方針
司は、シンと静まり返ったので声を普通に戻して、言った。
「良かった、声を張るのが疲れるんで静かにしてくれると助かる。じゃあ、もう一人の共有と話した結果とかを報告しよう。」と、胸ポケットの手帳を出した。「結論から言うと、狩人から連絡があった。亡くなった松本部長が狩人でなかった限り、本物の狩人だと思う。守り先はこちらが指定して行くので、護衛成功が出たら誰を守っていたのか共有者で把握することが出来るし、これで村人はとても有利になったと思っている。」
皆はじっと黙ってそれを聞いていた。狼も、狐も狩人を騙って来なかったと考えるのが普通だろう。もちろん、一人死んでいる限り、狩人が欠けている可能性も見なければいけないが、今は真置きでいいだろうと思えた。
司は、続けた。
「で、この狩人が真だとしたら、人外は誰も騙らなかったって事で、つまりは、騙れなかったんだとオレ達は考えた。」
それには、園美が口を挟んだ。
「それって、つまり今出ている役職の中に、狼も狐も狂人だって混じっている可能性が上がったってことね?」
司は、頷いた。
「その通りだ。狼狼の可能性は無くなったかなとちょっと考えたよ。狐は二匹なんだから、一匹が狩人に出て来てもいいだろうに、誰も出て来なかったことになるからな。これ以上露出しないために、出て来なかったんだと思う。狂人だってもし騙りそこなってたら狩人は渡りに船だったろうに出て来なかったわけだから。占い師と霊能者にいろいろ混じってるんだろうなと思うんだが。ま、狼は人数が多いから、狩人に出て来てもおかしくはなかったかもしれん。」
それには、進が考え込むように言った。
「いや…狼側にはあまりメリットがないと思うんだよな。共有に指定されたら絶対にそいつを噛めないし、真狩人は他を守ってるしで、二人が噛めなくなる上に、狐まで混じってるから。この方法で狩人に騙りが出て来たら得するのは村人だったんだ。破綻するまで二人守れたわけだからな。」
司は、息をついた。
「そうだな。まあ、でも今は一人確実に守れるんだ。せいぜい腕輪を利用させてもらって、護衛先を指定させてもらうよ。」と、皆を見た。「それで、何か考えた人は居るだろうか。もし今出しておきたい意見があったら言ってくれ。一応予定では、次に集まるのは19時で、椅子に腰かけて投票前の最後の話し合いを行う。その時までには、誰が怪しいとか、誰に投票したいとかの意見はしっかり考えて来て欲しいんだ。それを聞いて、20時の投票に臨もうと思っているから。で、これからなんだが、ややこしいから全員を下の名前で呼んでくれ。みんなバラバラに言うから分からなくなるだろう。それで統一するってことで、意見があったら言ってくれ。」
皆は、顔を見合わせた。誰かが、意見を出すだろうかと様子を見ている感じだ。
そんな中、篤夫が手を軽く上げた。
「良かったら、オレが発言したいんだがいいか?」
さっき篤夫とやりあった英悟が、スッと目を細めたのを進は見逃さなかった。それでも、さりげない風で視線を篤夫へと移す。司は、篤夫に頷きかけた。
「どうぞ。」
篤夫は、皆を見回した。
「ええっと。」と、胸ポケットから何やら紙切れを出して、チラと見て言った。「さっきの話だ。今日は役職を吊らないって事だから、関係ないのかもしれない。だが、それぞれの役職者を庇ってるグレー達の事を考えるのにいいかなと思って、役職者たちの真贋を考えたんだ。」
司は、興味を持ったように体を前に乗り出して頷いた。
「いいことだと思います。役職の内訳はいつも頭に置いて考えていた方が絶対にいいんです。それで、新しい事実が出てきたらその都度修正して真役職を確定して行くと、回りの人達の役職も自ずと分かって来ると思うんで。」
篤夫は、それを聞いてホッとしたように笑った。
