誰かを想う気持ち
「こんばんわ」
屋上の隅にいた男性は、オレの声にびくっと体を震わせて振り返った。
小柄で性格の良さそうな感じのする小太りな青年だった。
「……こんばんわ」
青年は様子を伺うようにじっとこっちを見てから応えた。
「ここで何をしてらしたのですか?」
立ち上がった男性と目線を合わせてセルリアンが問い掛けると、青年はバツが悪そうな顔をしてから手元の花とセルリアンを見比べて、頭を下げた。
「花火大会の後に……、何かすみません」
「もし宜しければお話聞かせていただけませんか?」
青年はしばらくじっとセルリアンを見て、「あまりいい話では無いですが」と前置きをしてから話し始めた。
「つい数週間ほど前に、僕の大切な彼女が事故で亡くなりまして……。彼女の誕生日の今日ここから花火を一緒に見ようと約束していたもので、つい……。みなさまの楽しい雰囲気を台無しにしたら悪いと思い、人がいなくなってから手向けようと思ったのですが……、まだいらしてたことに気付きませんでした。すみません」
話しながら青年の頬を涙が伝った。
「辛いことを話していただき申し訳ありませんでした」
セルリアンがポーチからハンカチを取りだし、青年に渡した。
「あ……、いえ、こちらこそすみません」
青年は自分の涙に初めて気付いたようで、慌てて手の甲で涙を拭った。
「もう一生分の涙を流したと思っていたのですが……」
「人が人を想う気持ちはとても大切なものです。特に誰かのことを愛しいと想う気持ちは人間の感情の中で一番強い気持ちだと思います。大切にしてくださいね。一生分の涙なんてそう簡単に流しきれませんよ」
セルリアンは青年の肩に優しく触れた。
「また何かありましたら、お話聞かせてください。聞くことしかできませんが……」
『ありがとうございます』
青年はそう言って、屋上から去って行った。
「屋上に現れる霊って、あの男の彼女の霊なのかな?」
霊らしき物が現れるようになった時期も重なる気がするし……。
でも、そうだとしたら何故男性の前では無く、屋上?
花火大会の約束をしていたから?
いや、それなら今日現れるべきだろう?
「なぁ、セルリアン?どう思う?」
いつもなら先に話し出すセルリアンが無言のままだったので聞いてみると……。
「セルリアン?」
セルリアンが泣いていた。
「どうした?セルリアン?またさっきのこと思い出したのか?」
まさか、またさっきの金狐とのキスのことを思い出して泣いているのか?
「セルリアン、あれは事故だ。だから泣かないくれ」
いつものセルリアンらしく、
『また私を一人にしたらその時は死んだ後もお前の魂を追いかけ、天国でも地獄でもない、闇の中に閉じ込めておくからな』
ぐらいの言葉を言ってくれよ……。
泣いているセルリアンは見たくない。
「あれ……私、また泣いてた……、ごめんなさい……」
セルリアンは先ほど青年のために差し出したハンカチで自分の涙を拭いた。
一通り泣いてから、オレを見上げ、
「ラビルさま。これからも私は永遠にラビルさまをお慕い申します。永遠にお側に置いてください」
今までと違った表現の愛の言葉だったが、こんな風に自分のことを思ってくれる誰かがいること、そして、それを受け止められる自分がいる。それはとても幸せなことなのではないだろうか?
オレはセルリアンの頭を撫でてから、ぎゅっと抱き締めた。