投票前
投票までの時間は、長いようで短かった。
誰かに投票してどうなるのか分からないような状況にしてしまうことに抵抗があって、投票時間は来てほしくはなかったのだが、しかしそうしたらどうしたらいいのかと言われると、ゲームを続けるほかにいい方法が思い浮かばない。
司が言うように、さっさと人外を見つけてゲーム自体を終わらせてしまうのが、今の状況では犠牲も少なくて済むような気がした。
なので一生懸命考えるのだが、やはり皆社会人でそれなりにやっているだけあって、あまりぼろが出ているようには思えなかった。
黒を出されている以上、きっと自分は最後まで疑われ続けるだろう。
進は、それを考えると気が重かったが、その分村人として何とか役に立って挽回しようと、焦っていた。
そして、焦れば焦るほど時間は無意味に過ぎていき、気が付くともう、司が指定した7時半に迫っていたのだった。
大きくため息をついた進は、重い腰を上げて自室を出て居間へと向かったのだった。
7時半にはまだ数分あるにも関わらず、進が居間へと入って行くと、もうかなりの人数が集まって丸テーブルに座っていた。
進は驚いて、急いで自分の番号、8の椅子へと腰かけた。
「ごめん、もうみんな集まってるなんて思わなくて。」
進が言い訳がましく司に言うと、司は頷いた。
「いや、遅刻したわけじゃないしな。」と、その言葉を共に入って来た角治を見た。「ああ、部長。ちょうど部長でみんな揃いました。」
角治は、頷きながら10の椅子へと座った。
「そうか良かった。時間ぎりぎりになってすまんな。」
司は、頷いた。
「いえ、じゃあ始めましょう。」と、皆を見回した。「じゃあ、共有の相方と考えたことを言う。これは提案なんだが、共有と狩人は、全員から見て怪しい位置には居ない。見る人によっては違うのかもしれないが、少なくても共有者の間ではそう思われる。だから、今回は自由投票にしたいと思っている。」
皆が、驚いた顔をした。戸惑っている人も居る。女子達は、顔を見合わせて不安そうにした。
それを見た英悟が、口を開いた。
「自由投票っていうのは、共有が指定した中じゃなくて、役職も含めた自分が怪しいと思う奴に投票するってことか?」
司は、そちらを見て頷いた。
「そうだ。まあ余程でなければ役職は無しだが、それでも絶対だと思うなら投票してもいい。後で、その記録が残ることを考えて投票するならね。」
それを聞いた光一が、ふーんと顎を擦りながら言った。
「なるほどね。後々、変な所へ投票していたら自分の首を絞めることになる可能性があるってことだな。情報を集めようってか。」
司は、頷いた。
「ああ。まだ人数が多いうちにね。狼の票だってそう脅威でもないだろう。合わせて投票していたら、後で誰かが狼だとばれた時一網打尽になるしな。村人なら怪しいと思う所へ投票すればいいが、これは人外の方が難しい方法になると思うんだ。」
進は、黙って皆の反応を見た。これは、結構な情報になる。今の提案は、人狼にとっては思ってもなかった事だったはずだ。仮に人狼同士が自由時間の間に何か話し合っていたとしても、これで崩れているはずだ。共有が誰を指定して来ても仲間以外に入れようとか、そんな話し合いの仕方だったはずなのだが、こうやって誰に入れてもいいとかなると、困るはずなのだ。
しかも、投票30分前で人狼同士話し合うことも出来ない。ここから誰が何を言うか、そして誰に入れるかで、人狼側の力関係とか、人狼が誰なのか分かるかもしれないのだ。
つまり、これは誰に投票したという記録を残すということ以上に、これからの30分の人狼の動きを見ることで誰と誰が繋がっているのだろうかと見ることが出来る絶好の機会になるかもしれないのだ。
司も、それを分かっているのか自分の言葉の影響を確かめるかのようにじっと回りを見回して、一人一人の表情を観察して、黙っている。
それを見た英悟が、フンと鼻を鳴らした。
「まあ共有から見たら全員が怪しいんだろうし、情報は少しでも多く欲しいと思うだろうから、いきなりそんなことを言い出してもおかしくはないわな。人外が変な反応をしてボロを出すのを見てやろうってことか。」
進は、眉を寄せた。英悟…それはもしかして人狼仲間への警告か?
