愛する人への想い
扇風機の回る音がやけに大きく聞こえる。
猫舌の黒狐はようやくお茶が飲めるぐらいに冷めたらしく少しづつ飲み始めた。
立ち上がったセルリアンは清水と言う男を見て、もう一度はっきりと言った。
「彼女さまは清水さまのことを本当に愛していました」
セルリアンの発言に今まで温厚な顔を見せていた清水が険しく表情を変えた。
「この話をすると友達を含めた周りの人たちはたいていあなたと同じその言葉を言う。だけど、あなたたちは彼女のこと何も知らないでしょう?その慰めの言葉が僕にどれだけ苦痛を与えているか分からないくせに」
興奮したその話し方にオレと黒狐は少し驚いたが、セルリアンだけは動じた様子は無く毅然としたまま続けた。
「清水さまはご自分が愛した人の事を信じられないのですか?」
「彼女はいつも真っ直ぐ自分を見ててくれた、そんな彼女の気持ち信じていない訳がない。だけど、だけど……」
失ってしまってからは遅い。
彼女の本当の気持ちなんて今となっては誰にも分からない。
誰にも分からない……はずだった!
急にセルリアンがキッチンに向かい、食器棚の引き出しを開けて、何かを探し始めた。
「?」
「セルリアン、何してるんだ?」
人の家のキッチンを勝手に……。
オレはセルリアンの側により、セルリアンの手を止めた。
「離してください」
セルリアンの大きな瞳がオレを写した。
その時はっきりと分かった。
違う!
何で今さら気付いたんだ。
彼女は、セルリアンじゃない。
「お前は誰だ?」
セルリアン……、いや、セルリアンの姿をした女性は、きゅっと唇を結び、再び何かを探し始めた。
「あ、ありました」
彼女の手にはピンク色で表紙がしっかりとした小さな小さなノート握られていた。
「それは……?」
「清水さま、これを」
そのノートを見た瞬間、清水は口元を手で押さえた。
「これ、どうしてここに?もうとっくに無くしたものかと思ってた……、どうして、君がこのノートを……?」
清水は震える手でそのノートを受け取り、パラパラとめくった。
「あー、懐かしいな、こんなことあったっけ?」
清水がしみじみとした口調でひとりごちた。
「これは、清水さまと彼女さまとの交換日記ですよね」
彼女の言葉に、え?と言うような顔をしたが、こくりと頷いた。
「清水さま。最後のページご覧になったことないでしょう?そこに彼女の本当の気持ちが書き記されています」
ノートを半分ほど読んでいた清水はページの先をめくることに躊躇しながらゆっくりとゆっくりと1枚づつめくっていった。
そして、最後のページにたどり着いたのだろう。
目が文字を追っているのが分かる。
少しづつ潤んでいく瞳。
「あ……、まさか……彼女が……これって?」
赤い目をした清水が、セルリアンの姿の彼女を見た。
ふわぁーと温かい風が吹いた。
その風がセルリアンを包み込み、セルリアンの姿が清水の部屋に飾られていた写真の女性の姿に変わった。
「智輝……、やっと私の気持ちにたどり着いてくれたのね」
清水の瞳が大きく見開く。
「弥生?まさか、そんな……」
「智輝。会いたかった。ずっとずっと会いたかった。智輝、私ね、あなたのことずっと心配だったの。あなたって心が弱いとこあるから、私の後を追ってしまうのじゃないかと……」
死んでも尚愛しい人を思い続けていた彼女の魂は、彼を見守り続けていた。
彼に伝えたかった想いを……彼女の遺した想いを、伝えたくて、届けたくて、彼女はずっと彼を見続けていた。
どんなに近くにいても、自分の声が届かないと分かっていたのに。
好きな人に自分の気持ちを伝えられないことが……。
それが、どんなに辛いことが……。
「私の残された時間は僅かしかないから、貴方に伝えたかったことここで話します」