翌朝まで
進は、不安そうだが必死にカラ元気を装う恭一を見送ってから、自室へと帰った。
個室のそこは、ドアを閉めた途端急にシンと静まり返る。それは、異常なほどの防音設備の良さから来るもので、恐らく部屋のすぐ目の前の廊下で誰かが叫んでいても、全く聞こえないだろうと思われた。
進は、さっさと服を脱ぐとシャワーを浴びて、部屋のクローゼットの中に用意されてあったジャージに着替えた。
時計を見ると、もう22時を過ぎている。
今頃、役職者たちは役職行動をしていることだろう。
霊能者は今日吊った奈津美の正体を、占い師達は自分が指定したうちの一人が人外かどうかを、狩人は、守りたい人の指定を。
しかし進には何もやることがない。
なので、ベッドにゴロンと横になると天井を睨んで考え込んだ。
今日の投票の結果、奈津美が処刑された。進は、奈津美は人外ではなかったんじゃないかと思っていた。
そして、恐らくはこの二人も人外ではないのではないかと思われる、由佳と真琴も犠牲になった。投票がギリギリになってしまったのは、誰に入れようか悩んだのではないかと思っている。人外なら、さっさと心の中で決めてしまえたはずなのだ。なので、村人にとっては不利な状況だ…一気に、村陣営が三人も減ったことになる。
残りは、あと21人。今夜襲撃を受けて犠牲が出れば明日の朝には20人になる。とういうことは、人外が人狼5狂人1狐2も居るのに、9縄しかない。
「…やべえ…。」
進は、思わずつぶやいた。これは本当に占い師に頑張ってもらわないと、狐まで見つけて吊っている余裕は恐らく、ない。これから連続で間違いなく人狼ばかりを5人も吊ることが出来ないだろうからだ。
司は、この状況を分かってるんだろうか。
進は、司の今日の様子を思い浮かべていた。取り乱していた…誰でも目の前で人が消えれば、自分がそうなるのではと思うと怖いと思うが、襲撃に限っていえば共有者で表に出て村人を引っ張る司は、確かに一番危ない位置だろうからだ。
相方の共有者は、誰なんだろう。
進は、それを考えた。司は、あてにならないようなことを言っていた。つまりは、人狼に明るくない人なのだろうが、女子だという風に考えることも出来る。
…でも角治さんだって人狼ゲームの何たるかを知らないしなあ。
進は思ったが、ブンブンと首を振って考えを振り払った。今は、共有者という村人の仲間を探している場合じゃない。
「狐は占い師に任せるとして、人狼は誰だろうな…。」
進目線で見えているのは優花が偽だということだ。あれはきっと狂人だろうが、それを庇おうとしているのは女子の友人関係の者達ばかりで、他に誰も庇ってはいなかった。皆が皆、優花を疑っているようなことを言っている。
恐らくはあまりにも狂人然として出て来てしまったので、人狼としても怪し過ぎて庇うことも利用することも出来ないと切り捨ててしまっていると考えられる。
英悟と篤夫はあからさまに敵対していてかえって怪しいと進から見えてしまっていた。あの二人が、もしかしたら人外同士で、敵対しているのではないか、などと勘ぐってしまう。
「占い師は誰が真なんだろう。」
見たところ、慎一郎は最初から落ち着いていて疑わしいこともしていないし、進は怪しいところはないと思っていた。しかし、修も妙な自信に満ちていてとても偽だとは思えない感じを受けていた。優花はもちろん偽なのだが、残りの二人の真偽が全くつかなかった。
…呪殺…呪殺さえ出てくれたら…。
進は、そんなことを考えていたが、そこで眠気が襲って来て、いつの間にか寝入ってしまったのだった。
何かを、弾くような音がした。
進はハッと起き上がった。窓の外には、朝日が昇って来ている…いつの間にか、朝になっている。
進は、ベッドのカバーの上に横になって天井を睨んで考え込んでいるうちに、寝てしまっていたらしい。
スッキリしない最悪の目覚めだったが、進は必死に頭を働かせて今の状況を考えた。あの音は何だとドアに寄って行ってノブを回すと、ガチャリと音を立てて開く…もしかして、と腕の時計を見たら、時刻は朝の5時になったばかりだった。
…外へ出られるようになったのか。
進は、そう思って思い切ってドアを押し開いた。あの何かを弾くような音は、鍵が開いた音だったようだ。
廊下へと出ると、同じようにドアを開いて恐る恐る廊下を見る人達と次々に目が合った。
