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バッジが知らせるもの

「しかし暑いな」


外に出た瞬間。

容赦なく体に刺さる太陽の光。

高く並ぶ建物の影に入り込むも、ワイシャツの下のじめっとした汗が気持ち悪く、口からポロっと溢れ出てしまった。


「こんなに暑いのに今日から新学期などと。こんな時人間として生活するのは大変だと思わざる得ないな」


歩きながらネクタイを結び直し、目が隠れる程の前髪を掻き上げながら、銀狐は深く息を吐いて、俺たちより一歩遅れて歩いている黒狐に言った。


「こんな暑いのに平然としてる奴がいるのが信じられないな、お前暑さ感じないんでじゃないのか?」


「いや、かなり暑いが…」


何て言いながらも汗一つかかず涼しげな顔で歩いている黒狐を見ていると、彼のいる場所だけここではないどこか涼しい空間と繋がっているのでは無いかと思うほどだった。


「天狐。あんたはそろそろぉ、このウザい長い髪の毛切ればぁ?」


胸を強調し露出の強い派手目の服を着たオネェの金狐もこの暑さにこれまた派手なハンカチタオルで仰ぎながら、もう片方の手でオレの腰で揺れている銀色の髪の毛をつまんだ。


「こんな長髪に特に思い入れがある訳では無いんでしょぉー?いつまで伸ばすのぉー?見てるだけで暑苦しいんだけどぉー」


「あ、ああそう言えばそうだな」


別に意識的に伸ばしている訳ではなかったが気付いたらこんなにも長くなっていた。

確かに暑苦しいな。


「思い切って短く切ろうかな?…イテっ」


そう言った瞬間首が横にもげるのでは無いかと思うぐらい強く髪を引っ張られた。


「イテー。何すんだよ、セルリアン」


すぐ隣にいる彼女は唇を震わせながら俺を見上げていた。

つり上げ見開いた藍色の瞳に見える

鋭い光に、『怒っている』、直感的にそう思った。

しかし、何故彼女が怒っているのか全く見当がつかなかった。


「お前本当に髪の毛切るつもりなのか?」


「え?ああ」


「そうか…。…勝手にしろ」


潤んだ瞳を数回瞬きさせてから静かにそう言うと早足で歩いて行ってしまった。

セルリアンらしくないな。

怒る時は思い切り怒る、常に感情をあらわにするのが彼女の長所であり短所のはずなのに。

そんな事より何故彼女を怒らせてしまったのかを考えないと。


「あらぁ、夫婦喧嘩ぁー?あんた何か言ったのぉー?」


俺の思考を邪魔するようにクスクスと面白そうに笑う金狐をガン無視して、右手を顎に充てて考えてると。


「…。髪の毛が原因じゃないのか?」


滅多に俺には話し掛けない黒狐が俺の横に立ちボソッと言ってきた。

きっとセルリアンに忠実な黒狐は彼女の怒りを一刻も早くおさめたいのだろう。


「髪…」


確かにセルリアンが怒る前にしてた会話はその事だが、そんな事で彼女が怒るなんて、思い当たる節は無くてまた頭を抱えてしまう。


「あらぁ、あの子ぉ、誰だっけぇ?シュバルツの事を好きな子ぉ」


金狐がふと前方の坂道を指差すので、そこに目をやると、こちらの様子を伺っている神松智花がいた。

遠慮がちに木の影からこちらに視線を送っていたが、黒狐に自分の存在が気付いた事を知ると慌ててあたふたと挙動不審に動き出した。


「何か用なのかな?」


「ついに告白かしらぁ」


「デリカシーの無い事を言うな、ゾーラ」


「…」


各々適当な事を話ながら、神松に近付いた。


「こんなとこで何をしている?」


黒狐に話し掛けられ、パタパタと唇を動かしているのに何も言葉が出てこない神松を見かねて、『とりあえずお前はあっちに行ってろ』と、先に促す銀狐。


「どうした、何かあったのか?」


「…。は、はい、えっと、その…。これ見てください!」


しどろもどろだったがちゃんと喋れた神松が、以前銀狐の作った九十九神が宿っているバッジを外して見せた。

普段は目立たない茶色のバッジが濁った朱色になっていた。


「これは…」


「今朝からこんな色になってしまって…ジブロさんなら何か分かると思って…」


バッジを裏表にしたりしばらく見ていた銀狐は、首を縦に動かして答えた。


「うん。少し預かってもいいかな?」


「はい。ありがとうございます。そのバッジとても大切なのでよろしくお願いします」


神松はこの中に自分が大切にしていた机に宿っていた九十九神がいる事を知らない。

これからも物を慈しむ心優しい神松の側にいたいと言っていた九十九神にとってこれはとてつもないほど幸福な言葉なのでは無いだろうか?


「しかし…これは…新学期早々また困った事が起きそうだな」


じっとバッジを見詰めていた銀狐の言葉が通り過ぎた車の音と重なった。



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