裏では
「ほほう、いきなり結構な人数が減ったな。」ハッキリとした男の声が、暗い部屋のモニターに映る被験者達を見て言った。「まあ人数が多いと長々と時間が掛かるから面倒なのだ。しかし人狼の数を増やしたいと思うと、こうなるものなあ。」
すると、モニターの前でじっとその様子を眺めていた幾分若い男が振り返って言った。
「今のところ、人狼の中でも正気を失っているようなヤツは出てないんですけどね。気が立って面倒になって来ているだろう男はちらほら見えてます。やっぱり、真司さんとか博正さんみたいな被験者は居ないのかなあ。」
相手は、肩をすくめた。
「だからあれらは珍しい奴らなんだ。あいつらの何が作用してああして適合したのかを調べてみたんだが、どうも特有のアミノ酸が関係しているらしい。といってもあいつらが特別そういった物を創り出しているとかではなくて、あの薬を投与した時にあいつらの体の中ではそのアミノ酸が検出される。それ以上は調べられなかったんだ…投与直後の状態は長く続かないからな。変化してしまったら、もう人狼であってヒトではないから、何がヒトを人狼へと簡単に適合させたのか検査のしようがないがな。今回は、データを見たがあまり期待は出来なさそうだぞ?」
若い方の男が、驚いたように言った。
「え、もう結果が出たんですか。検体に出来なさそうなんですか?」
相手は、苦笑した。
「ありふれたデータだ。真司や博正のデータを見た時に感じた特別な昂ぶりは私には感じられなかったな。」
若い方の男は、がっくりと肩を落とした。
「なんだ。手間をかけたのに今回はハズレの検体ばっかりだなんて…使えない人狼なんて要らないんですけどね。」
相手の男は、若い男の頭をポンと軽く叩いた。
「まあ君にもいい経験になっただろう、要。ヒトというのは、思うようにならないものなのだ…生物学的にも、心理学的にもな。いいじゃないか、今回はゲームを眺めて楽しむことにすれば。あいつにももう気負って人狼を守らなくていいと伝えておく。正直、全滅してもいいぐらいだ。人狼化に中途半端に失敗した奴らは、皆始末しなければならなくなるからな。そこそこの適合でもしてくれたらいいんだが。」
要と呼ばれた男は、フーッと長い息をついた。
「彰さんは慣れているからそんな風に言えるんですよ。やっとここまでこぎつけたのに、検体を確保できないなんて無駄だったんじゃないかって思って落ち込みますよ。」
彰と呼ばれた男は、ふふんと笑った。
「私だってそうそううまくやったわけじゃないぞ。失敗を繰り返して成功例が出来ただけだ。」と、うーんと伸びをした。「さて、じゃあまだしばらくこの島に居ることになるだろうから、食事にするか。早く食べておかないと10時には役職行動が始まって、0時を過ぎたら人狼たちの動きを観察しなきゃならないから夜が長いぞ。さっさと決めてくれたらいいが、初日だからな。襲撃にも時間が掛かると見た方がいいだろうし。」
要は、頷いた。
「そうですね。じゃあ料理人にオレの分も頼んでおいてください。牛肉がいいな。」
彰は、手を軽く振ってドアへと向かいながら言った。
「分かった。私もちょうど肉が食べたいなと思っていたところだったんだ。じゃあ食堂で待っている。」
彰は、出て行った。要は、モニターへと視線を移した。
幾つもあるそのモニターには、キッチンの様子、居間の様子、会議をするテーブルの様子、廊下、二階の廊下、そして個室の様子とたくさんのカメラがとらえた映像を流している。あちらこちらに人がまばらに散り、何やら話をしているのが見えた。
「…一目瞭然じゃないか。これが分からないんだからな。楽しめないなあ…。」
要はそうつぶやくと、側に立つ別の男に頷きかけてモニターを任せ、彰の後を追って食事をしようとその部屋と出て行った。
進は、冷凍食品を温めてそれをキッチンのテーブルの上へと置いた。
回りには、もう誰もいない。皆各々の好きなものを手にすると、さっさとレンジに入れて温めたりと思い思いの食べ物を準備して、誰とも接したくないかのようにキッチンからサッと出て行ってしまったのだ。
唯一居たのは、同じように冷凍食品を温めていた恭一だけだった。
「冷凍のラーメンって結構うまいのな。オレ、ここに来るまで食ったことなかったから知らなかったよ。」
進が言うと、目の前で冷凍パスタをすすっていた恭一が頷いた。
「そうなんだよ。オレも昼間に食ったけど醤油とんこつがうまかった。次あれ食ってみたら?」