「みんな無事か?」
進は、思わず言った。しばらく声を出していなかったので、声の大きさが不必要に大きくなってしまう。
隣りの恭一が、ホッとしたように出て来て、言った。
「良かった、やっぱり進は無事だったな。」と、同じように出て来て回りを見回し始めた司を振り返った。「司!良かった無事だな!」
司は、心持ち青い顔で頷いた。
「ああ。みんな起きたばっかりだと思うが、このまま一旦下へ来てくれ。とりあえず、出て来てない人をインターフォンで呼び出して欲しい。」
本当に起きたばかりという感じの者、もうとっくに起きていたという感じの者と、それぞれが顔を見合わせて、まだ出て来ていない部屋を探してインターフォンを押して回っている。廊下でこんな風に騒いでいても、本当に中へ全く聞こえないのだ。
進も恭一もそうやって確認した結果、インターフォンを押しても出て来ない部屋がひとつ、あった。よく見ると、部屋のドアは少し開いている。
「あれ、開いてるな。」
進は、そのドアノブに触れようとして、ためらった。ここは19の部屋…女子の部屋だったはずだ。後半は女子の部屋ばかりだったはずだからだ。
園美がその様子を見て、察して横から進み出た。
「私が行くわ。」
進がホッとして頷き、場を譲ると、園美はノブを回して引いた。
「那恵?私よ。起きて、みんなで一旦下へ降りるの…、」
園美は、そこでピタリと止まった。その背が急に固まったように見えたので、進は気遣わしげに言った。
「園美?どうした?…う?」
悪いと思いながら覗き込むと、途端にムッとした鉄さびの匂いが鼻について、思わず声を漏らした。更に後ろからは、恭一や那恵と同期の椎奈、さくらなども覗き込んで来た。
「き、」先頭に居た、園美がいきなり声を絞り出した。「きゃああああああ!!な、那恵!」
「那恵ーーー!!」
後ろから来ていた椎奈もさくらも叫ぶ。
進は、声が出なかった。
那恵は、ベッドの上に安らかな顔で横になったまま、しかし首筋から下のベッドを真っ赤に染めて、最早息がないのを示すかのように、真っ青な肌を晒してそこに居たのだ。
「う…うわあああああ!」
いきなり、後ろから男の声がして、進はハッとして振り返った。そこには、那恵を見て口から泡を吹いて叫び声を上げる、司が居た。
「司!」恭一と進は、慌てて傍へと駆け寄った。「司、大丈夫だ!狩人が居るじゃないか、役職を守ってる可能性があるのを人狼は知ってるから、序盤は村人を減らしたいんだし狙って来ないさ!その証拠に素村人っぽい那恵が殺られてるじゃないか!落ち着け、お前だけが100%村人陣営なんだから!」
司は、両手で頭を抱えてうずくまった。
「そのうち…真占い師が確定したらそっちを守られるのは分かってるんだし、共有は格好の的じゃないか!オレはそのうち死ぬ…あんな風に」と、那恵を指した。「あんな風に!お前ら忘れてないか。この中の誰かがあれをやったんだぞ!昨日まで普通に話してた同僚を自分が助かるために殺したんだ!!人殺しがこの中に居るんだ!!」
さすがにそれには何も言い返せず、進と恭一も絶句した。
そう、確かにそうなのだ。こうして那恵が無残な姿になっているのも、人狼陣営の誰かが話し合って那恵を襲撃して、殺したからなのだ。
皆が重苦しい空気の中黙っていると、角治が進み出て、言った。
「とにかく、ここに居ちゃいけない。」角治は、ここへ来てからの気のいいおじさんといった雰囲気だったのに、今は職場で見る部長の顔になって、言った。「オレがみんなの話を聞く。共有者の片割れはオレだ。一度下へ皆で降りよう。役職者の結果だけ先に聞きたいんだ。それから、自由時間にするから。今はとりあえず、全員下へ。」
司を見ると、何度も頷いている。
「すみません、部長、オレ…もう一人で引っ張って行くなんて、無理かもしれない。」
角治は、頷いてその肩をポンと叩いた。
「分かってる。人狼ゲームのことはよく分からんが、それでも皆の意見を聞いて何とか出来そうだよ。行こう、昨日話してくれてた通りに、役職者の結果だけ先に聞こう。」
司は涙を浮かべると頷いて、フラフラと立ち上がると、角治に支えられながら、階段へと向かった。
進と恭一は顔を見合わせて、他の皆にも頷きかけると、皆を伴って階下へと向かった。
那恵の姿は、もうそれ以上見ることが出来なかった。