まだまだおかしいセルリアン
また改めてここに来る、と言って慌てふためいた様子で黒狐は部屋を出て行った。
いつもと全く違うセルリアンとまた二人きりになってしまった。
いつもだったら、昼までのこの時間、部屋の中央にあるソファーで二人並んで座りながらテレビでも見て、
『ラビル、何故お前はそんなに美しいんだ、愛しい愛しいラビル、お前を殺して私も死ぬ。そして、あの世でも来世でも一緒にいよう』
などと言ってキスをせがんでくるのに。
黒狐が帰った後も、甲斐甲斐しく動いて掃除を続けている。
何か不思議な感じだな。
ここの世界にきたときは、セルリアンの以前と全く変わってしまった性格に驚いて、昔の純粋なセルリアンはどうしたのだろう?と思っていて、いつか戻るかな?と思っていたのに、今のセルリアンを見ていると、いつもの束縛するセルリアンに戻って欲しいと思ってしまう。
まぁ、それでも……。
「あつ……」
お昼ご飯の用意をし始めたセルリアンは、沸騰した鍋の火を慌てて止めようとして手を触れてしまったらしい。
「大丈夫?」
セルリアンの隣に立ち、
「手見せて」
と言うオレの顔を見上げるセルリアンの瞳が嬉しそうにパチパチと瞬きをした。
それでも……。
結局、オレはどんなセルリアンのことも好きなんだなって。
セルリアンを見る度に思ってしまう。
「うん、火傷にはなってないな。オレも手伝うよ」
「ラビルさまにそのようなことさせられません。ラビルさまはお席についてお食事が運ばれてくるのを待っていてください」
「いや、二人で食べるものなんだから、オレも手伝うよ」
「いえ、いけません」
なんて二人で言い合っていたら、勢いよく玄関の扉が開いた。
「セルリアンがおかしくなったって本当か?」
「セルリアンさまー」
子供たちの高い声がした。
この声は……小狐と赤狐だろう。
「黒狐が一人でぶつぶつ言いながら、マンションの階段を上ったり降りたり繰り返してるから、何してんだよ?って聞いたら、セルリアンさまの様子がおかしいって言うから見にきた」
いつもの冷静な黒狐はいずこに?
しかし、この二人は実に楽しそうにセルリアンの側にまとわりついていた。
「なー、セルリアン何かあったのか?」
「クラウスさまとホアンさま。ただいまお昼の用意をしているのですが、一緒に食べていきませんか?」
赤狐と小狐は顔を見合わせて、次の瞬間同時に吹き出した。
「本当だ、セルリアンさまがおかしい」
「どうしたんだ?」
セルリアンはそんなこと気にせずに、突然訪れた二人にオレンジジュースを差し出した。
「毒でも入ってるんじゃないか?」
と言って、クンクンと匂いを嗅いでから飲み始める二人。
「あ、そう言えば、マンションの住人から依頼されていたことがあったけど、セルリアンさまがこんな状態じゃ、ゾーラ辺りに頼むか」
ホアンは、ぴょんと椅子から飛び降りて部屋を出ていこうとしたが、
「おい、せっかく来たんだから依頼話していけよ」
オレは小狐の首ねっこを掴み持ち上げた。
「話すから離してよ」
小狐は残りのオレンジジュースを美味しそうに飲みながら話した。
「マンションの住人の何人かが毎晩毎晩、屋上で泣いている女の人を見かけるんだって。話しかけても何も答えてくれないし。どうしていいか困ってると目の前で女の人が消えるらしいんだ。幽霊か何かのトリックか分からないし、そもそもこのマンションの住人以外ここに入ることはできないし、どうしたものかと……」
幽霊?
まぁ、確かにそのような存在いないとは言い切れない。
だが、幽霊ならオレたちがどうのこうのして何とかできる相手じゃない気がするし。
頼みのセルリアンはこんな状態だし……。
しかし、話を聞いていたセルリアンがぽつりと言った。
「その依頼引き受けてください」