「そうか、良かった。じゃあオレの考えて来たことを聞いてくれ。まずは、占い師。」と、自分が書いたメモを見た。「占い師は最初に黒が出たのもあって、みんなのヘイトが一斉に堀さん…優花さんに集中したよな。そこで、庇ったのは由佳さん真琴さん千秋さんなんだが、この三人が怪しいと一概に言ってしまっていいのだろうかと思う。友達付き合いの延長のような感じに見えたからだ。そうなると、友達以外で彼女を庇った人が居るかっていうと居ないんじゃないか。」
司は、自分のメモを見て、確認しているようだ。そして、顔を上げて、頷いた。
「そうだな、一人も居ない。普段から一緒に居て、友達だと知っているこの三人以外は、みんな優花さんが怪しいと言っているな。」
篤夫は、頷いた。
「だろう?ということは、この三人の中に人狼が居ない限り、人外は誰も優花さんを庇っていないということだ。だから、もし彼女が狂人だとしたら狼には切られているし、そうでないなら真かもしれないってことだな。」
司は、うーんと肘をひじ掛けに置いて、顎に触れた。
「そうだなあ…だが、黒を出した先なんだよな。進でなかったらこんなにオレも疑わなかったんだが、進はここに居る誰よりも白い。これがなければ護衛をつけてもいいぐらい白いんだよな。もっとよく分からない発言も少ない人に黒出ししてたら、きっと吊対象にしたぐらい信じた可能性はあるんだけど、何しろ進なんだよなあ…。」
進は、苦笑した。チラと優花を見ると、じっと無表情で黙っている。進から見て間違いなく偽の占い師である優花は、その心の中で今、恐らく他の誰かにしたらよかった、と思っているだろうなあと思われた。それでも、それおくびにも出さないのはうまいなあと敵ながら進は感心していた。
そこで、ハッとした。そうか、もしかして。
「…なあ、ちょっと今ので思ったんだが。」司も、皆も進を見る。進は続けた。「オレから見たら間違いなく優花は偽物の占い師だ。狼がこんな無謀な黒出しを最初からして来るとは思えないので、恐らくは狂人が自分を噛ませないために自分の存在のアピールをしているのだと思ってる。その思惑通りに、オレは村人だから狼から見て、はっきりと優花が偽だと分かったはずだ。だが、優花は誰にも庇われていない。つまり、切られてるってことじゃないか?」
司は、辛抱強く頷いた。
「まあそうなるな、お前目線で。」
進は、続けた。
「だからってんじゃねぇが、もしここで、今夜優花が襲撃されたら明日みんなどう思う?」
司は両方の眉を上げたが、皆も驚いた顔をした。優花自身も、顔色を変える。司は、そんなみんなの様子を見ながら、言った。
「まあそれは、真占い師かもしれないと思って、お前を吊るって流れになるだろうな。人狼をちょっと知ってる奴らならそんなあからさまなことないと思うが、ここには素人が半分以上居る。だが、人狼がもし占い師に混じってたら、占い師ローラーを恐れてそんなことはしないんじゃないか?」
進は、真剣な顔で首を振った。
「いいや。霊能者を生かしてればそうはならないんだ。吊縄を一本無駄にすることが出来るし。次の日、オレ目線真霊能は絶対に白と見る。だから悪くて片方が白だ。そうしたら、優花が偽だったことが分かるが、残った占い師のどっちが偽でどっちが真か分からないのは変わらない。オレは、優花に援軍が全くないことからもう一人の騙り占い師は狼だと思っている。狼は、敢えて皆に優花の偽を見せることで、真占い師はまだ居るんだと知らせて自分の身を守るだろう。」
司は、眉を寄せた。それを黙って聞いていた篤夫だったが、口を挟んだ。
「いや…霊能者は二人居るだろう。」皆が、今度は篤夫を見た。篤夫は、続けた。「オレは、霊能者の一人は狐だと思っている。だから、狼にいいようにはしないだろう。だから、白を確定させないはずだ。君が白だろうと予想して、黒だと言うだろう。狐から見たら、狼など怖くはないんだ。襲撃されることはないんだからな。自分を攻撃して来る奴が居たら、恐らくは狼。村人に進言して陥れようとするだろう。狐は、狼を殺しにかかっているはずだからな。」
