昼の会議
昼食に降りて来ていたのは、半分ぐらいの人だった。
あとは、部屋で何も食べる気も起らないようで、こもっているようだった。
実は進も、また那恵を見たこともあって、あの血の匂いが鼻について食欲もなかったのだが、ここで体力をつけておかないと何が起こるか分からないので、無理に冷凍の汁物を作って腹へ流し込んだ。
無理に食べたので、胃がおかしな感じで食べたものが上がって来そうだ。進は、口を押えてそれを押し込むように喉を鳴らすと、皆が集まっているソファの方へと向かった。
パラパラと、ドアの方から重い足取りの皆が入って来ては、無言で思い思いの場所へと座って行く。
皆の疑われる先になっている優花や、真かもしれないと思われている修から黒を出された光一には、特に誰も話しかけようとしなかった。
それでも、堂々としている光一はすごいと進は思った。普通、こんなどうなるか分からない人狼で黒を出されたりしたら、しかも、皆から信じてもらえなかったら、恐らくは心が折れてしまうか、パニックになってしまう。かく言う進も、恭一や貴章、それに郁人が信じてくれなかったら、恐らく心が折れて、抵抗する意思を失くしてしまい、初日に吊られていたかもしれない。
そんな風に思いながら見ていると、食べたものも無事に胃に落ち着いて、ほっと胸を撫で下ろした。これから、自分も吊り対象になるかもしれない会議が始まる。吐き気と戦いながらの議論は、自信が無かったのだ。
司と角治が来て、皆を見回した。そして、司が書記よろしくメモ帳を開き、角治がその横で職場の会議のように声を張った。
「じゃあ、皆が集まっているようだし、昼の会議を始める。」と、皆をひとあたり見回してから、言った。「まず、最初に皆と情報を共有しておきたいことが出来た。同じ共有者の司と、それから進と一緒に、襲撃を受けた那恵の部屋を調べて来たのだ。」
皆、主に女子が息を飲んだ。
また、あの部屋へ入って行く勇気は、ここの女子達には無いのだろう。もちろん、進だって好きで行ったのではなかったが、それでも他の皆には思い出すのも嫌な記憶なのだ。
しかし、恭一が進の隣りで身を乗り出した。
「ああ、気になっていたから。共有が確認してくれたのなら、安心できる。」
角治が、誰にともなく言った恭一を見て、頷いた。
「それを、進から聞いてね。司もオレも、これはどんな風に死んだのか調べておくべきだと思ったのだ。それで、不思議なことを見つけて…もしこの意味が分かる者がいたら、遠慮なく意見を述べてもらいたいんだが。」と、司のメモを横から覗いた。「まず、那恵の傷は噛み傷だった。犬歯の跡が四つ、前歯の跡もあった。」
場が、ざわっと音を立てたような気がした。じっと真顔で居る者もいるが、困惑している者もいる。園美が、やっとと言った風に口を開いた。
「そ、それって…あの、猛獣が入って来てガブッといったってことですか?夜中に、部屋に猛獣が入って来るの?!」
角治は、園美を見て困ったように顔をしかめた。
「いや…噛み跡を見たから、最初はそうだと思ったんだがな。オレも司も進も、なんかおかしいと思ったんだよ。不自然だ…まず、獣の歯型はきっちりと頸動脈をひと噛みしていた。あれほど綺麗に確実に死ぬように噛めるなんて、狙っていたとしか思えない。それに、あの出血量だ。獣なら興奮して他にも噛むか、もしくはあれだけ深く噛んでいるなら、噛み千切っていてもおかしくないのに、きっちりひと噛みだけだ。おかしくないか?…それとも、よく躾けられた獣なのか?」
女子達が、明らかに困惑した顔をして、視線をかわしている。慎一郎が、言った。
「つまり、死んでいた状況が不自然だらけだってことか?ここに居る人狼陣営の誰かが那恵を殺したのではなく、このゲームの主催者が獣を放って殺していると?」
角治は、首を傾げた。
「いや、ちょっと違う。今も言ったように、獣が理性的過ぎるんだ。最初、オレ達も人狼陣営の奴らは襲撃先を選ぶだけで、手を下してないのだと思っていたんだが…」と、司と顔を見合わせた。そして、続けた。「司と二人で見てから散々話し合ったんだが、もしかして、彼らの襲撃手段ってのが、その、獣に見せかけた歯形が出来るような、凶器を使ってるんじゃないかって。そういう演出を、主催者がさせてるんじゃないかってね。」
こちらから、開が言った。
「言いたいことは分かる。だが、そんなに簡単に噛み跡を一発でキメられるか?人形じゃないんだ、抵抗だってするだろう。」
角治は、首を振った。
「いや、だから不自然な箇所がまだあるんだよ。那恵は、抵抗した様子はまったくない。まるで、噛まれるのを待っているように。違うな、寝ていて…ほとんど、昏睡状態のようなところを、襲われたんじゃないかと思うんだ。これは推測だが、人狼が襲撃先を選んだら、昏倒させるんじゃないのか。寝ていただけなら、首に痛みが走ったらいくらなんでも目が覚めて、いくらか抵抗するだろう。そんな跡が、全くないんだから、那恵にはその瞬間意識がなかったと考えるのが妥当だ。手を触れずに殺してしまうことが出来る奴らなんだぞ?昏倒させるぐらい、お手の物なんじゃないのか。」
全員が、黙った。
進は、司と角治が、あの後二人で必死に考えたのだろうと思った。自分は、そこまで考えていなかった。ここで、皆に意見を聞いてみようと思っていたからだ。
