無人
皆が、顔を見合わせる。
出て行きかけた原が、戸惑いながらモニターを見上げた。すると、善治が原に言った。
「どういう事だ?」
原は、首を振った。
「分かりません。私は知らされていないので。」
「もしかしたら、こっちでやり方を変えたとかじゃないか?」特に気にする様子もなく、恭一が進み出て、よく見ると小さくネームプレートがついているテーブルの上を見回した。「お、名前があるぞ。オレこっちだ。」
進も、慌てて自分の名前を探した。すると、恭一の隣りに、腕時計のようなものと一緒にネームプレートがあった。
「オレ、隣りだ。」
皆がそれに倣って、急いで自分の名前を探している。原も、訳が分からないようだったが、それでも椅子の一つに腰を下ろした。
「君も?」
隣り合わせた、大野司が原に言う。原は、困ったように顔をしかめて頷いた。
「はい。ここに名前があるので。」
見ると、そこには皆と同じように原慎一郎、とプレートがついていた。皆が座ったのを見ていたかのように、モニターの画面は入れ替わり、今度はまるで環境ビデオのような、青い空と広い海、そして白い砂浜にうちよせる波の、明るい画像が流れ始めた。そして、しっかりとした、頭の良さそうな男声がハキハキとした調子で言った。
『ようこそ、我々の館へ。こちらでは、他では味わえないような日常を離れた楽しい体験をして頂くために、スタッフ一同あらゆる面で力を尽くして皆様をおもてなし致します。』
まるでテーマパークの案内アナウンスのようだ。緊張気味だった皆の表情が、幾分緩む。声は続けた。
『では、最初に皆さまの健康管理をコンピュータにて行うために、目の前の腕輪を右手に装着して頂きます。』画面が、腕輪の表示に切り替わる。『これは、こちらに滞在中に急に体調不良に陥った時でもすぐに対応できるように、こちらで管理させていただくためのものです。こちらでは携帯電話などの通信手段は使えないので、皆さまの間でご不自由がないように、通信機能も備えております。番号を入力し、Enterボタンでその番号の腕輪を持つかたに繋がります。通信を切る時は、同じようにEnterボタンを押してください。では、装着してください。』
言われるままに、皆は両隣りを見ながら見よう見真似でその腕時計のような腕輪を装着した。それは腕を通すと、スッと手首に合わせて自動で締まり、ぴったりと隙間なく肌に吸い付くようになった。
「え」進は、焦って緩めようと腕輪をカリカリと爪で掻いた。「ちょ、これくっついて離れないんだけど。」
隣りの恭一も、顔をしかめた。
「オレも。隙間も作れない。なんだよ、これ。」
恭一の腕輪には、「7」と書いてあった。慌ててみると、進の腕輪には「8」と刻印されていた。
そのあまりに普通ではない感覚に皆が焦って必死に腕輪と格闘しているのを知らないかのように、男声は明るく続けた。
『全員の装着を確認しました。』まるで歌うような感じだ。『では、これから皆さまに参加して頂くゲームについてご説明致します。モニターをご覧ください。』
ゲーム?
皆の目が、一斉にモニターを見上げた。するとそこには、黒いバックに箇条書きになってゲームのルールらしきものが書かれてあった。
『この館には、狼が5匹紛れ込んでいます。狼は生きている限り村人を毎晩一人、襲撃します。村人達は、昼間の会議で狼は誰かを話し合い、処刑することが出来ます。そうして、狼が全て殲滅されれば村人の勝利、狼と村人の数が同数になれば狼の勝利となります。村人の中には、特殊能力者が居ます。毎晩一人を選んで、その人が狼か狼でないかを知ることが出来る占い師一人、昼間に処刑した人が狼だったかそうでなかったか知ることが出来る霊能者一人、毎晩一人を狼の襲撃から守ることが出来る狩人一人、そしてお互いが狼ではないと知っている共有者一組です。狩人は同じ人を毎日連続で守ることが出来ます。ですが村人でありながら狼に加担する、狂人も一人居ります。』
「…人狼ゲーム?」
小さな声で、舞花が言う。それを聞いた他の誰かが、軽く頷いて見せた。声は続けた。
『そして、更にここには、妖狐が二匹紛れています。妖狐は狼の襲撃で死ぬことはありませんが、占い師に占われると溶けて消えてしまいます。妖狐の勝利条件は、狼が殲滅されるか、狼と村人が同数になった時点で生き残っていることです。』そして、モニターの画面が入れ替わった。『毎晩8時、この部屋のこのテーブルに座って、追放する人の番号を入れ、0を三回押してください。最多得票の人は、その日に追放されます。』