それには、進の隣に居た恭一が言った。
「確かにそれはそうですね。村人にとって、共通の敵である狼を探してくれる狐は、ある程度まではとても頼りになるんですよね。でも、日数が経って来ると…まして今回は、二匹も狐が居るわけですから。一匹倒せると言うのなら、霊能ローラーしたくなりますよね。助けてもらうなら狐は一匹居ればいいですし。」
進も、それには頷いた。
「そうだな。篤夫さんは、霊能者のどちらが偽だと思いますか?」
進に問われて、篤夫はチラと舞花を見た。舞花が、ビクッと体を縮こませる。篤夫は、苦笑しながら進を見た。
「…この反応を見ても分かるように、オレはこっちの大西舞花さんの方が偽で、しかも狐だと思う。昨日の占い師に対するビクつきも普通じゃなかっただろう。なんなら吊縄がもったいないから占い師達の誰かに占わせてもいいと思ってるぐらいだ。」
舞花は、目を見開いた。そして、今までのびくびくはどこへ行ったのか、険しい視線になると、篤夫を睨みつけた。
「そんなこと…!まるで見て来たような言い方ですね、さっきは庇ってくださったのに!そんな風に日和見なことをしていたら、あなたが私の仲間で、自分に危害を加えられたくないから攻撃しているように見られてしまいますよ。それとも、私の対抗の征司さんが狐の仲間で、私が真霊能者だと知っている、狐なんじゃないですか、篤夫さん!」
司は、それを見て目を細めた。
進も、恭一と貴章と目を丸くして視線をかわした。
篤夫は、険しい顔で舞花を睨みつけていたが、ふふんと余裕を見せて笑った。
「ほう。それが君の本性ってことか。そうやってびくびくとしていたら、皆が守ってくれるとでも?計算ずくってことか。女は怖いねえ。」
「な…っ!」
舞花が言う。横を見ると、それまで舞花を庇うようにしていた由佳が、ショックを受けたように舞花を見ている。その隣りの、真琴も信じられないという目で舞花を見ていた。
舞花は、急いで首を振った。
「違うの!あの人が悪いのよ、あんな風に自分だけ助かろうなんて思ってるのよ!」
由佳と真琴は、頷いたが視線を舞花と合わせない。舞花は、助けを求めるように千秋にも視線を送るが、千秋は最初からそちらを見ないようにしてさけていた。
進は、それを見て気の毒になった…つい、腹が立って言ってしまったのだろうが、恐らくは舞花が偽なのだろう。そうなると、狐の確立が高くなる。
司もそう思ったか、ため息をついた。
「まあ…それは後かな。で、篤夫さん。占い師の内訳の考察の続きを聞かせてもらわないと。」
篤夫は、司に向き直った。焦る様子もなく、落ち着いているようだ。
「そうだな。オレは進が言うように、怪しさ満開の優花さんは偽、そして狂人だと見ている。後の二人なんだが、慎一郎が出たのは一番最後。修が出たのは一番最初。修の落ち着きから見て最初に出て来た時絶対こいつが真だと思った。次に出たのが優花だったが慌てて出たような印象だったし、最後に出た慎一郎は、狂人をあてにしていない人狼なんだろうか、とオレは考えた。みんなは修と慎一郎が五分五分みたいに感じてるらしいが、オレから見て最後に出た慎一郎は、狂人らしいのが出て来てあてになりそうにないから、急いで出たように思えたんだ。」
司は、うーんと首を傾げた。
「そうか…そう言われてみたらそうなのかもしれないが、でも狼だったら狂人が出たのが分かったのに最後に出るっておかしくないですか?」
篤夫は、首を振った。
「狼からは、騙りが出たからってその瞬間にそれが狂人なのか狐なのか分からないじゃないか。」言われて見て、司はハッとしたような顔をした。篤夫は続けた。「だから今度の狼は、人数が多いこともあって最初から狂人に期待せずに自分達で何とかしようとしているはずだと思うんだよな。だから、落ち着いて最後に出て来たからって真占い師とは限らないってことさ。」