シンと静まり返った空気の中、慎一郎が息をついた。
「…確かに、共有が考えた通りだろうとオレも思った。獣の歯型の凶器があるのかどうかは分からないが、しかし昏睡させるってところは、確かになって思ったよ。じゃあ、襲撃を恐れることは無いってことだな…少なくても、自分が寝てる間にさっさと済ませてくれるわけだから、怖い思いはせずに済む。」
そう言われると、進はどこかホッとした。確かにそうだ…襲撃されても、きっと本人はそんなことは知らずにただ、寝ているだけなのだ。だったら、恐れなくてもいいのかもしれない。
しかし、修が唸るように言った。
「怖い怖くない関わらず、確かに死ぬんだろう。人狼のヤツが誰を襲撃するのか決めてるんだし、そいつらが殺したことには変わりない。運営が何をしてるとか関係ない。現に殺してるんだからな。」と、キッと光一を睨んだ。「オレはこいつがその人狼の一人だって知ってるんだ!皆でこいつを絞めあげて、他に誰が人狼なのか問い詰めたらいいじゃないか!これ以上誰かが死んでる姿を見るのは嫌だ!」
修の目には、狂気にも似た憎悪の感情が見えた。進は、それを見てゾッとしたが、光一は一歩も退かない構えで答えた。
「よっぽどオレをつるし上げて殺したいみたいだな。オレは人狼じゃあない。どんなに拷問したって他の人狼だって狐だってオレからは知ることなど出来ないぞ。知らないんだからな。ま、オレは進と違って誰も信じてもらってないから、恐らく吊られるだろうと覚悟はしてるよ。明日は真霊能者からオレの白が出る。それで、お前が吊られたらオレはそれで本望だよ。」
修は、立ち上がって叫んだ。
「何を言ってる!真霊能者は黒を出すぞ!お前は絶対に黒だ!」
「待て。」角治が、息をついて言った。「お互いに自分を信じてるんだから言い合いになるのは仕方がないが、ここはケンカする場所じゃない。それで、今話が出たからついでに言うんだが、この会議ではそろそろ占い師か、黒出しされている者達かどちらか決めて吊り始めようと提案するつもりだったんだ。実は、村人は結構追い詰められている。今ここに居る人数を見ても分かると思うが、今現在残っているのは20人。なのにこの中に最悪人狼が5人、狐が2人、狂人が1人いるんだ。吊縄は9。イレギュラーに追放になった者達の中に人外が居なかったとしたら、村人はかなり追い詰められて来てるんだ。」
「それは、同時に人狼陣営にも言えることだろうな。」慎一郎が険しい顔をしながら、割り込んだ。「考えてもみろ、村人と人狼が同じ人数になったら人狼の勝ちになるわけだ。そうなると今の内訳、最悪人狼5人狐2人、狂人…は村人扱いだからこの際村人としてカウントするとして、村人13人だろう。もしも毎日村人が吊られていたら、そして襲撃にも成功したら、あと4日でツミだ。村人5人人狼5人になって本当なら狼陣営の勝利だが、狐が生き残っているから狐に勝利を持って行かれることになる。狼にだってまだ狐位置がはっきり分かってないだろうし、焦って来てるんじゃないか。狼の方でも、陣営勝利のために誰かを差し出して吊らせて狐勝利を回避しつつ狐処理をしなければならないかもしれないからな。」
進は、それを聞いて感心していた。そんなこと思いもしなかったが、狼だって狐が面倒なのだ。今の時点で、狼は吊れていないようだが狐は分からない。狼にも、実は分からないのだろう…噛んでみないと本当に分からないのだ。
司が、じっと慎一郎を見ている。角治が、言った。
「確かにそうだな。だったら狼陣営だって狐探しには協力してくれるようにここで要請する。お互いの利益のために、狐探しをしようじゃないか。といって、面と向かって言えないだろうから、さりげなく皆がその答えを出せるように誘導してくれ。五人も居るんだし、最悪でも1人だけでも出て来て話してくれたらその一人は最後に吊るってことで残してもいいしな。どうだ?」
みんな、顔を見合わせて黙っている。もちろん、人狼以外は誰が人狼なのか知らないし、狐も人狼が誰なのか分からないのだから、そうなるだろう。
「…時間をやったらどうだ?」慎一郎が、黙っている皆を見回して、言った。「人狼同士だって、誰かが出て来るとなると、話し合わなければならないだろう。誰が適任なのか、きっと話し合う必要がある。ただ、人狼にも今の時点じゃ狐位置が分かってるのかどうか分からないがな。狐噛みだって出てないんだ、悩んでるところだと思うぞ。」
角治は、頷いた。
「だろうな。分かっているが、人狼同士は知っているから、村人よりは絞ることが出来るはずだ。」と、腕輪の時計を見た。「じゃあ、会議は一時中断して、皆部屋へ戻ろう。一時間後に再開するから、それまでに狼は話し合ってくれ。村人は、ちょっと休め。まだ食事もしてない者が居るだろう。きちんと自己管理をしろ。倒れても、病院に連れて行ってはもらえないぞ。では、15時まで解散。」
皆が、またぞろぞろと立ち上がった。人狼でなくてもそうでも、部屋へ帰らなければならない。
進は、じっと皆を観察していた。狐が居たなら、人狼と村人が協力して自分達を探すことにそれは胸を締め付けられる気持ちでいるだろう。だが、そもそもが皆必死な表情なので、誰が狐なのかその表情では全く分からなかった。




