蒼紫の過去2
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そろそろあの時間が近付いてきた。
雨の降りはどんどん激しくなり、目を開けているのもやっとの状態だった。
寒さを感じる。
村の中心は地獄絵図そのものだった。
あの日から毎日毎日繰り返されるあの日の惨劇。
ぼくたちの村を獣猫が壊していく。
全ての家に火を付け、逃げ惑う人間たちを楽しみながら殺していく。
耳をつんざくような人々の叫び声…。
その中には僕の母親と雪菜の姿もあった。
ああ…、どうしてあの時…。
ここへは二度と来ないつもりだった。
取り戻すことのできないあの日の弱い自分から逃げていた。
どうしてあの時、力を使わなかった?
母親にもう二度と力を使わないと約束したから?
それなら、どうして、今この力を使って時間を戻している?
ああ…、僕は生きていてはいけない人間だった。
それなのに、何故僕だけ今ここにいる?
『みんなを見殺しにしたくせに、何で自分だけ生きている?』
誰かの声が耳に響く。
誰だ?誰の声だ?
その時、泣きわめく子供たちの中で僕の姿が目に入った。
一匹の獣猫が指で僕を持ち上げ、汚い舌でペロリと唇を舐め、もう一方の手を振りかざした。
長い爪が怪しく光る。
恐怖で目を開けていられなくなる。
呼吸困難に襲われて、息ができなくなる。
そうだ、僕はあのまま死ぬべきだったんだ。
『蒼紫』
死を覚悟したその時、母親の声とともに獣猫の体がほんの少し揺らいだ。
え?
重い瞼を開けると、血相を変えた母親が刃物で獣猫のお腹を刺していた。
獣猫は一瞬隙をつかれて、ポカンとしていたがすぐに腹を抱えて笑いだし、
『虫が止まったのかと思ったら、虫は虫でもアリだったな』
言うが早いが、空いている右手で母親を突き飛ばした。
母親はそのまま近くの岩にぶつかり、動かなくなった。
『母さん…』
岩が赤く染まっていく。
『母さん!』
これは現実?
震える叫び声は雨音に飲み込まれる。
『大丈夫、すぐにママの元に送ってやるよ』
悔しい、悔しいけど、何もできない。
僕は母さんを守れなかった。
僕には…。
怒りで頭がおかしくなる。
この震えは寒さによるものじゃない。
獣猫を睨み付ける。
『お。お前、少し混ざってるな…』
獣猫は面白そうに僕の顔をまじまじと見つめ、パッと手を離した。
『殺すのはやめとこう。自分の血に感謝するんだな』
奴はそう言うと残りの子供たちに爪を向けた。
何を言っている?
自分の血…?
分からない。
人々の声が聞こえなくなる。
雨の降りが更に激しくなる。
僕は…僕だけが生き残ってしまった…。
僕は震える足に力を入れ、よたよたと母親の方に向かった。
近付く度に真実が近付いてくるのは分かっていた。
『母さん……、母さん、ごめんね、ごめんね、母さん』
誰もいなくなった村で、僕は動かなくなった母さんを抱き締めた。