「オレが言うのもだが。」そこで、占い師の修が口を挟んだ。「最初から決めてたんなら、最初に出たオレだってお前の言う感じだと怪しいってことだよな。そうなると、やっぱり皆が言うように、オレと慎一郎の怪しさは同じってことだろう。」
しかし、篤夫は首を振った。
「だから、そうやって口を挟むことから見てもお前は白いじゃないか。オレから見て真っ白だ。決めてたって言っても、もしかしてってことだ。狂人らしき人が出ても、期待出来そうなら出ない、期待出来そうになかったら出るって決めてたのかもしれないし。」と、篤夫は舞花を指した。「お前にはぜひ、この霊能者を占って欲しいよ。きっと溶ける。狼はそれが怖いから重ねて噛んで来るかもしれないけど。」
すると、それを聞いた舞花が金切り声を上げて立ち上がった。
「何言ってるんですか!役職を占っている暇なんてないでしょう!グレーがこんなに多いのに!そんなに言うなら占っていいですけど、篤夫さんだってグレーなんだからあなたの方が先に占ってもらってくださいよ!この信頼してるオトモダチに占ってもらったらいいんだわ!」
篤夫は、フンと鼻を鳴らしてまるで汚いものでも見るような目をして舞花を見た。
「…ほら、君は本当に分かりやすいな。もちろん、オレだって占ってもらうさ。だが君は本当に怪しいんだよ。狐はさっさと溶けてなくなってもらわないと、狼にとっても村人にとっても面倒だからな。」
「な…っ!!あなただって…!!」
「ストップ。」司が、見かねて割り込んだ。「ゲームの性質上罵り合いになるのは仕方ないが、今はそこまで。オレ達はケンカがしたいのではなくて、人外を探し出したいんだ。出来たら村人の犠牲なしにさっさと吊って終わりにしたいって考えてるんだから、時間は無駄に出来ない。二人共、落ち着いてくれ。」
篤夫も、舞花も黙った。司は、チラと皆を見回してから、もう一度息をついた。
「じゃあ、他に何か言いたいことがある人は居るだろうか。無ければ、このまま自由行動にして、次は投票の30分前、19時半に丸テーブルの椅子に集まる形にしたいと思ってるんだが。」
それには、慎一郎が驚いたように眉を上げた。
「…30分前?それで大丈夫なのか?」
司は、慎一郎を見た。
「ああ。それまでに、自分の中で怪しい人物を絞り込んでおいて欲しい。合わせて占い師は、自分が占いたいと思う対象を二人ずつ考えて来てくれ。みんな、他人任せにしないで、自分でしっかり考えて、自分の意見を持って来てくれ。怪しいと思う人物の意見を聞いて、こちらも投票先の指定を絞って行こうと思うから。」
皆、神妙な顔をして、黙って目を合わせないようにした。下手に誰かと目を合わせて、自分が怪しまれてはたまらないと思ったのは、全員同じようだ。
そのまま誰も何も言わないので、司は、我知らずフッとまた息をついて、そして言った。
「…じゃあ、これで。食事も何も、こちらから指示はしないから、自己責任で健康管理もしっかりしてくれよ。今回の事は責任者なんていないんだ、誰かが何とかしてくれるという気持ちは捨ててくれ。誰も、自分のこと以外面倒なんて見れないからな。自分の面倒は自分で見てくれ。以上、解散。」
一見、突き放した理不尽なような言葉だったが、確かに司の言う通りだった。
この非常時に、誰かが率先して食事の世話をしてくれたり、誰が具合が悪そうだの、誰が食事をしてないなど、見ている余裕などあるはずはないのだ。既に犠牲者が出ている以上、誰にもそんな心の余裕などなく、自分の世話で手一杯だろう。生き残りたいなら、自分がしっかりするよりないのだ。
皆が足取りも重くそれぞれの思う方向へとノロノロと移動するのを、進はじっと黙って座って見ていた。
誰が人外なのか…こんな、皆でいがみ合うような時間は、早く終わりにしてしまいたい。それともこれは夢なんだと、目が覚めてとっとと忘れてしまいたい。