花火の後の……
花火大会も終わり、人の姿が一人一人と消えていく。
「私も帰りますね。今日は誘っていただいてありがとうございました」
金狐がペコリと頭を下げて帰ろうとする神松を止めた。
「黒嶺シュバルツー、こんな時間に女の子一人で帰すなんてできないわよねぇ。もちろん送って行ってあげるわよねぇ」
黒狐は、まぁ、そうなるだろうと予測していたみたいで、小さく息を吐き、浴衣姿のセルリアンを心惜しそうに見てから、神松の前に立った。
「大丈夫です、一人で帰れます」
「送って行くよ、帰ろう」
遠慮がちに断る神松に、黒狐は表情こそ変えなかったけど、優しい口調で言った。
その時の神松の嬉しそうな笑顔。
「黒狐って意外に女の子に甘いわよねぇ」
二人の背中を見送りながら、さてととセルリアンに近付いた。
「セルリアン、あんたどうしちゃったのぉ?そんなに潮らしくなっちゃってぇ、私のこと分かるぅー?」
ぐいぐいと詰め寄る金狐に、若干引き気味ながらも。
「ゾーラさんですよね?」
そう答えた。
「うーん、記憶を失ってる訳じゃないのよねぇ。どうしちゃったのかしらぁ?」
心配しているような口振りではあったが、表情から察するに、金狐はこの状況を楽しんでいるようだった。
「セルリアンには散々恨み……間違えたぁ、たくさんの恩があるから心配ぃー」
体をくねくねと動かせ、セルリアンの周りを2、3周してから、そうだとパチンと指を鳴らした。
「ラビルぅー。私ねぇ実はぁ前からあなたのことが好きだったのぉ」
急に、オレの肩に両手を掛けてきた。
な、何を……。
「おい。くだらない冗談やめろよ」
「冗談なんかじゃないわよぉ。今までセルリアンの束縛が強すぎてぇ、打ち明けられなかっただけよぉ」
豊満なボディをこすりつけてきて、潤んだ瞳でオレを見上げ、次の瞬間……。
一瞬の隙のキス。
「おい」
ふざけるな、オレは金狐の体を引き離した。
こんな場面セルリアンが見たら、オレの命も金狐の命も末梢される……。
ただ殺されるだけならまだしも、死の直前までいたぶられながら想像を絶する苦しみを与えられるだろう。
「せ、セルリアン、これは事故だ」
慌てて、セルリアンを見ると、怒りに震えているセルリアンはそこにはいなかった。
ただ今にも泣き出しそうな表情でオレを見ているセルリアンがそこにいた。
苦しかった。
いつものように罵倒された方が百倍も千倍も楽だった。
「あらら、まさか泣くなんて思ってなかったぁ」
金狐の軽い口調にムカッときたが、今はそれよりもセルリアンの側に行く方が先だった。
「セルリアン、ごめん」
セルリアンは何も言わず下唇を噛みしめていた。
「セルリアン?」
腰をかがめ、セルリアンの目を見つめる。
今にもこぼれ落ちそうな涙をぐっとこらえて、
「私は大丈夫ですよ。ラビルさまのお心を信じておりますから」
胸が捕まれる思い。
「セルリアン……」
「おい、天狐、あれを見ろ」
オレの言葉を銀狐が消した。
「今それどころじゃ……」
「いいから、あそこ見てみろ」
今はそれどころじゃないのに、仕方なく銀狐の指差す方向を見ると、屋上の隅に花を手向けている男性の姿があった。
「あの男が何か知っているかもしれないぞ」
確かに……。
でも、今は……。
「ラビルさま、私は大丈夫です。あの方の話を聞きに行きましょう」
健気に笑顔を見せるセルリアンの姿が痛々しかった。