投票
進は食事を摂るために投票の一時間前、19時にキッチンへと降りて行った。
そして、昼間に目を付けておいた冷凍のチャーハンを温めると、さっさとそれをかき込んだ。そうしていると、恭一と貴章が揃ってやって来た。
「あれ、先に食べたのか。」貴章が言う。「あんまり腹が減らないから、投票が終わってからにするかって恭一と話してさ。」
進は、最後の一口を口へと放り込むと、お茶で胃へと流し込んで、言った。
「さっさと食べなきゃ食べたい物がなくなるかもだろうが。ここは早い者勝ちだからな。それでなくても食欲があんまり無いのに、食べたくないものなんか食べられないからな。」
「そういう考え方もあるか。」恭一がクックと笑った。「オレも麺類ばっかになっちまって。あんまりこの生活が長引いたら、体調が確実に悪くなるなと思ってたんだよ。」
貴章がペットボトルのお茶を飲んで、ハーッと息をついた。
「そうそういつまでも長引かれたらたまらない。さっさと済ませてしまいたいよ。今日のところは無事だが、明日はどうなるか分からないだろう。オレも恭一も素村、進も今日素村になっちまったし、これでオレ達平等に狙われる対象になっちまったなあ。」
冗談めかして言っているが、貴章はそれをかなり気にしているらしい。確かに、襲撃だけは自分の力ではどうしても避けられない。怖いのは、進も同じだった。
「オレさあ、もう襲撃されるのは仕方ないって思い始めてるんだよ…だってさ、全部吊り終わるまでまだ何日かかる?人狼だけで5匹いるってことは、五回投票しなきゃならないんだぞ?人狼だけを選んで。つまりは、その間人狼は噛み放題なんだ。どう考えても、オレ達全員が残る可能性は少ない。」
貴章は、途端に泣きそうな顔をした。しかし、泣かずに言った。
「じゃあ…お前は、どうするべきだっていうんだよ。」
進は、落ち着いて頷いた。
「ああ。オレはな、死んでも戻って来れることに賭ける。だから、自分の陣営が勝ったらってことだがな。そのためには、生き残って人狼の正体を暴く立場になる味方に、少しでも情報を残してやることが重要だなって思ったんだ。次々に味方が死んで逝って、残される者は悲劇だぞ。誰も信じられなくて、もしかしたら自分が陥れられるかもしれないんだ。だから、オレが思うことを、少しでも残して行こうと思って、部屋にノートを置いてる。オレが思ったことを、事細かく書いてるんだ。お前ら、オレが襲撃されたらそれを思い出してくれ。で、オレがどう考えてたか見て、少しでも自分の判断の手助けにしてほしい。」
貴章は、感極まったのか涙を流した。進は驚いて、慌てて側のカウンターテーブルからキッチンぺーパーを引っ張って千切って渡した。
「おい、泣くな。まだ死んでねぇから。」
進が言うと、貴章は鼻をかんだ。
「わかってるっての。オレも、今夜書いておこう。自分が何を考えてたかって。ちょっとでも参考になったらいいし。」
恭一も、貴章を気遣いながら、言った。
「そうだな。進は、ほんとに最初からいろいろ考えてるよ。感心する。オレもさっそく書こう。」
進は、何枚もキッチンペーパーを渡しながら、頷いた。
「そうだな。みんなそうして万が一を考えて自分の考えは残して置いた方がいいよな。」
と、急に照明が着き、キッチンの窓の外のシャッターが、何の前触れもなくカシャンという音を立てて閉じた。キッチンから居間へと抜ける扉の向こうでも、カシャンカシャンと音が連続して鳴っている。間違いなく、投票10分前になったのだ。
「やば!もう時間だぞ、行こう。」と、進は急いで自分の使った皿を食洗器へ放り込んだ。「あの三人がなんかしゃべるかもしれないし!」
恭一も貴章も、慌てて進と一緒に居間へと出て行った。
