昼の会議3
約束の時間が近付いて、進はそっと部屋を出た。
相変わらず静かな廊下だが、隣りの恭一が、恐々ながらドアを開いて外を伺っているのが分かった。
進は、ホッとして恭一に話しかけた。
「よお。もうそろそろ居間へ行くか?」
恭一は、頷いた。
「ああ。あの、そろそろかなと思って見てたんだよ。良かった。」
恭一は、部屋を出て進と並んだ。そして、二人で階下へと降りて行った。
居間へ入ると、予想に反してもう結構な人数が来て座っていた。
進と恭一が驚いていると、司が手を上げた。
「お、来たか。じゃああとは優花だけだな。」
進は恭一をせっついて急いで司の方へと歩いた。
「すまん、まだ早いかと思って出て来なかったんだよ。」
司は、笑って手を振った。
「ああ、分かってる。あの時13時半だったのに、一時間とか言ったし再開は14時半だと思った人も居たみたいで。でも、実際は15時って指定してたからさ。」
恭一が、進の隣に座りながら司に言った。
「それで、あと優花だけだって?」
舞花が、腰を上げた。
「一緒に来ようと誘ったんですけど、先に行ってって言われて。呼びに行きましょうか?」
それに司の横に居た角治が頷こうとした時、居間のドアが開いた。
「ああよかった、今呼びに行こうと…、」
角治がそう言いかけて、止まった。
舞花も、そちらを見て固まる。
皆が、視線をそちらへ向けたが、誰も何も発することなく、黙り込んでしまった。
優花は、たった一時間の間に、まるで別人のような有様になっていたのだ。
目は落ちくぼみ、唇も渇いてカサカサとしていて、今にも割れてしまいそうだ。髪は肩までのボブなのだが、不自然に膨らんであちこち跳ねている。皮膚が乾燥したせいなのか、まだ24歳なのに目じりから斜めに下へと皺が刻まれてあった。
誰もが何事かと言葉が出ない中、園美が、やっと、言った。
「ゆ、優花?」そして、急いで立ち上がって、その手を取った。「どうしたの、何かあった?さあ、こっちへ、とにかく座って。」
優花は、言われるままに園美に手を引かれてソファへと座った。その様子を、こちらの皆はただじっと見ている。
角治が、虚を突かれて一瞬訳が分からなくなったようだったが、優花が座ったのを見て慌てて言った。
「ああ、ええっと、じゃあ昼の会議を再開する。それで、狼陣営の結論は出たのか?誰か、村人と一緒に狐を殲滅するのに狼の総意の代弁をしてくれる人は居るか?」
みんな、黙って見回す。慎一郎も、修も、光一も、開も、静かな英悟も郁人も、皆睨むようにして観察していた。
だが、誰も何も言わず、シンと静まり返ったまま、暖炉の上の金時計がコチコチと音を立てるのだけが響いていた。
慎一郎が、グッと眉根を寄せると、皆をぐるりと見回して、ソファの背にそっくり返って、言った。
「…なんだ、意気地のない!オレ達は襲撃される恐怖を感じながら狐まで探さなければいけないんだぞ?狼だって邪魔だと思ってるんだろう、狐のことは!手伝ってくれてもいいだろうが!それとも、誰が出るか話がつかなくて、出る奴がためらってるのか?!」
これまで、比較的冷静に話をしていた慎一郎にしては珍しく、腹を立てているようでかなり強い声の調子で恫喝するように言った。
すると、園美の横でびくりと体を震わせた優花が、手を上げた。
「わ、私よ!」勢いに任せて、思い切り手を上げたようで、背筋までピンと伸びてしまっている。「私が、人狼なの…私が出ることに、決まったの。」
皆の視線が、一斉に優花に向く。
優花は、その視線を受け止められないようで、その後は両手で顔を覆って膝へと突っ伏した。手の指の間からは、ボロボロと涙がこぼれている。
隣りの園美が、驚いて思わず優花と距離を開けていた。進は、優花が変わり果てた姿で入って来たのを見た時からもしかしてと思っていたが、しかし、まさか本当に人狼だとは思わなかった。
「…え?人狼?だって、オレに黒出しなんて、めっちゃお粗末なのに、そんな結果を人狼仲間が出せって言ったってのか?」
優花は、顔を覆ったまま、首を振った。
「いいえ。あれは私が、勝手に言ったの。あの、占い師に出たのも、独断で。自分が吊られるのを避けようと思って。」
角治が、気の毒そうに言った。
