ゲーム
「ほ、ほんとに死んでるのか?」
進の隣の恭一が、恐る恐る寄って行った。そして、天井を向いて瞬きもせず空虚に開かれた目を覗き込んで身震いし、そっと首元を探った。
「…ほんとに、脈がない。」
恭一は、呟くように言う。それと共に、すすり泣くような声が聴こえて来た。この中では一番若い、寺田由佳が隣の同期の、堀優花に肩を抱かれて泣いていた。
「何だってんだよ!」急に、3番の椅子に座る清水貴章が叫んだ。「どういうことなんでぇ!お前、何か知ってるんじゃねぇのか!」
1番の席でただただ黙り込む原慎一郎に向かって、貴章は襲い掛からんばかりに言った。原は、眉を寄せて貴章を睨んだ。
「…知ってたらこんな所に座ってはいない。私だって命は惜しい。むしろあなた方を狙った奴らに、ついでに巻き込まれたんじゃないかと思ってますよ。」
「なんだと?!」
貴章は、音を立てて立ち上がると、今度こそ掴みかかろうとした。しかし、その隣りの大野司がそれを止めた。
「待て貴章、確かにそいつの言う通りだ。何がどうなっているのか分からないが、そいつだってオレ達と同じテーブルに座らされているじゃないか。ゲームの人数に入れられてるってことだ。知らなかったってのが妥当だろう。」
貴章は、振り返って司を睨んだ。
「じゃあどうするんだよ司!お前が強制的に休みを取らされるとか言うから、オレはついて来てやったってのに、これがリゾートかよ!」
司は、息をついた。
「落ち着け。オレだってわけが分からないんだ。とにかく、港にはまだ船が居るだろう。帰ることを考えよう。ここから出るんだ。でないと、どうやったのか分からないが、こうやって殺されてしまうかもしれないんだからな。」
しかし、じっと黙っていた進は、言った。
「だがな司、相手は手も触れずに殺す手段を持ってる奴だ。部長を襲った何かを見たか?オレには見えなかったぞ。もしかして、とんでもない仕掛けがあるんじゃないのか。逃げようとしたら、片っ端から部長のようにいきなり倒れてお陀仏なんじゃないのか。」
司が、ぐっと黙る。すすり泣き声だけがしばらく響いていたが、フッと息をつく音が聴こえ、小森角治が言った。
「松本さんが亡くなってしまったと実感がわかないが、そうなるとオレが指示しなきゃならないな。」角治は、善治より7つほど年下だが、部長職だった。皆を見回した。「一度座れ。松本さんが確かに死んでるのなら、この相手に逆らうのは賢明じゃない。宮下が言うように、相手がどうやって殺したのか分からない以上、勝手なことはしない方がいい。」
貴章は、仕方なく座った。壮介も、征司も居心地悪げに魂の抜けた善治の隣の椅子へと腰かける。それを見てから、角治は言った。
「あのモニターの相手が言っていたゲームのことはオレもあまり知らないんだが、要は皆に役職とやらが振り分けられていて、狼の役職を引いたやつを全部追放したら村人の勝ち、ってことでいいのか?」
司が、険しい顔で頷いた。
「そうです。その上第三陣営になる、狐という役職もあります。村人は、狼も狐も全て追放してやっと勝利になります。」
「追放ったって」恭一が、呟くように言った。「松本部長のこれが追放なら、会議で決めたヤツは殺されるってことだろう。」
皆の表情が凍り付く。だが、進が言った。
「まだ分からないぞ。それに、まだみんなそれぞれの役職を知らないが、もしかしたら松本部長が狼を引いてる可能性だってある。もしそうなら、最初から数が少ないんだから村人にとって有利だろう。」
角治が、ため息をついた。
「そうか…カードは見せ合えないってことだし、疑心暗鬼になって誰を信用していいのか分からなくなるゲームってことだな。」と、立ち上がった。「その役職とやらを見てからでないと、話は進まないだろう。本当に松本さんが死んだのか分からないが、とにかく部屋へ連れて行こう。このままここに置いておくのはかわいそうだろう。」
皆が、顔を見合わせていたが、それでも体を引きずるように立ち上がった。壮介と征司、それに恭一と進が手伝って、善治の体を持ち上げる。その体はまだ、生暖かかったが、しかし、生命の兆しは全くなかった。
「…小森部長、松本部長は、確かに死んでますよ。」