進は、素直に頷いた。
「ああ。お前がそういうなら明日はそれにしてみるよ。」
二人はしばらく、黙ってお互いの食事をしていたが、何しろ一口が大きい。ほんの5分ほどで食べ終わった二人は、ペットボトルのお茶を片手に、フッと息をついた。
「なあ」進は、言った。「司は大丈夫だったのか?お前が部屋まで付き添った方が良かったんじゃないか。」
恭一は、最後に司をなだめてキッチンへと連れて行ったのを見ていたからだった。恭一は、首を振った。
「いや。キッチンへ入って来たら結構正気に戻ったみたいで、一人になってよく考えたいって言ってたから。今頃部屋で、もう一人に潜伏共有者と話でもしてるんじゃないか。よく考えたらオレだって、司から見たら味方なのか分からないじゃないか。それに思い当たったんじゃないかな。」
進は、それには反論しようと身を乗り出した。
「お前は白出しされてるじゃないか!それに、言ってることが白っぽいよ。お前の性格はオレはよく知ってるが、人狼になっててそこまで平気で居られる性格じゃない。だから、お前は絶対村人だと思う。」
恭一は、苦笑した。
「ありがとう。オレも、進は村人だって思うよ。」
それには、進は首を傾げた。確かに村側に役に立つ意見を出しているつもりではあるが、黒出しされている自分を、こんなに信用してくれるのはなぜだろう。
「オレを信用してくれるのは嬉しいんだが、どうしてそんなオレを信じられるんだ?オレは自分が白だって知ってるからいいけど、お前から見たら黒出しまでされてるんだから怪しいだろう。優花に投票までしてたし。」
恭一は、じっと黙ったが、リビングに繋がるドアの方を見て、そして耳を澄ませるような仕草をした。それから、また進の方を見ると、小さな声で言った。
「…言うべきかと思ったんだけど、言うよ。進、カードの事何気なく言ったじゃないか。ほら、絵柄のこと。」
進は、自分まで声が小さくなるのを感じながら、言った。
「絵柄って…農夫がクワ担いでる奴か?ま、オレに似合いだなって思ったからさ、平凡っぽくて。」
恭一は、何度も頷いた。
「それだよ。」
進は、顔をしかめた。
「どれだ?」
「だからその絵の話だ。」恭一は、身を乗り出した。「オレも村人だから分かるんだよ。お前が嘘を言ってないってことが。村人しか知り得ない絵の特徴を、お前は事も無げに言った。オレは、同じ絵柄を見てたから、お前がそれを何気に言った時に、お前が村人なんだって悟ったんだ。同じカードを見たんだってわかったから。」
進は、絶句した。そんな判断の仕方があるのか。確かに、言われてみたらそうなのだ。ここで部屋に置かれてあったカードは、市販の物ではないのか見た事がないものだった。それが、どんな役職でどんな絵柄なのか分からないはずなのだ。
「お前…それ…そんなことまで、聞いて判断してたのか。」
恭一は、大真面目な顔で頷いた。
「ああ。聞いてたよ。だから、お前を信じたんだ。だから、お前を黒だと言った優花は間違いなく人外陣営だし、オレが信じられないヤツだから、投票したんだ。」
進は、感心した。普通の人狼ゲームとは違って、長い時間を使うことが出来るし、普段の生活から見ることが出来るのがこのリアル人狼ゲームのいい所なのかもしれない。そうして、僅かな言葉から推理して自分が信じられる人を作って行くのだ。
「恭一。」進は、真面目な顔で言った。「オレも、お前を心底信じるよ。それを知ってたって事もだが、そこまでしっかり見てるんだもんな。二人で頑張って生き残ろう。目立つことはオレがやる。オレは、恐らく噛まれるとしても最後の方だろうからだ。お前は、みんなの前で言ってほしいことがあったら言ってくれ。オレが言うよ。少々言っても、殺されはしないと思うから。」
恭一は、少し目を潤ませて頷いた。
「ああ。襲撃されないように祈っててくれ。司があの調子だと狩人への護衛指定は誰にしているか分からないし、自分にしている可能性も高いだろう。オレは食われ放題かもしれない。だから、祈っててくれ。」
進は、何度も頷いた。
「ああ。だがきっと、大丈夫だ。みんな元気に帰れるって。こんな大層なことをしでかすような、誰が居るっていうんだよ。きっと、みんな生きてる。今まで消えた人達だって。」
気休めでしかなかったが、それでも恭一は少し元気になって、立ち上がった。
そうして、進と共に二階の自室へと上がって行ったのだった。