もう、みんなが椅子に座って硬い表情をしていた。
進と貴章と恭一は、急いで自分の番号の椅子へと駆け寄って座る。角治が、言った。
「良かった、呼びに行くべきかと言ってたところだったんだ。じゃあ、指定された三人は言いたいことがあったら二分ずつしゃべってくれ。誰から行く?」
「私が!」真っ先に立ち上がったのは21番の舞花だった。「私は真霊能者です。だから吊られるわけにはいかないんです。どうしてもというのなら、占ってもらってからにしてほしいです。でも、真占い師に占ってもらわないと意味はないから、私はどうしても慎一郎さんに占って欲しい。今日は私に投票しないで、今夜慎一郎さんに占ってもらってください。」
司は、それを書き留めながら、角治をチラチラと見ていた。角治は、司を見て視線を合わせてから、ため息をついた。
「さっきも言ったが、それは出来ない。占われるなら、今夜は修だ。占い師はまだどちらも可能性はあるんだから、どっちにもチャンスは与えられないとな。ま、今の弁明で皆の票は考えてくれると思うよ。じゃあ、次は篤夫。」
篤夫は、立ち上がって言った。
「オレは今日吊られるかもしれないから、狐探しに役に立つことを言っておく。舞花が占え占え言うから逆に怪しいと考えたんだが、もしかして、慎一郎が偽だと知ってる狐じゃないのか?」皆の目が、え、と明らかに戸惑う色を宿した。篤夫は続けた。「慎一郎が占ってるは初日壮介、二日目オレだ。オレは自分が狐じゃないのを知っている。だが、壮介が狐だったら?」
そう言われて、角治が少し、困った顔をした。司が、脇から言った。
「そう言われてみると、確かにな。慎一郎の白先だから何も思わなかったが、考えたらあんまり意見も出してないしな。もし慎一郎が狂人で、初日に適当に出した白先がたまたま狐だったらって考えると、あり得る話だ。つまり、その場合、融けなかったんだから狐陣営には慎一郎が何にしろ偽者だと気付いたってことか。」
篤夫は、頷いた。それと同時に、モニターがパッと着いて、「5:00」の表示が出て、そこから「4:59」と徐々にカウントダウンが始まった。篤夫は、急いで言った。
「時間がない。つまり、舞花が狐だとしたら、偽だと知ってる慎一郎になら占われてもいいんだ。反対に修には占われたくないはずだ。オレは、舞花を疑っているからこそ、修が本物だと思う。以上だ。」
司は、モニターを見た。あと三分だ。
「じゃあ急いで、千秋。」
千秋は、おろおろと言った。
「私は、私は本当に村人なんです!信じてください、他の人のように考えられないかもしれないけど、本当に村人です。カードを見せられたらどんなにか…でも、ほんとに村人なんです!」
司が、顔をしかめた。
「ちょっと待て、ほんとにそんな弁明でいいのか。考えて来いって言ったじゃないか、それじゃあ吊られるぞ!誰だって村人だって主張するんだ、自分の考えを言わないと!」
千秋は、明らかに慌てていた。時間がどんどんと過ぎて行く。あと二分を切った。
「黙ってるのなんて、さくらだって椎奈だって静かなのに!どうして私ばっかり!私は、本当に狐でも狼でもないんです!不公平です!」
それじゃあ弁明にならない。
進は、それを見て他人事なのに焦る気持ちが湧き上がって来た。だめだ、今日は恐らく意見のない千秋か、こじつけかもしれないが、告発された舞花か。
『一分前です。』
モニターから声が流れた。思えば、五分前も何も言わなかった。昨日は言ったのに、話し合いの邪魔をしてはとか、あちらでも気を遣っているんだろうか。
表示がどんどんと遡って行く。進は、腕輪を前に持って来て構えた。今日は、自分の中では21か25…。
『5、4、3、2、1、投票してください。』
