裏切り
英悟は、居間へと勢いよく飛び込むと、さくらを探した。さくらは、窓際のソファに座っていて、英悟が見たこともないほど勢いよく入って来たので、驚いて立ち上がって足早に寄って来た。
「どうしたの?何かあった?」
英悟は、自分を見上げて来るさくらを、真剣な顔で見た。
「話があるんだ。部屋へ行こう。」
と、さくらの手を握って引っ張って行く。さくらは、戸惑って園美や椎奈が居る方を見て、言った。
「あの、ちょっと部屋へ戻って来るわ。すぐ戻って来るから。」
園美や椎奈は、怪訝な顔をしたが、頷いた。さくらは、何が起こっているのか分からないままに、英悟に急かされるままに二階へと上がって行った。
その頃、英悟が飛び出して行ったのを見送った慎一郎と光一は、視線をかわして頷き合うと、開を促して部屋へと入って来た。そしてドアを閉めると、外を伺いながら慎一郎が、言った。
「…英悟から聞いたか?狩人のことだ。」
開は、慎一郎と光一の真剣な様子に、戸惑いながら頷いた。
「ええ、聞きました。さくらを襲撃したくないと言うから、それは避けられないって答えたんですけど…怒って出て行ってしまって。みんな話を聞いてくれないって。」
光一が、横から割り込むように言った。
「慎一郎が聞いたんだ。普通の人間には、全く部屋の中の音は聴こえないらしいな。だから平気で話してたんだろうが、昨日慎一郎を守ったが良かったのか、って言っていたらしい。どうやら、共有は昨日護衛先を指定してなかったようだ。」
慎一郎は、頷いた。
「狩人が、このタイミングで分かったのはラッキーなんだ。このまま放置してたら、狐確定に支障も出て来るしな。誰が誰と付き合ってるだの、命のやり取りをしてる時に甘いことを言っていたら自分の命を失うんだ。あの女は、絶対始末して置くべきだ。そろそろまずいんだ…オレは、呪殺を出せない。だが、修は恐らくいくら遅くても明後日ぐらいには出すだろう。そうしたら、修の真占い師が確定してまずい事になるしな。そうなると光一はまず吊られる。オレの占い先を疑い出すだろうし、面倒なことになる。修を早く始末したい。だが、狩人が誰を守ってるのか分からないから、無駄な噛みになるかもしれないと賭けになるところだったんだ。狩人さえ始末したら、噛み放題だからそんな苦労がなくなるだろう。」
開は、息をついて頷いた。
「オレは分かってます。さくら襲撃を反対するつもりはありませんから。」
慎一郎は頷いて、光一を見た。光一は、言った。
「お前が反対するとは思ってない。このままだと、英悟が妨害するだろうから、襲撃の間あいつを見張ってて欲しいんだ。オレ達は、英悟を閉じ込めてから襲撃先を入力する。変化したら、お前はこの前であいつが出て来ないように見張ってくれ。オレと慎一郎で襲撃はすませてくるから。」
開は、神妙な顔になった。
「初日も二人に頼んだのに。昨日は英悟さんとオレだったけど、ついて来てもらったし。でも、オレ一人で変化した英悟さんを止められるかな。」
光一は、笑って開の肩を叩いた。
「大丈夫だって。オレ達もすぐに取って返すし。それに英悟は変化したら頭が正常に働かないんだ、暴れるだけで知恵を使って部屋を抜け出すなんて出来ない。その間に全て終わってる。心配するな。」
確かに、英悟は五人の中で一番適応していない人狼だった。
最初、開もこの体になった時には混乱して自分の前足に絶望し、体は重く、ベッドから起き上がれなかった。
しかし、もうこのゲームにつき合わされるのが二度目だという慎一郎は、とっくに人狼の体に慣れていて、皆に説明してくれた。
これは、自分達を人狼にしてしまう、つまり検体にするためのゲームなのだと。
