに座っていた。
「おう。今日はうまいことオレ達と違う方向から意見言ってたな。」
開は、頷いて座った。
「考えておいたので。ところで、共有は間違っていると思うんですが。」
慎一郎も、椅子に座る。光一が、眉を寄せて言った。
「間違ってくれてた方がいいんだっての。慎一郎が真占い師だと思っててくれた方がいいんだ。」
開は、首を振った。
「いや、そうでなくて、議論時間が短いでしょう。本当なら、もっと自然に会話が出来て、意見が出て行った方が議論って進むはずなんです。なのに、あの共有達はさっさと議論を切って、あとは考えて来いという。もちろん、この時間の間に村人同士だっていろいろ考えてるんでしょうけど、仲のいい同士なんて同じような意見しか出ないし、堂々巡りになりやすい。恭一さんと貴章さんがそうでしょう。進さんが居なくなった途端にあんな感じでうまく自分の意見を皆に納得できるように話せない。そのうえこうして狼の議論時間まで作ってしまっているんだ。あれじゃあ駄目ですよ。」
慎一郎が、苦笑しながらも、椅子に背を預けた。
「君の言う通りだな。でも、お陰で早く終わりそうだ。狐さえ何とか出来たら、村人はちょろいってことだ。狩人がこちらの言いなりなのは、今日の意見で分かったし、なんとかやろう。ただ、始末したい奴が増えてしまったな。」
それには、思っていたところなので、開は何度も頷いた。
「そうなんです。黒を出してるし吊られたら霊能に結果を出されてしまうでしょう。まずい事になりますよ。今日は舞花が吊られる確率が高い。慎一郎さんの真目が上がってますからね。そうなると、今夜の襲撃は征司さんって事になる。でも、面倒な修さんも始末したいですしね。呪殺を出されたら今出てる黒の光一さんは確実に吊られてしまうから。」
光一は、フッと息をついた。
「そうなんだ。こうなったらさっさと処分したいんだが、襲撃は一晩に一人って決まってる。でも、普通に襲撃したら、修が真だと皆に知らせてるようなものなんだ。どうしたものかなあ。」
開は、少し考えて、言った。
「あの、さくらはもう大丈夫でしょう。英悟さんも、さくらさんが居る限りこちらに逆らうことはありません。じゃあ、優花に殺させたらどうですか。」
慎一郎と光一は、それを聞いて開の方へと身を乗り出した。
「優花に?どうやって。」
開は、外に声が漏れないのは知っていたが、それでも声を落として言った。
「キッチンで、口論させるんです。慎一郎さんなら対抗占い師なんだから、たきつけることが出来るでしょう。後は、優花にナイフか包丁で一突きさせたらいい。あいつは、何より襲撃されることを一番恐れている。ちょっと脅したら、破れかぶれでやりますって。」
光一は、顔をしかめて慎一郎を見た。
「だがなあ、あんまりあいつを追い詰めると、共有にばらされるぞ。あいつに接触してるのは慎一郎だけだが、だが慎一郎が人狼だとあいつだけは知っているんだ。あんまり追い詰めない方がいいんじゃないか。」
慎一郎は、腕を組んで考え込んだ。
「…そうだな。光一の言う通りだし、開が言うことも分かる。どちらにしても、オレが偽だと知られると壮介も光一もまずいしな。…じゃあ、あとをお前達に任せていいか。」
二人は、驚いて目を見開いた。何事かと開は思わず慎一郎の腕を掴んだ。
「待ってください。まさか、何かするつもりじゃないでしょうね。慎一郎さんに死なれたら、オレ達は後、どうしたらいいんですか。人狼の型にもまだ慣れてないのに。」
慎一郎は、そんな開に苦笑した。
「オレは露出してるし、こうなる覚悟もあった。霊能が生きている限り、絶対に破綻する可能性があって、人狼の占い師は危ない位置なんだよ。知ってて出たんだし、大丈夫だ。それより、死ぬならどう有意義に死ぬかが問題なんだ。夜中にルール違反を犯して襲撃されたように見せかけて死ぬのもいいし…優花と修と斬り合って死んでもいい。要は誰が真か分からないまま、皆死んでしまえば今の時点で一番信頼されているオレが真として見られるだろうから、しばらく壮介と光一は大丈夫だろう。そのうちに、村人は減る。人狼陣営は勝利するだろう。」
開は、確かにその通りなのだが、不安だった。光一も困ったような顔をしていたが、それでも、隣りで頷いた。
「…わかった。お前がそうするつもりなら、オレ達は絶対に生き残って人狼を勝たせてみせる。じゃあ、あの狂人はどうする?」
慎一郎は、笑って手を振った。
「あんなのには、襲撃を使う必要はない。今回オレが巻き込んで始末して行くよ。そうだな、じゃあキッチンででも斬り合うしかないか。ま、楽しみにしていたらいい。どうせみんな死ぬし、お前達のうち誰かはその場に居合わせて、優花がオレを襲おうとしたのを修が止めようとしてとか何とか言ってくれたら、いい感じになるんじゃないか。」
そう言われて、開は頷いたものの、不安になった。なんやかんや言っても、慎一郎が人狼陣営を支えて引っ張って来たのだ。最初の夜には、慣れずに混乱する皆を必死になだめて心配はないのだと教えてくれた。光一と壮介は最初から適応して戸惑っていただけで動けたが、英悟と開は全く動けなかった。それでも責めることもなく、ここまで導いてくれたのだ。
慎一郎を失うことは、開にはとても重かった。




