疑心暗鬼
進は、自分の8番の部屋へとペットボトル飲料を手に入って、ひと息をついた。
朝起きてからの一時間ちょっとの間に、いろいろなことが出て来た。会社の中での関係は全く関係なく、不思議なグループ分けが出来てしまっている。それは、そのまま人外と狐と村人というのはではなく、普段では隠してしまっていた軋轢が、これを機に出て来ているような感じで、それに乗じて人外がうまく自分に疑いが来ないように立ちまわっているのではないか、と進には思えた。
それに女子は、特に感情に振り回されているようで、冷静に状況判断をしている者は少ない。聞いていても、怪しいからと言ってそれがそのまま人外だと判断出来るような様子ではなかった。
「優花のヤツは間違いなく偽だし…。」
進は、ベッドの上に横になって独り言を言った。自分は、間違いなく村人。あのとぼけたカードを忘れるはずがない。そうなると、優花の役職だがやはり狂人だと思われた。狼が、いきなり様子を見ずに黒打ちをして来るはずがないのだ。そんなことをしなくても、もし進が邪魔なら夜襲撃してしまえばいいのだから、最初から黒を打って目立つ必要は無かっただろう。狐もそうだ。目立つと狼に居場所を知られて吊り誘導される可能性があるからだ。そうなると、村目線優花は狂人か真占い師だが、進は村人。他の村人には分からないかもしれないが、他ならぬ進には、優花は間違いなく真占い師ではないのだから、狂人ということになるのだ。
開ではないが、このままだと優花に投票してしまいそうだと進が頭を抱えていると、進の腕輪がピピピと電子音を鳴らした。何事かとびっくりして腕輪を見ると、そこには「7」と表示されていた。着信しているのだとやっと理解した進は、慌ててボタンを押した。
「もしもし?」
すると、腕輪が答えた。
『進?オレだよ。』
番号で分かっていたが、進は見えないのを承知で頷いた。
「ああ、恭一。どうしたんだ?」
恭一は、声を潜めて言った。
『その、何か感じた事とかあるかなって思ってさ。オレ、全くなんだ。なんか女子は関係ないことでケンカしてるみたいだったし。お前見たか?二階へ戻って来る時だって、川村(奈津美)さんと井上(千秋)さんが険悪で、川村さんと普通に話してたのは園美と川崎(那恵)さんと上野(椎奈)さんぐらいで、井上さんと堀(優花)さんと、寺田(由佳)さんと北村(真琴)さんは固まってあからさまに川村さんを無視してて、園美と川崎さんが気を遣ってあっちこっちに話そうとしてた。さくらはどっちにも話しづらそうで、結局中立組と一緒に居ることを選んでたようだったけど。あいつも英悟とのことがあんな風に言われて、居づらいんだろうな。』
進は、思わず長く息をついた。
「女子ってめんどくさいなあ…こんな時に何をしてるんだか。人狼を見つけないと、死ぬかもしれないんだぞ。冷静に見て欲しいんだよな。普段が分かるのって、同じ部署の園美とさくらぐらいで、他の女子のことは皆目分からないんだからあいつらがしっかりしてもらわないと人外が女子に多かったらお手上げだぞ。」
恭一の声が、うんざりしたように言った。
『そうなんだよなあ。誰か、男でもいいけど、怪しいヤツは居たか?オレは英悟と篤夫さんの言い合いに驚いちまって、あんまり内容が頭に入って来なかったんだ。』
進は、考え込むように唸った。
「うーん…あの二人も、必死なのかあんな言い合いして、普段と違うのがオレも気になった。死にたくないのは誰でも同じだからああなるのも分かるんだが、それでも過剰かなってな。どっちかが、いやもしかしたら両方が人外って可能性もある。困ったな、本当の占い師が分からない限り本当に面倒だ。」
恭一は、ため息をついた。
『今夜の投票って、本当にするのか?その、オレは誰にしたらいいのか分からないんだ。』
それには、進は険しい顔をした。
「確かにそうだが、でも誰かに投票しないことにはみんなが危ない気がするんだ。オレから見たら絶対に偽者だと分かってるのが堀優花なんで、オレはあいつに入れたくて仕方ないんだが、村は同意しないだろう。それに、きっとあいつは黒特攻した狂人だと思うしな。人狼を潰して行くなら、あいつでは駄目だろう。」
恭一は、不安そうな声を出した。
『なあ、襲撃はどうなると思う…?本当に、殺されるんだろうか。』
進は、考えないようにしていたことだったが、それでも息をついて答えた。
「分からない。オレだって怖いんだよ、恭一。それでも、こんな状況になっちまった以上従うよりないだろう。とにかく早く人狼を始末しちまって、ゲームが終わることを目指そう。それで、解放してくれたら万々歳だ。そうでなければ、オレ達はもう、絶望するよりなくなるんだからな。」
恭一の返事は、不安そうな息遣いしか聴こえなかった。
「恭一、大丈夫か?」
進がそう言うと、恭一からは苦しげな声が返って来た。
『ああ、大丈夫だ。すまないな、すっかりびびっちまってる。』
進は、相手からは見えないが、苦笑した。
「誰だってビビる状況だよ。お前だけじゃねえ。」
そう言いながらも、進自身は全くビビって居ない自分に戸惑っていた。どうして、自分は平気でいろいろなことが思い浮かぶんだろう。冷静に考えていられる…やっぱり、実感が湧いてないからなのか…。
しかし、恭一は言った。
『違うよ、オレは村人を殺すってことが怖いんだ。同じように、オレは村人だが疑われて殺されてしまうかもしれない。それが、怖いんだよ。疑われた時、どうやって無実を信じてもらって、村に損害を出さずに、勝って帰れるのかって考える。オレ…そういうの、苦手だから。うまく言えるのかって…足手まといにならないかって。』
進は、衝撃を受けた。恭一は、きちんと考えている。自分が、村の足手まといになることを恐れているのだ。
「ごめん。」進は、心底謝った。「オレ、お前のこと誤解してたよ。お前は、自分が殺されるのが怖いんじゃなくて、村の迷惑になることを恐れてるんだな。オレみたいに、自分本位じゃない。」
恭一は、驚いたように言った。
『え、自分本位?進はオレと違って、ガンガン意見を出してるじゃないか。今こうしてこもってるのだって、共有と狩人を繋げるためだろう。進の意見じゃないか。オレ、密かに尊敬したよ。オレはそんなことが出来ないから、自己嫌悪してるだけ。』
そう映るのか。
進は、不思議だった。普段ここまで誰がどう思っているなんて話すことはない。しかし、こうして自分の評価を聞くと、なんだかくすぐったい気分になる。
「そう思ってくれてるならうれしいが…でも、今夜の投票には役に立ちそうにないよ。オレも、何の能力もない素村だからな。本当なら、黒出されたオレを吊ってもらうのが一番村のためになるんだ。偽が分かってそこから騙りを崩して行けるんだから。でも、そんな理不尽なって思ってしまうんだよな。役に立たないよ、本当に。」
恭一は、抗議するように言った。
『それは違うよ!今は村人を吊ってる場合じゃないんだ。やっぱり、狼を探そう!よし、オレもう一度考えてみるよ!じゃあな!』
「え、恭一、どうやって…、」
進が驚いて聞こうとしたが、その時にはもう腕輪の通信は切れて、表示はOFFになっていた。
恭一は、不器用なタチだが一生懸命だ。無理なことをして人狼に狙われはしなかと、進は心配になったが、何が真実なのかも進にも本当に分からないので、どうすることも出来なかった。