火男
夕暮れに差し掛かったコンビニの店内。
「…。…。2…。です」
接客業にあるまじき目が隠れるぐらいの赤色の長い前髪。
そして、ボソボソ声で何を言っているのか分からない男性の対応に、
「え?」
思わず聞き返してしまった。
すると、彼はビクッと肩を震わせおどおどとした顔でこちらを見ていた。
「何か小動物みたいだな」
隣にいたセルリアンの言葉があまりにも的を得ていたので思わず吹き出してしまった。
体はそんなに小さくないのに、その挙動不審の態度がそう見せるのだろうか。
目の前にいるの青年は小動物のように見えた。
「え、…。えっと、お、お、お…。282円…す」
小動物くんがさっきよりは頑張って声を出していたけど、それでも、店のBGMに負けてしまいそうな声だったので、精一杯集中して耳をすませたが、やはり聞き取れない。
「ちょ、ちょ、…。お…かり…します」
わざとか?わざとやっているのか?
これで接客業がクビにならないなんておかしすぎるだろう?
それに、もう1つ疑問がある。
こいつが本当に火男なのか?
火男と言うから、めちゃめちゃごつい男を想像していた。
オレの勝手な想像だったが、火男がまさかこんな弱々しい男だったなんて。
会計が終わったのにいつまでも店から出ていかない客に、前髪の隙間から見える少しつり上がったガラスのような青い瞳がオレたちを不審気に映していた。
「あ…。あの?」
「おい、お前本当に火男か?」
うだつの上がらない物言いにしびれを切らしたように言ったセルリアンの一言に小動物のような火男くんは心臓が止まってしまったのかと思うほど体を硬直させてしまった。
オレでさえ、セルリアンの発言に信じられず一瞬固まってしまった。
幸い、店の中には火男くんとオレとセルリアンの三人しかいないからまだ良かったものの…。
って。そう言う問題じゃない。
「セルリアン、唐突すぎる、もっと考えて発言しよう」
オレたち妖は人間世界で身を潜めて生活していると言うこと、さっき雪女のめぐみが話してたばかりじゃないか。
だが、セルリアンは我関せずと言う感じで火男へグイグイと迫った。
「確かにお前の体からは妖の臭いがするが、火男かどうかは分からないから聞いてる。もし、お前が火男ならば少し話がある。今夜お前に使いの物をやるから、私のお社に来い」
彼女の迫力ある言動に今にも魂が抜けてしまうのではないかと思うほど青ざめた顔をした火男を残し、セルリアンは購入したスナック菓子を持ってさっさと店を出ていってしまった。
「ちょ、セルリアン」
まだ一ミリ足りとも動かない火男に軽く頭を下げて、オレはセルリアンの後を追った。