昼の会議2
要は、大きなあくびをした。
隣りで椅子の背にそっくり返ってモニターを見ていた彰が、手にしていた紙コップをクシャリと潰してゴミ箱へとパーフェクトシュートをしたところだった。
「おい要、お前が検体が欲しいと言ったんだろうが。最後まで見守らねばならんぞ。私まで付き合ってこんな島まで来ているというのに。やる気が無さすぎるんだ。」
要は、あくびに伴って知らず溢れた涙を拭って隣りの彰を見やった。
「精神状態が不安定になって来てるんですよねー…。」と、側の数字ばかりのモニターを見た。「最初に彰さんが言ってた通り、どうも定着しない方へと流れる空気で。細胞の配列は、昨日皆綺麗に変化しましたが、精神的に追いつかずに結局五人中二人しか襲撃に行けなかったでしょう。残りの三人は部屋のベッドの上で伸びてたんですからね。まずい兆候だ。」
彰は、要の肩越しにその数字を見て、何かに気付いたのかフッと頬を緩めた。それを見た要は、驚いて彰を見上げた。
「え?どうしたんですか?」
彰は、ふふんと顎を反らして笑った。
「どうも君は悲観的だな。同じ細胞などこの世にないのだ。完全適応体の真司と博正でさえ、最初は違う動きだった。そのデータを見ているだろうが。」と、幾つかのデータを指した。「これとこれとこれ。確かに真司とも博正とも違うが、美沙と似ている。だから昨夜、試しに例のアミノ酸を投与して様子を見てみたんだ。美沙も最初は混乱して回りが認識しづらいようだったし、初日は自分が変化している事実すら認識出来ていなかった。これらはまだ、自分達が変化したのを認識していたではないか。だからこそ、精神的に不安定になっているのだ。不安定とはいって、分裂症を起こしているわけでもないし、皆の前で自制するだけの良識はまだ残っているし、自分を抑えることが出来ているではないか。もしかしたらいい方へ向かってるのかもしれない。まだ希望はある。」
要は、身を乗り出してそのデータを見た。そして、フッと息をついた。
「そんなことをしてたんですか。じゃあ今夜の状態で、判断します。どっちにしろ、美沙さんと状態が似ているのなら、美沙さんを戻すための検体にはなりそうだし、希望は捨てずに居ます。」と、チラと部屋へとバラバラと向かって行く検体たちをモニター越しに見て、続けた。「ゲームがこれだけお粗末なんだ。それぐらい希望がないとここまでお金を使った意味がありませんもんね。クライアントはどうですか。」
彰は、肩をすくめた。
「まだ数日じゃないか。それにあれらは、人の生き死さえ見られたらそれで楽しいのだよ。ゲームの内容なんて、難しくなると分からないようだぞ?単純なほど面白がられるのだからつくづくそれぐらいのレベルなのだろうなと思う。あとは、何か派手な目新しいことをしてくれたら満足するだろうと思うぞ。」と、モニターを見た。「この後少し面白い事になるかもしれんじゃないか?今まで、人狼が自ら出て来たことは無かった。だが、話し合って出て来るかもしれん。そういう目新しいことが必要なのだ。あいつらがどうするのか、私も興味深く見せてもらうよ。」
要は、意外だ、という顔をした。
「え?あんなお粗末な論理なのにですか?」
彰は、苦笑した。
「あのなあ要、君もあの中でゲームをしたことがあっただろうが。論理など通じないのだ。こじつけだよ。信頼を勝ち取ることだ。君がそう私に教えたのではなかったか?ここは学者の議論の場ではない。饒舌なヒーローがショーを披露する場所だろうが。我々は観客なんだ。黙って見ていればいいんだよ。」
要は、苦笑して彰に頷いて見せた。確かにそうなのだ。だが、愚かだと思ってしまう。彰が、自分で参加するまではどうしてあんなに簡単に騙されるのだろうとその愚かさを嘲笑っていたらしいが、実際にゲームに参加してみてからは、そういう風に見ないようになったらしい。
要は、分かっているが頭が固くなってしまっている自分に苦笑しながらも、またモニターへと視線をやったのだった。
村人なので何もすることがない進は、部屋に帰ってからもベッドに足を投げ出して座り、さっきの話し合いを反芻していた。
意見を聞いていると、あまりに詳しい考察をし過ぎたら逆に怪しいのだと進は思った。というのも、慎一郎があまりに人狼側の考えに精通していそうなので、村の為になるようなことを言っているにも関わらず、進は怪しいと感じてしまったからだ。
…あんまりにも頭が切れたら、逆に怪しまれるんだ。
進は、これからも頭に浮かんだことを、すぐに口にするのは控えようと思った。一度考えてから言わないと、共有でもない限り、どうしてそれが分かるのかと、逆に猜疑心を持たれてしまう…。
にしても、慎一郎は人狼陣営ではないのだろうか。
進は、もはや見慣れた白い天井を見ながら、考えた。
進目線、初日にイレギュラーな事態で死んだ善次が真占い師でなかった限り、優花が偽なのだから修か慎一郎のどちらかが真占い師なのだ。
今日の状態を見ていると、慎一郎は確かに見え過ぎていて逆に怪しいが、冷静に場を見ているし、占い師なので村人よりよく見えているからこそ詳細に状況を分析出来ているようにも見える。
修は、光一に執着し過ぎていて危ない男のようになっているが、あの取り乱しようが逆に人狼を見つけてテンパっている真占い師に見えなくもない。普通のゲームと違って、実際に命を取られると分かっているこのゲームで、黒を引くのはかなり重い出来事のはずなのだ。なので、修のあの様子もおかしいとは進は思っていなかった。
堂々巡りに考えてふと視線を横へ向けると、天井の隅に小さな点のようなものが見えた。進は、始め何かの施行上のミスか何かなのかと思ったが、ここは他はそんなミスなど全くない設えの部屋だ。完璧すぎて逆に不自然だと思わせるほどしっかりとした造りの屋敷なので、それはおかしいと思った。
起き上がって、その点を見に行く。
机に登り、その点を側でじっと見ると、それはレンズなのだと気が付いた。
レンズ…いったい、何のレンズだ?カメラ?…カメラか!
進は、思い当たって思わず身を退いた。そのせいで、バランスを崩して後ろへと体が投げ出された。
「うわあ!」
進は、後ろへと机から落ちて行った。受け身を取ろうとしたが、よく考えるとそこにはセミダブルのベッドがある。
進は、そのままベッドの上へと飛び込むように落ちて行った。
「びっくりした…だってまさかあんな風にカメラがあるとは思ってなかったし…ベッドがあって良かった…。」
進が、誰かに言い訳をするかのように独り言をごにょごにょと口の中で言った。しかし、誰も答えないし、そもそもここは完全防音なので、何が起こっているのか回りの部屋にはまったく伝わっては居なかっただろう。
それでも、完全なプライベート空間だと思っていた部屋にまでそんなものがあるという事実に、進は体を固くした。ということは、何もかも知られているのだ。私室にあるということは、居間やキッチンに無いはずはなかった。
みんなに報告しなければ。いや、知っているかもしれないが。
進は、そう思いながらさっきより心持ち硬い表情でベッドの淵に座った。もちろん、これだけの人数が居るのに監視している者達が自分だけを見ているとは思っていない。まして村人だしもっと動きのある人狼などの役職の方を見ているだろう。だが、いつでも見られているような感覚に、カメラの方向には背を向けて緊張気味に座ったのだった。




