自由投票?
一時間が過ぎた。
進は、会議は14時からだと思いながらも、部屋を出てもいいと思うとこもっている気持ちにもなれなくて、ふらりと部屋を出て階下へと降りて行った。
昼食を早めに取ろうとキッチンへ入って行くと、そこには司が角治と一緒に鍋で湯を沸かしながら、何やら話しているところだった。
二人は、進がドアを開けるとビクッとしたようにこちらを見たが、入って来たのが進だと分かると少し表情を緩めて、言った。
「ああ、進か。」
進は、苦笑しながら司を小突いた。
「なんだよ、共有じゃなかったら狼同士が密談してたんだと思うとこだぞ?飯の準備しようと思って来たんだ。」
司は、ハーッと肩で大げさに息をついた。
「もうオレも疑心暗鬼になっちまってなあ。だが、お前の提案で狩人とは繋がれたよ。」
進は、目を丸くした。
「え、まさかお前今、狩人のこと小森部長に言ってたんじゃ…、」
司は、慌てて何度も首を振った。
「こら違うって!言ってないっての!」と、司は胸ポケットのふくらみをポンポンと叩いた。「手帳にしっかり書いてるが、誰にも見せるつもりはないし、オレが常に身に着けてるから大丈夫だ。共有の片割れにもきちんと教えてあるから、オレに何かあっても大丈夫だし。」
進は、ため息をついた。
「何かあるなんて思いたくないが、それでも今の状況じゃオレも楽観的なことは言えねぇな。」と、鍋に水を入れて、司が使っているコンロの横へと置いて自分も点火した。IHなので通電と言った方がいいのかもしれない。「なあ、オレ、思ったんだけど、言っていいか。」
司は、カップラーメンの蓋を開きながら言った。
「なんだ?お前、一応黒出しされてるから表向き参考程度にしか聞けないけど、もっともなこと言うから助かるんだよな。」
進は、司が沸いた湯を注ぐのを見つめながら、言った。
「今回は初めての投票だろう。人数もたくさん居る。人狼も結構気軽に仲間以外に投票すると思うんだ。だから、お前が指定するより、自由投票にした方がいいと思うんだが。」
それには、隣りの角治も、目を丸くしたが、司も驚いた顔をして進を見た。
「おい、自由投票って、それなら何のために狩人を把握したんだよ。それに、共有の片割れは?もし吊られたらどうするんだ。」
進は、自分もカップラーメンの封を開きながら言った。
「だからそれは、お前が判断してくれたらいいんだよ。24人も居るのに、その二人がピンポイントで吊られるってのは確率的に低いだろうが。よっぽど怪しいとかで吊り位置に来そうなら確かに指定した方がいいだろうが、オレは自由投票にさせて、誰がどこへ投票するのか見た方がいいと思うんだ。」
司は、眉を寄せて考え込む顔をした。
「…つまり、人狼に自由にさせて投票先を残すってことか?」
進は、頷いた。
「ああ。それが、絶対に後半に生きて来ると思うんだよな。最初は特に深く組み立てて考えずに投票しているはずだし、役職持ちだっていつまでも居るわけじゃない。土壇場の時に、そういう情報が必要になって来る。残った人達の中でどっちが人狼かの決断に迫られた時、使える情報を大人数の間に作って置いた方がいいと思うんだ。このままじゃ、どんどん数は減って来るだろうし…オレだって、堀優花が人狼から用済みだってなったら、偽だと証明するために襲撃されるかもしれないんだし。司も今言ってたが、自分が居なくなった後でも、村人が勝てるように考えて残して行かなきゃならないんだ。勝利陣営なら帰って来れるってのを信じるなら、情報をなるべく残すように行動した方がいいと思わないか?」
湯がグラグラと煮えている。
進は、コンロを切ってその湯をカップへと注いだ。横を見ると、司のカップラーメンはもう良い頃合いのようだ。
司は、それでもじっと進の方を見て黙って考え込んでいる。角治が、横から割り込んだ。
「なんだ、お前仕事ではそうでもないのに、このゲームだとやたら鋭いこと言うな。」と、進から視線を司に向けた。「なあ大野、確かにそうかもしれないぞ。オレはこのゲームのことは全くだから、やっと分かって来た程度なんだが、それでも今の意見はもっともだと思う。人数が多い方が、役職持ちが吊られる危険性も少ないし、人狼だって先のことまで考えずに自分達以外の集まりそうな所へ入れるだろう。人狼が誰だかわかって来た終盤になって、人狼に投票してるとか、人狼に投票されてるとかいろいろ分かる事もあるだろう。最初の投票は、好きな所へ入れさせた方がいい。それも、人狼同士が話し合えないように、投票時間の前に集まった時に言おう。そうしたら、間違う人狼だって居ると思うぞ。」
司は、角治を見て、真剣な目で決心したように頷いた。
「そうですね。考えておきます。」と、進を見た。「じゃあ、片割れと話し合って考えるよ。でも、お前はほんとに白いな。オレは今だと、真剣に堀優花に入れたい気持ちだよ。」
進は、自分のカップラーメンの蓋を押さえて持ち上げて、困ったように笑った。
