後悔しないように
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去年の夏、学生の頃から付き合っている彼、智輝の住むマンションの屋上から花火大会を見ていた。
花火大会も終盤に差し掛かった頃、何の前触れもなく、智輝にプロボーズされた。
今まで生きてた中で一番嬉しい出来事で、すぐにでも返事がしたかった。
でも……。
智輝は大学を卒業して、自分が一番働きたかった会社でちゃんと働いている。
それなのに、その時の私ときたら……。
名前ばかりの就職浪人。
第一希望の会社に落ちてから、就職なんてどこでもいいやって感じで適当な生活を送っていた。
そんな私がこのまま結婚?
智輝に正直に自分の気持ちを話したら、優しい智輝はそんな私をそのまま受け止めてくれると思う。きっと、私もその優しさに甘えて、智輝との結婚を選んでしまうだろう。
そんな逃げみたいな気持ちで、智輝と一緒になりたくなかった。
だから、あの時すぐに返事できなかった。
でもね、今思えば、正直に話さなかったこと後悔してる。
その事であなたをずっと苦しませてごめんね。
私が亡くなった後のあなたが何度もあの屋上に足を運ぶのを見ていた。
優しいあなたがいつかそこから、私の後を追ってしまうのではないかと、それだけは止めなければと……。
そして、私は与えられたほんの少しの時間でもう一度あなたに会って伝えたかった。
私は心からあなたを愛していた、と。
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「弥生……」
彼女の話を聞き終えた清水が彼女に近付き、触れようとしたが触れることはできなかった。
「こんなに近くにいるのにもう触れることもできない……どうして、どうして……」
人の死はいつ訪れるか分からない。
こればかりは、誰にも予想できないものだから。
愛する人の死……、それを受け止めるには長い長い時間が必要だろう。
そこで、はっとした。
セルリアンもオレの死を目の当たりにしたのだ。
セルリアンは……、その時のセルリアンはどんな思いだったのだろう……。
この世界で初めて会ったとき。
『だいたい来るのがおせーんだよ』
確かにそう言ってた。
セルリアンは、オレの死を認めてなかった?
オレが再びセルリアンの元に姿を現すと……。
それこそ1000年も待って、1000年オレが現れるのを待っていたセルリアン。
しかし、普通の人間はそんなことできない、愛する人の死を受け止めなければならない。
『私、もう行かなくちゃ……ごめんね、智輝』
誰が悪い訳でもない、運命には抗えない。
清水が何か言おうと口を開きかけたが、先程の温かい風がまた弥生を包み込んだ。
彼女は清水に最高の笑顔を見せたまま姿を消し、また扇風機の音しか聞こえなくなった。
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「やっぱり、誰かを想う気持ちっていいな」
清水の家からの帰り道、いつも通りに戻ったセルリアンがぽつりと言った。
清水はオレたちに何度も何度もありがとうと言っていた。
表情は優しい笑顔だった。
もう、彼は大丈夫だろう。
「セルリアン、あの霊が体に入ってる時の記憶ってあるのか?」
オレの問いにセルリアンはこくりと頷き、鬼のような恐ろしい形相を見せた。
「ああ、お前が金狐とキスしてたとこもちゃんと見てた、死ぬ覚悟はできてるんだろうな、事が事だから、楽に死ねると思うなよ、まず、誰も触れられないように手を切り刻み、誰も見れないように目を潰し、えぐりとった心臓は大切なお前の形見だ、いかなるときも離さずいつも持っていることにしよう」
恐ろしいことを言ってるはずなのに、その言葉を聞いて安心してしまう自分がいた。
いつものセルリアンだ。
「何笑ってるんだ?早く実行にうつしてほしいのか?よし、早く家に戻るぞ」
オレの手を引っ張るセルリアンの手を逆に引っ張り返した。
バランスを崩したセルリアンがオレ胸に寄りかかった。
「な」
「ごめんな、セルリアン。オレはこれまでもこれからもセルリアンの手をずっと離さないから」
今言いたいこと、今言わないと後悔するから。
オレはセルリアンを強く抱き締めた。