進がそう思っていると、司も同じように思ったのか英悟の方を見て唇をゆがめた。恐らく笑おうとしたのだろうが、そうはならなかったようだ。
「…英悟、お前今の、人狼仲間に対する警告だって思われても仕方ないぞ。」
英悟は、司を睨んで言った。
「なんだ、ちょっと話をしたぐらいでそんな風に言われるなら、意見も言えんな。共有が思い込みで誰かを疑うのは間違いだ。キッチリ論理的に理由を見つけてからオレを疑ったらどうなんだ。オレは、絶対に人狼じゃないからそんなもの見つからないとは思うがな。」
司と英悟は、睨み合った。英悟は、一歩も退かない構えで司をじっと見ていて、進も英悟の真意は分からない。それでなくても英悟は営業課で司と進は技術課なのだ。普段からそれほど接してもいないし、同期の飲み会でも営業課と技術課では話し方も話す内容も違うのでお互いにお互いのことをよく知らなかった。
同じことを思ったのか、進の隣りから恭一が口を挟んだ。
「そもそもオレ達技術課じゃあ営業課のお前達に言いくるめられるんじゃないかって、こんなゲームじゃ警戒してしまうんだよ!しかも命が懸かってるんだしな。慰安旅行でもポーカーで何回お前達に騙されたと思ってるんだ。そんなこんなでよっぽどでないと、ちょっとでも怪しいと絶対に気を許せないんだって。分かれよ、疑われやすいんだから変なこと言うべきでないんだってこと。」
すると、それを聞いた光一が苦笑しながら言った。
「それを言うならオレ達営業課の人間はみんな疑われるってことか?そりゃあ職業柄オレ達は口が立つが、それだけで疑われるなんて理不尽じゃないのか。まして、お前も言ったが命が懸かってるんだぞ?もしかして、だからなのか?みんなに疑われてるのはうちの課の奴らが多いように思ってたんだが、気のせいじゃなかったんだな。」
恭一は、何か言い返そうと光一の方を見たが、ふと何かに思い立ったような顔をして、黙り込んだ。
進は、顔をしかめてそれを見ていた…確かに、疑われている英悟、それに敵対しているがやはり疑われている篤夫、真占い師だと思われていない占いCOした優花も、全員が営業課なのだ。
黙り込んだ恭一に、じっと黙っていた修が口を開いた。
「それは仕方ないだろうが、光一。」突然だったので、皆が修の方を見た。修は続けた。「普段からお前らにやりこめられてるんだからな、こっちは。普段は良い武器になる口先だろうが、今は諸刃の剣ってことだ。ま、だがオレは自分しか信じてないから、お前らは片っ端から占って行くつもりだ。それで白だったら信じるから、安心しろ。」
光一は、修を見た。
「それは…確かにお前が本物ならそうだろうが、オレはお前のこともまだ信じてないからな。」
修は、光一から視線を外さずに、言った。
「心配するな、オレが本物だ。」と、ずいと光一へと身を乗り出した。そのまま光一を見つめて、修は言った。「共有、占い指定する。何人指定する?二人だったか。」
司は、慌てて頷いた。
「狼に噛みあわせられることを考えて、二人で。」
修は、光一のことをまだ見たまま、頷いた。
「じゃあオレは光一と、英悟のうちどちらかを占う。」
司は、顔をしかめた。
「うーん、修さん、出来たら狐狙いにしてほしいんですけど…どちらかが狐だと?」
修は、やっと光一から視線を外して、司を見た。
「いや、オレは篤夫さんが言う通りだと思うから、狐の片方は大西舞花ではないかと思ってるがな。」
司は、ため息をついた。
「では、どっちかを外して大西舞花を入れてください。あくまで、今回は占い師には狐を狙って欲しいんですよ。で、早く真占い師を確定して欲しいんです。まあ…誰を占うかは、基本言ってくれてたら自由なんですけど。」
修は、またチラと光一を見てから、頷いた。
「わかった。じゃあ今回は光一と大西舞花にする。」
すると、慎一郎が口を挟んだ。
「だったらオレは、英悟と篤夫にしよう。どっちかが人外だろうしな。」
英悟は黙っていたが、篤夫はぐっと眉を寄せて慎一郎を見た。
「なんだろうな、今のは慌てて英悟をグレーから助け出そうとしたように見えたんだよな。」
