投票
数字がどんどんと減って行く。
窓の方では、ガシャンガシャンと音を立てて、シャッターが閉じて行くのが見えていた。今まで見えていた見が見えなくなって行く。
進は、冷や汗が流れて来るのを感じた。
グレー達の中で、怪しいなと思う人は何人か居る。だが、確実に怪しいと言われる人が居ないのだ。
進にはっきりとわかっているのは、優花が偽だということだけだ。今自由投票で誰かを全員の中から選べと言われるならば、その人物が吊られて心が痛まないことを考えて進が選ぶのは優花しかなかった。
優花の番号は、17…。
進は、決心して腕輪の数字キーを睨んだ。17、そして0、0、0…。
『10秒前。』突然、ディスプレイから声がした。『9、8、7、6、5、4、3、2、1、投票してください。一分以内です。』
皆が、一斉に腕輪に向かった。
時間を制限されると、焦って指が震える。
それでも進は、一発で入力をし終えた。腕輪が、進の入力を認識して言った。
『投票を受け付けました。』
進がホッとして椅子に背を預けて回りを見ると、皆がまだ必死に腕輪に向かっている。あちこちから、ピーという甲高い音と、『もう一度入力してください』という機械的な声が聴こえて来ていた。
びっくりして隣りを見ると、恭一はもう入力し終えていて、進の視線を受けて硬い表情ながら軽く頷いている。もう終わった、ということらしい。反対側の隣の光一は、険しい顔でじっと前を見据えていて、こちらへ視線を移すことはなかった。
投票時間は、一分しかない。それなのに、まだエラーのピーピーという音が途絶えることが無く、どこかでまだ鳴っていた。
「誰がまだ入力出来てないんだ?!」司が、慌ててテーブルを見回している。すると、真琴が手間取って隣りの那恵が横から手を貸そうとしている。その向こうの、由佳も手間取っていて篤夫と優花が必死に両脇から声を掛けていた。「まだ二人か?!早くしないと…!」
『投票は終了しました。』
画面から、声が飛ぶ。真琴と由佳は、顔を上げた。
「え?でも…まだ受付ましたって言ってない…」
しかし、それにはお構いなしに画面には数字と矢印が現れた。
1(慎一郎)→13(英悟)
2(司)→13(英悟)
3(貴章)→17(優花)
4(壮介)→15(篤夫)
6(征司)→21(舞花)
7(恭一)→17(優花)
8(進)→17(優花)
9(光一)→17(優花)
10(角治)→18(奈津美)
11(開)→15(篤夫)
12(修)→15(篤夫)
13(英悟)→15(篤夫)
14(郁人)→11(開)
15(篤夫)→13(英悟)
17(優花)→8(進)
18(奈津美)→20(真琴)
19(那恵)→18(奈津美)
21(舞花)→8(進)
22(園美)→20(真琴)
23(椎奈)→18(奈津美)
24(さくら)→18(奈津美)
25(千秋)→18(奈津美)
自由投票でそれぞれ疑っているところへ入れて居るはずなのに、ある程度偏っているのに進は驚いた。
数字が並んだあと、大きく数字が一つ、現れた。
「18」
皆の視線が、一斉に18番の奈津美へと向いた。
それを見た奈津美は、事態を悟って目を見開くと、口を押えた。
「そ…そんな!」
『№18が追放されます。』
声が歌うように告げる。その途端に、パッと照明が落ち、真っ暗になって全く何も見えなくなった。
「なんだ?!」
進は中腰になった。しかし、真っ暗で本当に何も見えない。瞼を何度も瞬かせて必死に目を凝らすが、漆黒の闇で本当に何も見えなかった。
そんな中、ガシャン!という大きな音が響き渡った。
「え、え、きゃあああああ!!」
奈津美の声が聴こえる。司の声が叫んだ。
「なんだ、どうなってる?!」
すると、また声がした。
「いや!ああああああ!!」
「きゃあああああああ!!」
声が、遠ざかって行く。
「どうなってるの?!真琴の声…由佳の声もしたわ!」
園美の声がする。
「電気!スイッチはどこだ?!」
光一の声が言っている。司の声がそれに応える。
「待て、動くのは危ない!どうせ元から切られてるんだ、とにかく待て!」
再びガシャンという音が聴こえて、何事も無かったかのように、またパッと照明が着いた。
