裏では
そろそろ昼の会議の時間だというので開が出て行くと、いきなり後ろのどこかの部屋のドアが勢いよく開いたのが分かった。開が驚いて振り返ると、恭一がどこかの部屋から飛び出して来るところだった。
「あ、か、開か!ちょっと、ちょっと来てくれ!進が…進が居なくなってるんだ!」
開は、顔をしかめた。実は、慎一郎から聞いて、とっくに知っていた。村人達は気付いていなかったが、初日から死んだ者達の遺体は、とっくに部屋からどこかへ持ち去られてなかった。
それこそが、勝てば生きて帰って来れる証拠なのだと、慎一郎は言っていた。ここから連れ去られた遺体は、きちんと処置をされて勝敗が着くのを待っている。そして、勝敗が着いた時点で、勝利陣営の者達は蘇生されて帰って来るのだ。
だが、表面上は驚いたふりをして、怪訝な顔をした。
「何を言ってるんです?進さんが動けるはずないでしょう。」
恭一は、開の気持ちなど知らずに、必死に腕を振って進の部屋の中を指した。
「だ、だから見てくれって!ベッドも何も、全く何も無かったみたいに綺麗に新しくなってるんだ!」
開は、一応進の部屋の中へと足を踏み入れて、そして、空のベッドが何事もなかったかのようにそこにあるのを確認してから、恭一を振り返って言った。
「共有を呼んで来てください。皆に知らせた方がいいでしょう。」
恭一は、まだ動転しているようだったが、頷いて駆け出して行った。すると、騒ぎを聞きつけた慎一郎と光一、それに英悟が出て来て進の部屋の入口に来ているのが見えた。開は、振り返って言った。
「遺体が無くなったと、恭一さんが気付いたんです。今、共有を呼びに行ってもらってます。」
すると、後ろから来た壮介が言った。
「他の部屋の方も、先にドアを開いて見えるようにしておこう。みんなが確認しやすいだろう。」
皆は頷いて、手分けして今までに亡くなった人達の部屋のドアを開いた。そうしていると、急いだ様子で司と角治が階段を駆け上がって来た。その後ろを、ぞろぞろと皆がついて上がって来るが、その先頭には恭一と貴章が居た。
「進が居なくなったって?!」
貴章が、真っ直ぐに進の8の部屋へと駆け寄る。開は、手前の25、千秋の部屋から出て来たところだった。
「今、他の犠牲者たちの部屋も見ていたところです。他の人達も軒並み居なくなってます。投票で追放された人達の部屋からは、荷物が無くなってます。」
司が、開を見て言った。
「え、荷物が?襲撃の犠牲者とか、他の追放者は?」
向こう側から、慎一郎が出て来て答えた。
「ああ、こっちを調べたが、みんな居ないし荷物も無くなっているぞ。」
進の部屋へ入っていた貴章が、出て来て言った。
「進の荷物はまだあるんだ。どういうことだろう?」
光一が、20の那恵の部屋から出て来て言った。
「もしかしたら、人狼陣営ですら外に出られない時間があるじゃないか、ほら、ええっと、午前4時から5時の間。その時間帯に来てどこかへ持って行ってんじゃないのか?進は、今朝だからまだ持っていけてないだけで。」
しかし恭一が、横から言った。
「でも!じゃあどうやって進を連れ去ったんだよ!ベッドも綺麗にしてあったし…。」
すると、進の部屋へ入って出て来た司が、言った。
「下のカーペットはまだシミがあったぞ。その辺りに切れ込みがあったから、恐らく居間の椅子と同じ原理だと思う。ベッドごと下へと連れて行かれたんじゃないかな。あとは今光一が言ってた通り、多分誰も外へ出られない時間に誰かが持って行くんだろうな。目的は分からないが。」
恭一が、それを聞いて身を乗り出した。
「もしかして、治療とかしてるのかも!荷物は、持って帰らせるために側に置くために持って行ってるんじゃ…。」
角治は、苦笑して恭一を見た。
「確かに、そうだったらいいんだが…オレの知識では到底治療出来るような状態ではなかったけどなあ。単純に、ずっとあのままみんなと部屋に置いておくのは…その、まずいから引き上げてったんじゃないかと。」
そう言われてみると、この季節に長く遺体を放置するのは問題かもしれない。
恭一は、がっかりしたような顔をしたが、それを見た慎一郎が、恭一の肩に手を置いた。
「大丈夫だ。確かに、君が言うように治療してるのかもしれないしな。希望は捨てずにおこう。」
恭一は、慎一郎を見上げて、少し力を抜いて微笑んだ。
「ああ。そうだな。」
角治が、フッとため息をつくと皆を見回した。
「さ、じゃあみんな昼食を取って昼の会議をするのにちょうどいい時間だ。食事をした方がいい。下へ行こう。」
角治に促された一同は、ぞろぞろと階下へと降りて行った。その中には、さくらと英悟の姿もあった。
その後ろからついて行く慎一郎と光一の目は、探るようにその二人を見ていた。
恭一と貴章は、どす黒く変色したノートを前に、二人で冷凍チャーハンを解凍して食べていた。進が死ぬ直前まで記していたものだ。
開は、ちらとそれを見ながら冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して、横を通り過ぎた。進の死…昨日、自分はその現場に立ち会った。進は、怖いほど直感に優れているようだった。いろいろな意見を聞いていても、真実にかすめていることが多くて、開でもヒヤッとさせられることが多かった。それでも、優花が黒出している黒候補なので、皆が怪しむ先として、吊縄消費に使えるようなら置いておこうと思っていた。だが、優花を人狼として皆の前に出したので、その時点で進は誰より白くなってしまった。
そうすると、これから進の発言力は増す。これ以上、追い詰められるわけにはいかなかった。
護衛が入っていなさそうな場所であり、邪魔な進を襲撃することは、皆の意見ですぐに決まった。そして、開は人狼仲間と共に、進の部屋へと向かったのだ。
人狼の自分達のうちの一人が、腕輪に襲撃先を入れると、普段から自分達を閉じ込めている閂のような鍵が、自動的に開かれる。
そして、人狼が持たされているマスターキーを通すと、各部屋の電子ロックも開錠することが出来るのだ。
そうやって鍵を開いた時、那恵と違って進は、机に座ったままの姿勢で突っ伏して、目を開いたまま動かなくなっていた。
腕輪の下がチクリとして、自分達の体に薬品が流れるのを感じて、その途端に、自分たちの体は、大きな狼へと変貌してしまう。
進は、もし意識があったなら、その瞬間を見ただろう。そして、その狼が自分の首筋をひと噛みして殺す瞬間も。
進を噛んだのは、英悟だった。先輩から先にしろと皆に言われて、嫌々ながら破れかぶれに噛みついた感じだった。
血しぶきが上がって、そもそも不安定な英悟が混乱して更に噛みつこうと暴れる中、それを制止して部屋へと連れ帰ったのは慎一郎と光一だった。
開は、ただ茫然とその光景を見ていることしか出来なかったのだ。
だが、それを見ることによって、開の中で何かが変わった。死は、とても身近なものなのだ。そう、村人達は、自分達を殺そうとしている。訳の分からない薬で、こんな体にされてしまった仲間達、この被害者の数人を。
開は、茶を喉へと流し込んだ。味覚も鋭敏になり、嗅覚も何よりもいい。誰が誰と一緒に居たのか、匂いの移り方で分かることまであった。
…少し遮断の方法を覚えないと、疲れて来るな。
開は、そう思いながら、皆が集まるのを待って、ソファの方へと向かったのだった。




