蒼紫の村にて
足場の悪い道をセルリアンと蒼紫に続いて歩いていた。
何故かオレの姿は蒼紫には見えて無いらしく、オレの声はもちろん、草を踏む足音も聞こえて無いらしい。
「セルリアンに会えて本当に嬉しい。もう二度と会えないのかと思ってたから」
蒼紫の手はしっかりとセルリアンの手を握っていた。
セルリアンも蒼紫の歩幅に合わせて、蒼紫が歩きやすい道を先導していた。
後ろから見ると姉弟のような二人。
そう言えば、1000年前のセルリアンは今と違って面倒見が良かったことを思い出した。
常にオレの側で細々とオレの面倒を見てくれた。
まるでおままごとの続きのように、楽しそうに料理をしたり掃除をしたりしていた。
今、黒狐に家事全般をやらせているセルリアンからは想像もつかないが……。
じっとこっちを睨むセルリアンの視線を感じた。
オレの心の中を読まれていたのかな?と肩をすくめた。
「みんな、セルリアンが来てくれたよ」
それから、十分ほど歩いたところで蒼紫は立ち止まり民家の並ぶ集落の前で、大きな声を上げた。
蒼紫の声に反応して、民家から一人また一人と出てきた。
「おかえり、蒼紫」
細身で蒼紫によく似た女の人が蒼紫をぎゅっと抱き締める。
抱き締めた時に、薄紫の長い髪が蒼紫の顔にかかった。
「くすぐったいよ……、母さん、セルリアンだよ」
蒼紫から体を離した母親がセルリアンをじっと見つめた。
「いつも蒼紫と遊んでくれてありがとう」
ん?
今オレを見て言わなかったか?
不思議なことに、彼女の視線は真っ直ぐにオレの目を見ている気がした。
セルリアンも違和感に気付いたらしく、オレを見上げていた。
「……にしても、『獣猫』に襲われたにしては村も人も元気そうで良かった」
違和感を感じていながらもセルリアンは村を見渡し、呟くように言った。
確かに。
パッと見たところ村は荒廃した様子など全く無く、キレイなままだった。
ゴトンと何かが落ちる音がした。
こちらに近寄ってきた一人の少女が両手いっぱいに抱えていた果物を落としてしまったのだ。
「ご、ごめんなさい」
髪を無造作に一つに縛った一人の少女は慌てて果物を拾い始めた。
「ん?お前、雪菜か?」
少女の様子を眺めていたセルリアンが腰を屈めて少女の顔をのぞき込んだ。
少女は、びくっと肩を震わせてからこくりと頷いた。
「セルリアン、帰ってきてたんだ……」
色白で黒目がちの大きな瞳、一度見たら忘れられないようなはっきりとした顔立ちをした女の子だった。
「もう帰ってこないと思ってた」
帰ってこなくて良かったのに、と言うような口調だった。
「ここが『獣猫』に襲われた言うのは本当か?」
セルリアンの言葉に、ぐっと唇を噛み目を泳がせていた雪菜は蒼紫に目をやったが、蒼紫はただ小さく首を振っていた。
二人の間に静かな空気が流れる。
「それより、久し振りに来たんだからゆっくりしてってね」
蒼紫は満面の笑顔でセルリアンの手を取った。
「ラビル、お前、雪菜を見てにやけたりしたらその目を潰すからな!」
見た目は幼くて可愛いのに、やっぱりセルリアンはセルリアンのままだった。
ヤンデレ健在のセルリアンにオレは首を竦めた。