善治が、立ち上がって叫んだ。
「ちょっと待て、オレはそのゲームを知らないんだ!それに、ここにはリゾートに来た。オレはそのゲームには悪いが参加出来ないな。」
隣りに座っていた、林壮介も言った。
「そうだな、オレは知ってるけどあまり好きじゃないし。自由に過ごしたい。やりたい人だけ集めてやればいいんじゃないか?」
女子の何人かも、顔を見合わせて頷いている。声が、初めてそれに応えるようなことを言った。
『選択権はありません。全員がこのゲームに参加して頂くことになります。ルールを破ったり、参加しない人は追放になります。』
じっと黙っていた北本篤夫が、顔を上げて言った。
「追放ってなんだ?いい部屋には寝かせてもらえなくて、どこかの物置にでも押し込められるってことなのか?」
男声は言った。
『皆さんのお部屋は二階の、ご自分の番号と同じ部屋を使って頂くことになります。ご説明が終わった後に入って頂きますが、個人個人個室をご用意しております。』
「そうじゃなくて…、」
篤夫がまだ何か言っていたが、モニターの画面が切り替わった。
『こちらでの時間のご説明を致します。部屋の外へ出られる時間は、朝5時から夜10時までの間とさせて頂きます。それ以外は部屋にロックが掛かり、出ることは出来ません。他の人の部屋へ入るのも、外出とみなされ追放となりますので必ずご自分の部屋へ入ってください。夜10時から11時までの間、村人陣営の役職行動の時間となります。それぞれの役職行使の仕方は、お部屋のモニターでご確認ください。腕輪での通信は、部屋へ帰ってからも可能ですが、午後11時を過ぎますと通じなくなります。狼陣営のかたは、午前0時から4時までの間部屋から出て行動することが出来ます。役職行使をしない場合、追放の対象となりますのでご注意ください。その他、細かいルールはお部屋のモニターを見てご確認ください。』
「なんだそれは!」善治が、声を荒げてモニターを睨んで立ち上がった。「ここは刑務所か何かか?!金は払ってるんだろう、苦情の電話を入れさせてもらう!」
モニターからは、答えは無かった。その代わり、声は言った。
『それでは、皆さまの役職はお部屋に置いてある封筒の中にある、カードでご確認ください。このカードは、誰にも見せることは出来ません。見せた場合、追放の対象となります。』
無視されたことも手伝って、善治は真っ赤になって手を振り回した。
「聞いてるのか?!オレはこんなゲームはしない!どんな時間でも自由に部屋から出て自由に酒を飲む権利があるって言ってるんだ!」
しばらくの静寂の後、ぜいぜいと息を上げる善治の息遣いだけが聴こえていたが、モニターから聞こえる声が、不気味な静けさをたたえながら言った。
『…あなたは、ゲームに参加しないということでよろしいでしょうか?』
その声の色に、本能的に何かの危機を察知した善治だったが、激昂して見せた手前後に退けなかったのだろう、一瞬ためらった後、モニターに向けて叫んだ。
「…そうだ!オレは、このゲームに参加しない!」
駄目だ。
進は、反射的にそう思った。駄目だ…この相手は変なプライドなど通じる相手では…。
『では、№5を追放致します。』
一瞬だった。
その声が終わるか終わらないかという一瞬で、善治はまるでネジが切れた人形のように、グニャリと手足から力を抜いて、椅子の上へと崩れた。
「きゃー!!」
「いや!なに?!」
女子達の悲鳴が上がる。
「部長!」
両隣りの壮介と山口征司が慌てて手を差し伸べたが、善治は目を開いたまま、表情は驚愕のままピクリとも動かなかった。
「なんだ、どうしたんだ!」壮介が、善治の首を探った。「部長…死んでる。脈が無い。」
「!!」
女子は、今こそ悲鳴を上げるべきなのに、息を詰まらせてシンと黙った。モニターから男声が言った。
『№5は追放されました。皆さんは午後10時までご自由にお過ごしください。キッチンにあるものは何でも食べてくださって結構です。本日は追放会議も、狼の襲撃もありません。占い師の占いは、行われます。明日からの戦いに備えて、英気を養ってください。勝利陣営のかたは、無事に家路につくことが出来ます。陣営勝利を目指して、頑張ってください。』
そして、モニターの画面は突然に切れた。
皆、倒れた善治を見つめて、しばらく呆然としていた。