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孤島へ

その日は、生憎の薄曇りで蒸し暑い日だった。

それでも、無理やりに参加させられた研修とは名ばかりの、有志の社員旅行に、小さなボストンバッグ片手に宮下進(みやしたすすむ)は同行していた。

チャーターされた船は豪華仕様で、自然同僚たちのテンションは上がっている。

上司でさえもウキウキとした空気を抑えきれずにはしゃいでいるのにため息を付きながら、進は黙って窓の外を流れる景色を眺めていた。と言っても、さっきまで見えていた島影はもう何も見えず、今は太平洋の上にぽっかりと浮いているように見えるほど、海上には何も無かった。

ここに居るのは総勢24人の同じ会社の人達ばかりだ。

現地まで同行してくれる添乗員が一人居て、若いが落ち着いた風情のしっかりとした威厳のある男だった。

つまりは、船を運行している人以外でここに居るのは、25人の男女だった。

「あのう、添乗員さん。」若い事務員の北村真琴が同僚で仲のいい大西舞花と共に話しかけているのが見える。何もない景色に飽き飽きしていた進は、思わず耳をそばだてた。「ええっと、原さん、でしたっけ。あの、あとどれぐらいで着きそうですか?」

原と呼ばれた添乗員は、微笑んで答えた。

「そうですね。ここまでもう4時間ほど来ておりますし、もうそろそろ目的の島が見えて来るはずですよ。」

微笑むその顔は、とても整っていて、その雰囲気はどこか人間離れしているようにも見え、真琴は思わず知らず頬を赤らめた。

「良かった!酔い止め飲んでるから大丈夫なんですけど、そろそろ船も疲れて来たなあって思っていたので。」

原は、頷いて窓の方を見た。

「あの島は静かなホテルを建てるために買い取られたものですので、本土からは少し遠いですよね。ですが、きっと気に入って頂けると思いますよ。苦労して、オーナーに頼み込んで使用許可を取ったのです。普通なら、オーナーの友人達がお忍びで寛ぐためだけに建てられたものですので。」

舞花が、横から割り込むように言った。

「まあ。だからホテルといっても従業員は居ないって言っていたんですね。」

慎一郎は、舞花へと視線を移して、頷いた。

「はい。自炊しなければなりませんが、それでも食材は運ばせてありますから。皆さんが10日間ゆっくりと寛いでくださるには、充分だと思いますよ。」

舞花は、原と視線が合って顔を上気させる。そんな三人を横目に見て、進は小さくため息をついた。10日間も会社の連中と一緒に居なければならないなんて。

何が何でも行って来いと、名指しで数人が指名され、後は募集されていた。あまりに残業残業と居残り過ぎたために、上司から強制的に休暇を与えられたような感じだった。

…残業しないと、生活苦しいんだから働かせてくれよ。

進は、心の中で悪態をつきながら、回りの空気には馴染めずにいたのだった。


それから一時間ほどして、島はその姿を現した。

原が言っていた通り、その島は小さく、島全体が建物であるように見えた。

実際は小高い島の上部に張り付くように大きな建物があり、回りには同じような島は全くなく、完全に孤立したような状態だった。

最初近づいて行く時には見えた砂浜も、ぐるりと回り込むと無くなって小さな港が見えて来た。その桟橋に船がつけられると、原が立ち上がって皆に言った。

「長い時間お疲れ様でした。それでは、下船して建物へ向かいましょう。中は準備されてあるはずですので。ご自分のお荷物は、各自でしっかり管理して持って出てくださいね。」

島に近付いて来た時から、もう船旅に飽きていた一同はすっかり下船準備は整っている。そんな姿に苦笑しながらも、原は先に立って甲板の方へと歩いて行ったのだった。


船を降りると、建物へ向かって長い坂道が続いているのが見える。

船の中では元気だった皆も、荷物を抱えてその坂道を登って行くにつれて無言になって行く。

突き当たりには、高い塀があって、そこには重厚な鉄の両開きの大扉があり、原が近付くと、音を立てて奥へと開いた。

原が、何のためらいもなく足を進めて行くのに、もはや無言の一同は従った。

正面には、普通のホテルと同じように、ガラス戸があり中が透けて見えた。全員が大扉を抜けたところでまた、自動扉なのか鉄の大扉は音を立てて閉まり、最後尾の進はビクッと肩を震わせて振り返った。