進は、善治の左脇の辺りを支えながら、言った。角治は、眉をぐっと寄せた。
「仮死状態なのかもしれないじゃないか。こんな、人をあっさり殺すなんて、そんなことが、あるはずがない。」
それを聞いた進は、隣りで右脇を持つ恭一を見た。恭一も、進を見る。
「もしかして…小森部長は、死んでないと思い込もうとしてるのか?」
恭一が小さく言うのに、進は頷いた。
「オレだってこれが夢じゃないとは、証明出来ないしまだピンと来てない。あんなあっさり、目の前で、なんてな。」
それは、他の皆も同じようだった。それでも、目の前にある善治の体は確かにずっしりと重く、血が通っていないのは確かだ。
なるべく考えないようにしながら、進は善治を二階まで運んだのだった。
階段がとても広くて、一段一段が低いので善治を運びながらでもそれほど苦労はしなかった。
上階へ上がると、部屋がズラリと並んでいて、手前から順番に廊下を挟んで向かい合わせで部屋が並んでいた。ドアの番号を見ると、右側の列は15、左側の列は30から番号が始まっているのが分かる。必然的に一番向こうの端は1と16の部屋になるのだろう。
進は、恭一と壮介、それに征司に首を振って言った。
「右側だ。松本部長は5だから、向こうから5番目の部屋なんじゃないか。」
三人は黙って頷くと、そちらへ向けて歩き出す。角治が、不安げにそれを見守っている他の社員たちに言った。
「さあ、みんな自分の部屋へ入るんだ。それで、役職とやらを確認して来よう。それで、また下の大きな部屋へ集まろう。さっさと狼と狐を見つけて終わりにしたらいいんだ。占い師とかいう役職が居ると言っていたし、きっとすぐに終わるさ。それで、全部終わったら松本さんのことだ、冗談でしたって元気に現れるさ。」
それを聞いた皆は、幾分落ち着いた顔をしたが、それでも一人で部屋へ入る頃には、やはり険しい顔をしながら扉の向こうへと消えて行った。
しかし、進と他三人は、ずっしりと重い善治が確かに死んでいて、とてもそんな風に戻って来るとは思えなかった。それでも黙って5番の部屋の扉を開くと、ベッドが置いてあるその部屋へと入って行った。
そこは、バスルームとトイレもきちんとついている普通のホテルのシングルルームほどの大きさの部屋だった。
ベッドはセミダブルで、大き目だ。
机もあって、その上には液晶のモニターが置いてあった。机の真ん中には、黒い封筒が置かれてあり、進は意識的にそれから目を反らした。きっと、あれが役職カードの入った封筒だ。
ふと見ると、他の三人も机の上を見ないようにしているのが見てとれた。
せーのっ!と掛け声をかけて、ベッドの上へと善治の体を寝かせると、壮介が進み出てそのまだ開いたままの瞼を閉じた。
「…来年は定年だからゆっくり旅行にでも行くんだと言ってたんですがね。」
壮介は、呟くように言う。進は、ため息をついた。
「熱血親父って感じで面倒な上司だと思ってたんだが、こうなると寂しいもんだな。小森部長は実感がないのか考えないようにしてるのか、悲しむ様子もなかったが。」
恭一が、進を見た。
「なあ、本当に生き返ると思うか?オレは、確かに死んでると思うんだ。みんなでその事実を受け入れて、どうやったらこれから逃げられるのか考えた方がいいんじゃないかって思うんだが。」
この中では一番先輩にあたる、征司が言った。
「お前、さっきの話聞いてたか。進が言ってただろう、相手はオレ達を簡単に殺してしまうんだぞ。部長がどうして死んだのか、オレにも分からない。いろいろ分かるまで、モニターの向こうのヤツには逆らわない方がいい。ここからは船だってまだ居るのか見えないんだし、逃げ出したとしても周囲は海だ。慎重に事に当たらないと、何が起こるか分からないぞ。」
壮介は、何度も頷いた。
「オレもそう思いますよ。とにかくオレ達も、早く役職を見て来ましょう。村人だったらお手上げだが、占い師だったりしたら村の役に立つし。」
征司は、頷いた。
「そうだな。死んでしまった人より、生きてるオレ達が何とかしなけりゃな。行こう。まずは自分の役職の確認だ。」
四人は頷き合うと、寝かせた善治に丁寧にシーツを掛けて見えないように覆うと、そこを出てそれぞれの番号の部屋へと足早に向かって行ったのだった。