慎一郎が、篤夫を睨むように見て、少し顔をしかめたが、すぐに何でもないように無表情になって言った。
「…何にでも難癖つけるんだな、篤夫。英悟を選んだのは、それなりに疑ってるからだ。どうしてグレーから助け出すなんてことになるんだ。人外にとって、占われるのは致命的だろうが。」
篤夫は、首を振った。
「いや。人狼が真占い師に仲間を占われないように、囲う可能性もある。今聞いた感じで、修は光一を攻撃してたし、だからこそ占ってやるという感じだったが、慎一郎の言い方は違うだろう。ということは、修が真占い師か?」篤夫は、修を見た。「お前がそうか?」
修は、真面目な顔で篤夫を見つめて頷いた。
「だから最初から言ってるじゃないか。オレが本物、後は偽だ。狼だか狂人だか狐だが分からんが、他の二人は偽なんだって。片っ端から占って行くつもりだから安心しろ。」
それを聞いた篤夫は、嬉しそうに目を輝かせた。
「分かったぞ。そうかお前が真占い師か!お前を信じる。早く人外を何とかしてくれ。」
横から、光一が呆れたように割り込んだ。
「こら篤夫。まだ分からんだろうが。確証もないのに信じちまったら駄目だっての。せめて呪殺があってからにしろ。口だけなら何とでも言えるんだからな。」
篤夫は、キッと光一を見た。
「オレにとっては修が真占い師だ!英悟を庇った慎一郎は人狼を知ってる人狼で、お粗末な優花は多分狂人だ!お前のことは何だかわからんが、それも修に占ってもらったら分かる!もう、こんな訳の分からない状況は嫌なんだよ!オレは、どうしても生きて帰りたいんだ!」
光一は、大袈裟に肩をすくめて見せた。
「怖いのは誰でも同じだよ。生きて帰りたいもんな。だが、間違ったものを信じてしまわないように注意深くならないと後悔するぞ、篤夫。」と、修を見た。「お前もな、修。」
修は、フンと笑った。
「オレは占い師だから信じる者を間違ったりしない。今は恭一が白だって知ってるから、オレは司と恭一しか信じていない。明日はまた一人増えるのか、それとも人外が見つかるのか分からないが、結果を出して見せるからな。さっきも言ったが、占ってから話を聞いてやるよ、光一。」
光一は、それを聞いて黙って修を睨むように見た。司は、殺伐とした空気に耐え切れなくなって、優花の方を見た。
「で、君は?二人指定してくれ。占い師なのに自分から進んで指定してくれないと。」
優花は、男達の言い合いに呆然としていたが、そう言われてハッとしたように司を見た。そして、何を言われたのか気付いたようで、慌てて言った。
「ああ、ええ…もちろんよ。ええっと、じゃあ私は自分の対抗以外は誰が怪しいとか分からないから、信じられる人を増やすために身近な人を占います。由佳と、真琴のどちらかを。」
司は、あからさまに顔をしかめた。
「前の二人のを聞いてなかったのか。狐を探してるって言っただろう。君が狐だと思う人を占って欲しいんだ。それで呪殺を出さないと今の信頼度だったらいつかは君が投票対象にされるぞ。一番信じられてないんだから、本物だっていうなら少しは努力してくれないと。」
優花は、そう言われて明らかにどぎまぎした顔で回りを見回した。
「え、え、でもめぼしい人は先の二人にとられちゃったから…」と、奈津美に目を向けた。「じゃあ、奈津美さん。と友達の那恵さんの二人のうち一人を占います。」
言われた二人は、表情を硬くした。司は、頷いた。
「分かった。じゃあ…」と、時計をチラと見た。「…そろそろ、時間が来る。いいか、今日はみんな、一番怪しいと思ってる人に投票するんだ。共有に言われたからそこから選ぶんじゃなく、今現在自分が怪しんでいる人に投票するんだ。分かったな。」
全員が、頷く。
そんな中で、頭上にあるモニターがパッと青い画面を映し出し、そこから声だけが流れて来た。
『ただ今、投票開始1分前です。投票の準備を始めてください。これより、カウントダウンを始めます。』
モニターには、60から59、58と大きく数字が減り始める。
皆が、固唾を飲んでそれを見守って、腕輪を構えていた。