皆が、一斉に腕輪に向かう。今日は、皆冷静だった。一生懸命腕輪に向かっている姿は、普段の仕事の時よりも余程集中して真剣だった。
そして、気が付くと皆投票を終えて顔を上げていた。今回は初めて、エラーメッセージは聴こえて来なかった。時間が過ぎて行く…一分を長いと感じたのは、ここに来て初めてだった。
『投票時間が終了致しました。結果を表示致します。』
皆の視線は、一斉にモニターを見上げる。指定されていた三人の表情は、引きつっていた。
1→21
2→25
3→25
4→21
6→21
7→25
8→25
9→25
10→25
11→15
12→21
13→25
14→25
15→21
17→25
21→15
22→25
23→25
24→25
25→21
そして、大きく「25」と、横に表示されていた。
「そんな!」千秋が、悲鳴を上げた。「そんな…そんな…!!」
『№25が追放されます。』
パッ、と照明が消えた。
進は、目を閉じた。どうせ見えないが、見たくない。
しかし、音が否応なく耳に入って来た。何か大きな機械のモーターが回っているような音、ガシャンという機械的な音…。
「きゃあああああああ!!」
千秋の、悲鳴が遠ざかって行く。何が起こっているのか、見えなくても脳裏に過ぎっては消えて行く。
そしてそんな時間は一瞬で過ぎて、またパッと照明が着いた。
千秋の椅子は、跡形もなくなっていた。
隣りを見ると、恭一が両手で両耳を抑えて体を縮こませ、目をぎゅっとつぶっている。
進は、その肩に手を置いた。
「終わったぞ。追放された。」
恭一は、恐る恐る目を開いて、手を耳から離して行く。角治が、暗い顔で言った。
「…終わった。願わくば、これで狐が一人吊れてたらいいんだが。」と、修を見た。「じゃあ修、君が今夜占うのは、篤夫か舞花のどちらかだ。そして、慎一郎が英悟か、椎奈。がんばって、呪殺か黒を出して欲しいな。」
修も慎一郎も頷いたが、舞花が言った。
「ちょっと待ってください、そんなのおかしいわ!私の話も聞いてください。私は、真占い師に占って欲しいんです。後で真占い師に占われてないからって吊り対象になったらたまらないもの。」
角治が舞花を見た。
「さっき篤夫が言ってたが、どうしてそんなに慎一郎にこだわるんだ。あんまりこだわるなら、篤夫が言った通りなんじゃないかって疑うぞ。それに、君が真占い師だと信じている慎一郎が占って溶けもせず白だった篤夫を、なんだってそんなに疑う?投票しているのもおかしい。君は、何かと言動が矛盾しているんだ。篤夫が怪しいなら、君目線修が真占い師になるはずだろう。」
痛い所を突かれて、舞花はぐっと黙った。確かに、その通りだからだ。しかし、舞花は自分が矛盾しているのだと気付いていなかったようだった。
すぐには返せずに居るのに、修が横から言った。
「なら、試してみてもいい。篤夫が言うように、もしかして壮介が狐で慎一郎が囲っているという考えなら、オレは今日の指定を壮介と篤夫にしても。」
角治は、驚いたように修を見た。
「いいのか?舞花は明らかにおかしいことを言っているぞ。多分お前に占われたくないんだと思うけどな。」
修は、頷いた。
「舞花は慎一郎に。」
角治は頷いて、慎一郎を見た。
「ってことだ。指定を変えてもらっていいか?」
慎一郎は、頷いた。
「いいだろう。じゃあ英悟と、舞花ってことで。」
進は、そのやり取りを聞いていて、顔をしかめていた。何かがおかしいと思うのに、これと気付くことが出来ない。皆が皆、いったい何を言っているんだろうか。皆それぞれ自分の立場から考えがあっていいと思ってやっているだろうが、それが分からないのだ。
それでも、余計なことを言って疑われるのも嫌な進は、部屋へ帰ってノートに書こうと、その場を後にしたのだった。