それを感じ取ったのか、先頭を行く原が振り返って笑った。

「ここは、中庭になります。一見アンティーク調ですが全てがハイテクなので、その大扉も自動で開閉しますよ。」と、開いたガラス戸を抜けて中へと入って行く。「どうぞ、中は空調も聞いていて涼しいですから。」

言われた通り、中へと進むとそこは、ひんやりとした空気が心地よい豪華な空間だった。

天井からは大きなシャンデリアが下がり、床には何やら高そうな赤いペイズリー柄の絨毯が敷き詰められている。

正面には、幅の広い、テレビぐらいでしか見た事がないような緩やかな階段が、一度左へと折れて、また上へと繋がっていた。

「すごいわ…!ホテルっていうより、どこかの御屋敷みたい。」

女子のうちの一人が言う。疲れて無言になっていたのに、そんなことは吹き飛んでしまったらしい。

そんな中、原はキョロキョロと回りを見回した。

「…あれ?」

と、側のカウンターテーブルの上に乗っている上から押して鳴らすタイプの、金属の呼び鈴を鳴らす。

チンと甲高い音がしたが、辺りは静まり返っていた。

「…申し訳ありません、スタッフがお迎えして対応させて頂くはずでしたのに。」と、困惑気味に皆を振り返った。「とりあえず、応接室へ入って頂きましょうか。こちらです。」

原は、左側へと廊下を歩いて行く。

少し不安になったが、皆がその背を追って廊下を進んで行った。


正面に、両開きの大扉が見える。そこを開くと、とても広々とした居間らしき部屋が広がっていた。

進は、それを見てホッとした…とりあえず、休むことは出来そうだ。

隣りに居た、同僚の長田恭一(ながたきょういち)が言った。

「お、広いな。この暖炉ってレプリカか?」

脇に、暖炉があるのだ。その前には、楕円形の大きなテーブルがあり、そしてその回りには、この場にはそぐわないがっちりとした金属の椅子が無数に備え付けてあった。

奥の窓際には大きな窓が海を向いてあり、素晴らしいパノラマだった。そろそろ日暮れなので、空が赤く染まりつつあるのも良く見えた。その窓の前には、大きな座り心地の良さそうなソファがいくつも置いてあり、この人数でも余裕で収容できそうだった。

だが、進が気になったのは、暖炉の上に、天井から吊り下げる形である、大きな二つのモニターだった。

「…テレビが二つある。リモコンはどこだ?」

原が、ためらったような顔をした。

「テレビは、無いはずでした。少なくても、私はそう聞いていたので。ここは、俗世から離れるための場所なので、通信手段もインターネットだって使えない。衛星電話だけが唯一通じるのです。」原は、自分の荷物を脇へと放り投げると、今入って来た扉へと向き直った。「とにかく、私はスタッフを探して来ます。どういうことなのか聞いて来ないと、私が聞いていたのとは違うようですので。お待ち頂いていいでしょうか。」

そこでは一番年上で上長に当たる、松本善治が手を振った。

「ああ、オレ達はソファにでも座って休ませてもらうよ。」と、皆を促した。「さ、荷物はそっちの隅に一旦かためて置いておいたらいい。座ろう。」

みんなが頷いて荷物を置き始めると、原が出て行こうとするのをまるで引き留めるように、暖炉上のモニター二つがパッと着いた。そこには、青いバックに白い文字で、こう書いてあった。

『ようこそ、高潔なゲームの館へ。まずはお寛ぎください。こちらでのサービスについてお話し致しますので、テーブルの前のお名前があるお席へどうぞ。』



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