「共有は確かな証拠無しで流されたら駄目だぞ。オレは村人だが、すり寄って来る人狼だって居る。人狼は、絶対に同じ意見を通しては来ない。一方が吊られた時、一方が疑われないために、分かれてるはずだからな。お前は確かなことだけ信じるようにしないと…共有だって情報量は村人とそう変わらないのに酷なことだが。」
司は、少し伸びて来ているだろうラーメンのカップを持ち上げると、進に並んで歩き出した。
「分かってる。早く真占い師が確定して欲しいよ…オレはそれしかないね。」
進は、キッチンから居間の方へと抜けようとしながら、言った。
「で、狩人は一人だったか?」
つまりは、騙りはなかったかということだ。司は、頷いた。
「ああ。一人だった。間違いないだろう、初日の松本部長がそうでなかった限り。」
進は、息をついた。
「疑ったらきりがないからな。あまりに残るようなら考えてもいいだろうが、今は真で見て進めた方がいいんじゃないか。仮に狼だとしたら、護衛先を指定されてるから絶対にそこは噛めないしな。本当なら二人出てくれたら、本物と偽で二か所指定して、二人守れるからラッキーだったんだが。」
司は、顔をしかめて笑った。
「確かにそうだ。お前は先々まで冷静に考えてるな。オレは面倒がなくていいと思っていたが、お前に言われて気が付いたよ。」と、息をついた。「早くお前が村人だと確定したらいいのに。信じたいのに信じられないのがつらいよ。」
二人は、そのまま居間へと出て、それぞれがいい場所を見つけて腰掛けると、そこからは雑談をしながら、食事をしたのだった。
進は、たわいもない話をしながらいつもの同期仲間の、貴章と恭一、司と広い居間の窓際にあるソファに並んで座っていた。
この居間には、本当なら考えたくない投票と話し合いのためのテーブルもあり、それが視界に入るのだが、それでもここが一番、広くて見通しがいいので、くつろげると言えばくつろげるのだ。
皆が同じ感想らしく、テーブルが見えないように、窓の方を向いているソファに座っている人数が圧倒的に多く、そんな人達とテーブルを挟んで向かい合うような形で進達は座っている状態になる。
そうすると、誰と誰がかたまっているのか、よくわかった。
ここのソファはとても大きく数が多い。大人数に対応した広い居間だ。
なので、全員が座ってもまだ余裕がある状態だった。
進が何気ない風を装って見ていると、進から見て左端に当たる位置のソファには女子が集まって話していた。
そこに居るのは、井上千秋、堀優花、寺田由佳、北村真琴、大西舞花五人で、あからさまに回りとは一線を引いて、皆で顔を合わせて小声で話している。
千秋はさっき奈津美と派手にやり合っているので、同期とは言え奈津美とは一緒には居るつもりなどないようだ。
その代わり、一緒に居るのは一つ下の後輩達の集団だった。なので、必然的にそのグループは千秋が仕切っているように思えた。
その隣りには、少し間を開けて久保園美、川崎那恵、上野椎奈、新井さくらの四人が座っていた。
この四人は同期で奈津美と千秋とも同期になるが、穏健派なのでどうやら中立の立場をとることに決めたようだ。
さらに隣りになる位置には、川村奈津美が座っているが、そっちとも話をすることもあるし、千秋のグループとも話をすることもある、といった具合だった。
奈津美はというと、見た感じ隣りの四人と一緒に居るような感じなのだが、よく見たら一人だった。
さっきの言い合いがこたえているようで、皆があまり関わりたくないといった雰囲気を醸し出している。
奈津美と隣りになる位置に居る西沢開はかなり離れて座って背を向けて反対側の隣りの林壮介のほうばかり見ているし、ぐるりと回って来て進の座っているソファとは直角になるように配置されたソファに座っている菊井英悟と長浜郁人、白井光一は女子の方を見もしなかった。
そんな関係性を見て頭に入れていた進は、ふと自分のソファと直角になるソファと背中合わせに配置されたソファの方を見た。
そこには、占い師と霊能者として出て来た男達が座っていた。対抗しているのに珍しいことだが、相手のことを探るには初日のまだ危機感のない時の方がいいのかもしれない。
占い師の原口修と原慎一郎が何やら真面目な顔で話しているのが見える。それを、霊能者の山口征司がじっと聞いていた。北本篤夫と小森角治が何か食べながらそんな様子を向こう側対面のソファに座っていた。
そんなわけで、今はまだ話し合いの時間ではないのに、24人全員がここに集まっていたのだ。
進が、とても狼が混じっているようには見えない、と思いながらみんなを眺めていると、司が、フーッと長い溜息をついた。
「あー、なんか一見穏やかなのに、これから誰かを吊る話し合いをしなきゃならないんだな。」と、皆を見回して、声を張った。「そろそろ14時なので、話し合いをしよう。今の位置のままでも、声が聴こえるなら構わない。始めに、共有から今の考えを話すんで、後から意見を聞こうと思う。」
皆が、一斉に司を見る。
進も、姿勢を正してじっと司を見守った。