「そうか…勝手なことをして露出したから、君が出るように人狼仲間達に言われたんだな。」
優花は、頷いた。
「ええ。でも、私が言えることは限られています。まず、仲間が誰かは言えない。襲撃がどうなっているのかも言えない。人狼として知っていることは言ってはいけないと言われているので。あくまで、狐を倒すことに関してだけ言うようにって。余計なことを言ったら、私も…。」
優花は、黙った。恐らく、人狼同士でも殺そうと思ったら殺せるのかもしれない。実際、一緒に居るのだから殺そうと思ったらどうにでも出来るだろう。
あくまで、ゲーム外でのことだが。
「わかった。申し訳ないが、君はいずれは投票することになるが、それでも出て来てくれた君には敵対するような言動はしないようにする。」角治は言って、進を見た。「じゃあ、君が占った結果は全て嘘なんだな?」
優花は、ため息をついた。
「ええ。占ってません。ごめんなさい。」
優花は、落ち着いて来たのか顔を上げて、涙を服の袖で拭った。回りの誰も、優花の方を見ないが、それも覚悟して来たようで、今は優花も気にしていないようだ。
角治は、ふうと息をつくと、司を見た。司は、頷いて今までのことをメモっている。角治は、また優花を見た。
「じゃあせっかく出て来てくれたから聞きたいんだが、光一を吊るって言ったらどうする?」
優花は、チラッと光一を見た。だが、言った。
「別にいいんじゃないかしら。村人にとって、もうそっちのどちらかが真占い師だってわかったんだから、その二人のうち一人が出してる黒なんだし、吊ってもいいでしょう。霊能者に色を見てもらえるし。」
司と角治は、顔を見合わせた。
進も、恭一と貴章と視線を合わせた。光一が、フンと息を吐いた。
「…お前に言われたかないが、いいのかそれで。」
進が、頷いた。
「普通の村人が言うのと、人狼のお前が言うのとでは意味が違うんだよ、優花。お前がそう言ったら、光一さんは人狼じゃないってことだ。お前は今、光一さんは仲間じゃないって言ったようなもんなんだよ。」
優花は、ハッとしたような顔をした。そして、目に見えてうろたえた。
「そんな…そんなつもりはないの!ただ、村人として、意見を言ったらそうなるかなって、そう思ったから言っただけで…」
人狼仲間に、何を言われるかと思ったようだ。
進は、ため息をついて司の方を見た。司は、言った。
「まあオレ達にとっては助かるんだが、お前だって命が懸かってるんだろう。気を付けて話した方がいいと思う。あくまでオレ達は助かるけどな。」
「引っ掛けてやったらいいんだ。」光一が、意地悪げに言った。「人狼陣営は馬鹿だな。どうしてこんな、見るからに頭が回りそうにない女を出したのか。失言で自分達が絞られて来るって思わなかったんだろうか。」
だからこそ、要らないと思われてこうして露出させられたのかもしれないが。
進は思ったが、何も言わなかった。しかし園美が、言った。
「ねえ、そうなるといろんなことが分かるわ。」進がそちらを見ると、園美は続けた。「ほら、光一さんに黒出ししてるのよ、修さん。つまり、修さんは偽でしょう。慎一郎さんが真占い師ってことよね。」
進は、それを忘れていた、と修を見た。修は、自分が見られているのを知って、慌てて首を振った。
「何を言ってる!オレが真占い師だぞ!光一は黒だった、間違いない!」と、優花を睨んだ。「お前、まさか今のは芝居か?!」
優花は、視線を反らした。
「そんな…私は何も知らないわ。何も言わない、これ以上!」
慎一郎が、割り込んだ。
「もういい、今はそんなことを言っている場合じゃない。優花が勝手に出て来た人狼なら、残りは狂人と真占い師、つまりオレ目線修は狂人だ。放って置いても大丈夫なんだ。とにかく今は、狐の居場所だろう。何のために狼を出したんだ。」
皆は、黙った。修が、慎一郎を睨んでいる。慎一郎は、それに気付かないかのように、続けた。
「じゃあ、皆思う狐位置ってのを順番に言って行くってのでどうだ?」
角治が、それを聞いて頷いた。
「そうだな。じゃあ端から順に言ってもらって、書いて行くことにするよ。」
角治は、端に座っている壮介を見た。
「じゃあ、壮介から順番に怪しい人と理由を言ってってくれ。」
そうして、皆が順番に話し始めた。




