話し合い
キッチンにある冷蔵庫の中には、新しいサンドイッチが補充されてあった。
どうやら、昨日の外出禁止時間の間に、誰かがやって来ていろいろ補充しているらしい。デザートにケーキやアイスクリームまでとりどりに用意されていて驚いた。こんなゲームをさせられて悪意の塊のように思っていたが、この相手はもしかして自分達を殺すつもりはないのかもしれないと、思いたくなる待遇の良さだった。
それでも、今朝の那恵の悲惨な情景は忘れられなかった。あの光景は真実で、この相手がこんな風に食べ物をしっかり補充している裏で、自分達を殺しているのは事実で、つまりは、殺すために自分達を飼っているのだと思うと、その相手の精神的な常識が疑われて、そこに絶望して背筋が寒くなった。
常識が破綻している相手に運命を握られているとしたら、全員で生きて帰れるなどと明るい希望など持たない方がいいのかもしれない。
進は、フッと息をついて、食べていたパンの袋をゴミ箱へと放り投げた。
そして、椅子の背にもたれ掛かって、同じテーブルについている、恭一、貴章、光一の方を見ることもなく、誰にともなく、言った。
「…生かして置こうって意思は感じるんだよな。こうして食い物はあれこれ用意されてあるし。だが、それが実験動物を生かしておこうってだけのような気もして、あまりいい気はしない。オレだって、殺されることはないんだって思うとしてたんだ…だが、今日のあれはなんだ?那恵は、血で真っ赤だった。特に、頭の辺りが酷かったように思う。」
恭一が、険しい顔でじっとテーブルを見つめたまま、それに応えるように言った。
「オレ…目が離せなくて。見ちゃいけないって思うのに、視線が固定してしまって動けなかったんだ。だから、ほんとにじーっと見てしまって、それで傷口まではっきり覚えてる。」
進は、驚いて恭一を見た。
「え?傷口?」
言われてみると、あれほどの出血だ。大きな傷口があってもおかしくはない。
「そうだな、考えてなかったが、傷があるから出血があるんだもんな。オレはすぐに目をそらしちまったから分からなかったが。」
貴章が横から言う。進も、頷いた。
「ああ、オレも。回りが真っ赤なのに気を取られちまって全く見てなかった。」
恭一は、まだテーブルを見つめたままだった。
「そうか。そうだろうな。オレだって、気付かなくて済んだなら良かったのに…見ちまったんだよ、ボツボツと、何かに刺されたような穴が幾つも首に開いてたのを。」
光一は顔をしかめる。恭一と貴章は、顔を見合わせた。
「…穴?」貴章が言った。「なんだよ、穴って。アイスピックみたいなので刺されたってことか?なんだってそんな非効率なことを。」
恭一は、進と貴章を見た。その目は、瞬きを忘れたように見開かれていた。どうやら、その瞳にはその時に焼き付いたままの那恵の遺体が見えているらしい。
「違う。そんな感じじゃないんだ…綺麗に、並んでて。まるで、動物の牙に貫かれたように規則的に並んだ穴だった。もしかして、犬か何かに噛ませて、殺したのかもしれない。狼が襲ったって…そんな演出で。」
光一が、じっと恭一を睨んだ。
「演出だって?そんなことに利用されてたまるものか。なんだってわざわざそんな殺し方しなきゃならないんだ。オレ達に、いったい何の恨みがあってこんなことをしてるんだよ、この相手は!」
恭一は、まだ目を見開いたまま、今度は光一の方を見た。
「知らないよ。オレは、見て思ったままを言ってるんだ。あれは、何かの噛みあとにしか見えなかった。殺し方を見たら、相手の目的だって分かるかもしれないだろう?」
いつもは、先輩にあたる光一には敬語なのに、恭一は光一のことも見えていないのか進達に話すような口調で言った。進は、何かヤバイ空気を感じて、恭一の肩に手を置いた。
「恭一?分かった、司もちょっと気持ちが落ち着かないようだったし、小森部長に相談してみよう。みんなで考えるんだ。だから、お前はもう那恵のことは忘れろ。あいつだってそんな死に方した姿をお前にしっかり覚えてなんて欲しくないと思うぞ。」
恭一は、ハッとしたように瞬きした。そして、進を見た。そして、戸惑いがちに頷いた。
「ああ…うん。そうだな。ごめん。」
進は、ホッとした。恭一は、那恵の姿が脳裏に焼き付いて離れなかったのだろう。あまりにショック過ぎて、目をそらせなかったのだ。これでデリケートなところがある恭一なので、進は気の毒に思った。
光一が、フッと視線を落として息をついた。
「まったく…もうカンベンして欲しいよ。どうして動物なんだ?じゃあやっぱり、ここには人殺しなんていなくて、人狼側の人間たちは、誰かを皆で指定してるだけなんだろうか。それで、誰なのか知らないがオレ達をこんな目に合わせてる奴らが、那恵をあんな風にしてしまったと?」
進は、光一を見た。
「わかりませんよ。人狼陣営側でないとそんなことは。でも、確かに殺され方で相手の目的は分かるかもしれない。そうしたら、この顔の見えない相手が、オレ達を何に使おうとしてるのか分かるかもしれない。もし逃げ出すヒントとか見つけられたら、ラッキーだ。ちょっとでも変わったことがあったら、情報を集めておかないと。オレ、ちょっと小森部長に相談して来ます。」
進が立ち上がると、光一は慌てたように言った。
「ちょっと待て、話し合うんじゃなかったか?お前もオレも黒出しされてて、同じ立ち場だからって。このままじゃ黒が出てるから、オレ達から吊ろうってことになるかもしれないんだぞ。何か対策を考えなきゃならないんじゃないのか。」
進は、足をドアへと向けながら言った。
「確かにオレ達は危ないけど、オレは優花に黒出しされてるしそんなに急に吊られる位置でも無いと思うんです。あいつは、間違いなく偽物だし。でも、確かに光一さんはヤバいかもしれませんね。真の可能性が高いと思われてる修さんに黒を出されたから。オレから見ても、どっちかが狼でどっちかが真なんですよ。だから、同じ立場って言ってもそれほど光一さんを信じてるわけじゃない。」
光一は、それを聞いて視線を鋭くした。
「オレだって別に、お前を頭から信じてるわけじゃないが、それでも同じように黒出しされているし、お前の吊り逃れはどうするのか聞いておこうかと思ったんだ。生き残りたいのは同じだろう。」
進は、首を振った。
「光一さん、オレは言い訳なんかしない。だって村人なんですよ。嘘なんてこれっぽっちもついてないし、ありのままで村人のために行動します。信じて行動していれば、怪しいところなんて出て来るはずがないんです。だから、無理に作ろうとはしません。光一さんももしも白なんだったら、その方がいいですよ。下手に取り繕ったりしたら、ここで生き延びても、のちのち吊られることになる。矛盾が出て来ますからね。正直に村のために考えてれば、きっと大丈夫です。」と、貴章を見た。「恭一を頼む。部長に話して、那恵の様子をきちんと見て来るよ。記録に残しておかないと。」
貴章は、頷いた。
「ああ。」
「気を付けてな。あんまりじっと見たら、忘れられなくなるぞ。」
恭一が後ろから付け足す。進は頷くと、黙ってただこちらを睨むように見ている光一にも少し軽く会釈して、そこを出て行った。
角治は、二階の10の部屋に居るはずだ。