ごく普通の依頼
夏の終わりと言えど、外はカンカンに日射しが照りつけているのに、エアコンさえ取り付けていないはずのお社の中は相変わらず涼しかった。
いや。いつも以上に涼しく感じるのだが…。
夏の今でこんなに涼しいのなら、冬はここにはいることがかなり苦しいな。
小狐が依頼人の前にお茶を運びペコリと頭を下げた。
まだ耳と尻尾を隠すことができずにいる小狐の大きな茶色の尻尾がぶらぶらと揺れている。
社の中には、オレとセルリアンと黒狐、そして、赤狐&小狐コンビと依頼人が座っていた。
今回の依頼人は、年は20代前半と言ったところだろうか…。
肩より長めで黒に近い赤茶色の髪。
二重の黒い瞳は物憂げにオレたちを見ていた。
「で?依頼は何だ?」
セルリアンは彼女から差し出された、羊羹を一口で頬張ると、黙ったままの彼女に問い掛けた。
小さな顔がハムスターのようにプクっと膨らんでやっぱり可愛いなと思ってしまう。
「…。えっと、私、押上めぐみと申します。ここのマンションの4251号室に住んでいます」
「前置きはいい。早く要件を言え。私は忙しいんだ」
「す、すみません。あの…。私…。好きな人がいるのです」
ガチャンと陶器の割れる音がしたと思ったら、その直後、セルリアンが悲鳴を上げた。
「アツ、熱い」
セルリアンの前には湯呑の破片が散らばり、白いワンピースが緑色に濡れていた。
「セルリアン!」
すぐ隣にいるのにあたふたすることしかできないオレと違って、さっと冷たい布巾をセルリアンの元に運び、患部を見て適切な措置をし始める黒狐。
「少し赤くなってしまいましたが、これで冷やしておけばすぐ良くなると思います」
セルリアンはほんのり赤く腫れ上がった白い肌に黒狐から渡された布巾を置いた。
「自分の傷だけ治せないなんて本当に不便な能力だ…、とそんなことより、女!」
バチっと長い人差指で、依頼人を指差した。
「好きな人…?お前そんなくだらない理由で私を頼ってきたのか?そんな理由で私のデートを邪魔したのか?」
怒りモードのセルリアンの言葉は止まることを知らない。
「好きな男がいるなら、こんなとこにいないでさっさと告白してしまえ!そんな勇気もないお前なんかの依頼なんて聞きたくない」
デートを邪魔されたこと、軽い火傷を負ったことでセルリアンの怒りはピークに達していた。
「そして、お前が何でそんなところにいるのだ?」
先程までセルリアンのすぐ横に座っていた依頼人は何故か部屋の片隅に立って、プルプルと震えながらこちらを見ていた。
「す、すみません、少し驚いたもので…」
「ほら、セルリアンさまの形相に驚いてしまわれたのでしょう。とりあえず話の続きを聞いてください」
小狐に悟られたセルリアンはプィと横を向いた。
「確かに、セルリアンさんの言う通りだと思います。告白する勇気のない私がこんなとこにいるなんてお門違いだと思われるかもしれませんが、私には告白する勇気はございます。ですが、告白しようにも彼のこと全く知らないのです。彼の名前も彼がどこに住んでいるのか、はたまた彼が人間なのかどうかも…」
さっきまで怒りで頬を膨らませていたセルリアンだったが、依頼人の最後の言葉にセルリアンはぴくりと反応した。