しかし、これが終われば必ず多額の報酬をもらえるし、勝てば生きて返してもらえる。慎一郎は、前のゲームで勝ち残って生き抜いたのだと言っていた。
そして、勝利した後、追放された人狼仲間達は帰って来られたのだという。
つまり、勝てば生きて帰れるのだ。
勝ち残るためにも、開はしっかりとひとつ、頷いた。
「分かりました。オレが見張っておきます。」
そう言った時、外から声がした。
『誰を見張るって?今誰も廊下に居ない。入れてくれ。』
突然、廊下から英悟の声がした。
三人は、視線をかわした。
その少し前、英悟は二階に上がって自分の13の部屋へさくらを引っ張り込むと、急いでドアを閉じた。そして、立ったまま矢継ぎ早に言った。
「さくら、お前は狩人か?狩人なんだな?!」
さくらは、明らかにびっくりした顔をして、そして次の瞬間には、怯えたような顔になった。
「え…あの、どうして、分かったの…?私、それ、共有者以外誰にも言ってないのに…。」
英悟は、さくらに一歩近づいて、これ以上はないほど真剣な目で彼女を見た。
「オレが、人狼だからだ。」さくらは、それを聞いて目を見開いた。が、叫び出すことはなかった。英悟は、続けた。「さくら、オレは人狼だ。仲間の人狼に、お前が狩人だと知られたんだ…詳しいことは言えないが、オレ達にはその手段がある。このままじゃ、お前は今夜襲撃される。オレの反対など誰も聞いてはくれないんだ。」
さくらは、段々にその意味が頭に浸透して来たらしく、ふらっと後ろへふらついて足を踏ん張った。英悟は、その腕をしっかり掴んでさくらが倒れないように支える。さくらは、震える声で言った。
「それ…それは、じゃあどうしたらいいの…?」
英悟は、ずいとさくらに近付いて、言った。
「お前を守って死のうかと思った。でも、人狼はオレの他に四人居る。オレが阻止出来るのはせいぜい二人ぐらいのもんだろう。残りの人狼が、お前を狙う。オレが死んだって解決しないんだ。」と、両手でさくらの肩を掴んだ。「さくら、お前、村人を裏切るんだ。オレ達の言うことを聞いて、守るなと言ったヤツのことは守るな。そうしたら、お前は最後まで殺さないように、仲間を言いくるめることが出来る。」
さくらは、怯えたように英悟を見て、ガクガクと震えた。
「そんな…出来ないわ。だって、共有から誰を守れって言って来るかもしれないし。そうしたら、その人を守らないと私が疑われるもの…。」
英悟は、そんなさくらの肩を揺すぶった。
「何を言ってるんだ!襲撃されるんだぞ、今夜!そうしたら、疑われるも何も死んじまって何もなくなるんだ!生き残ったら、どうにかなる。さくら、とにかく人狼の言うことを聞くんだ。今から他の人狼の部屋へ連れて行くから、お前の口からそう言うんだ。そしたら、今夜襲撃されるなんてことはなくなる!」
さくらは、もう涙を浮かべていたが、それでも、今まで信頼して来た恋人の言うことなのだ。震えたまま、頷いた。
英悟は、満足げに頷くと、また腕を引っ張ってドアを開いた。
「よし!今すぐ行くぞ。」
さくらは、ためらって引きずられながらも言った。
「そ、そんな、誰かに見られたら?!」
英悟は、振り返った。
「誰もいない。音で分かる。」
さくらは、戸惑って英悟を見上げた。
「音?音なんて、全く聞こえないのに…」
しかし、引きずられて出た廊下には、本当に誰も居なかった。英悟は、手を引っ張って歩きながら言った。
「聴こえてるんだ。」と、11のドアの前に立った。「…なんか話してるな。誰を見張るって?今は誰も廊下にいない。入れてくれ。」
さくらがただただ茫然としていると、一時あって、インターフォンも鳴らさないのに、そのドアは開いたのだった。