皆が、突然のことに、目を瞬かせた。
光一が立ち上がった状態で、固まっていた。司も、テーブルに手をついて立ち上がっている。女子はほとんどが茫然と椅子に座ったままで、優花と那恵が口を押えて涙ぐんでいた。
それよりも、進が真っ先に見たのは、奈津美が居た場所だった。
そこには、奈津美は居なかった。
奈津美どころか、椅子も何も無くなっていて、その場所は最初から何も無かったようにすっきりとしていた。
そして、それは真琴と由佳の場所も然りだった。
「どういうことだ…何があったんだ?」
司が言う。すると、ディスプレイから声がした。
『№18は、投票により追放されました。№16と№20は、投票放棄のルール違反のため追放されました。それでは、夜行動に備えてください。』
そして、そのままブツリという音がして通信は切られた。慎一郎が、ツカツカと歩いて行って、奈津美の席があった辺りの床を調べている。司も、それに力なく近寄って行って、その背に言った。
「…どうなってるんだ?」
慎一郎は、司を振り返って言った。
「ああ…ここの、床に切り込みがある。恐らく、下へ椅子ごと下がる形になるんだろう。悲鳴の伸びて行く方向を考えても下の方へと遠ざかって行くようだった。仕掛けがそうなってるんだろう。」
「生きてるわよね?」園美が、不安そうに身を乗り出して言う。「下へ引き込まれただけよね?」
慎一郎は、険しい顔で園美を見て、息をついた。
「生きていると思いたいよな。分からんが。」
司は、うろたえたように視線をあちこちへ飛ばした。
「そんな…三人も。ルール違反って言っても、ただ投票出来なかっただけなのに。それでも、こんな風に連れ去られてしまうのか。だったら、人狼の襲撃なんか、どうなってしまうんだ…まさか、本当に危害を加えられるのか?それとも、夜中に誰か来て連れ去られるってことか。」
皆が、それを聞いて不安げに顔を見合わせた。司は、何とか普通に見せようとしているようだが、両手が震えていて明らかに激しく動揺している。進は、そんな司に反射的に危ないと感じて、眉を寄せるとそちらへ手を差し伸べた。
「司?…おい、大丈夫だ。人狼って言ってもカードを引いちまってたまたまその役職になっただけで、仲間なんだからよ。殺されたりしないって。追放も、地下へ連れて行かれるだけだってわかったじゃないか。生きてるよ、犯罪なんだから殺したりしてないと思うぞ。」
司は、まだ震えながら進の方へ向き直った。
「そんなこと!気休めはよしてくれ!お前は黒出しされてるし襲撃される可能性は誰より低いが、オレは共有で露出してるんだから誰より危ない位置なんだ!確信もないのに無事で居られるなんて言わないでくれ!」
進は、グッと黙った。確かに、自分は襲撃されないだろうというのは、進には分かっていた。人狼は、進が黒出しされたのを利用して、自分達が生き残ろうとするだろうからだ。自分が白だと知っている進には、利用価値がある限り襲撃されないだろうことは分かっていた。
返す言葉がなく絶句していると、慎一郎が床から立ち上がって司に言った。
「その共有者が取り乱してどうするんだ。村人達はもっと不安なんだぞ。とにかく、これ以上何か起こらないように、最初に言われたルールから外れないように気を付けて行動しよう。ええっと…確か、夜10時から役職行動だっけ?今8時を過ぎたところだ、さっさと食事を済ませて、部屋へ引き上げる準備をしよう。」
恭一が、頷いて司へと歩み寄った。
「ああ。司、気持ちはわかるよ。オレだって白出しされてるし襲撃候補だしさ。でも、今から心配してもどうしようもないよ。投票先をメモしたら、キッチンへ行って、食べ物をとって来よう。その後、狩人とも話をしなきゃならないだろう?共有者なんだから。」
司は、恭一の言葉にいくらか正気に戻ったようだ。力なく頷くと、メモを出して、青いディスプレイに表示されたままになっている数字を、さっさとメモした。そして、恭一に頷きかけると、皆と視線を合わせないままキッチンへと向かった。
進は、そんな司の様子を見てため息を付きながら、自分も何かの材料にしようと投票先をさっとメモして、そして皆の後についてキッチンへと向かったのだった。