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「おはようございます、蔵田さん」
もうすぐ夏休みと言う中、投稿途中の生徒たちの足取りはいつもより軽く感じられた。
そんな中、背後から一人の女子に声を掛けられた。
その声にオレはぼんやり、そう言えば、セルリアンの人間での名字は蔵田と言う名だったな。
と思っていた。
セルリアンの後ろには、髪を肩まで切り揃えた、神松友香がいた。
しかも、裸眼になっていたので、一瞬誰か分からなかった。
セルリアンもそれは同じだったようで、
「神松か?ずいぶん雰囲気が変わったな」
と言ってから神松の隣にいる黒狐を見た。
「黒嶺、今日もご苦労だったな」
あの件から、一週間が過ぎ、黒狐は登下校必ず神松の側にいて、休み時間などもできる限り神松と過ごすようにしていた。
そこに一抹の不安があった。
何故だかは分からないが、黒狐は人間の女にやたらとモテる。
人間の女と言うのは、自分が好意を持ってる相手が他の異性と仲良くしているのを見ると、激しく嫉妬してその矛先が意中の相手では無く、相手の異性に向かうと、ゾーラが教えてくれた。
それを聞いてから、黒狐を神松に近付けたのは逆効果なのではないかと心配になったオレはセルリアンにその事について聞いてみた。
すると。
「ああ、それなら心配ない。シュバルツは軽いテレパスの力を持ってるから人間の心を操るぐらいなら容易にできるはずだ」
あっさりとそう言ってた。
それなら、神松はしばらくは安全と言うことか……。
「根本的ないじめの解決にはなっていないが、これで神松はいじめの標的から外れたはずだ」
現に、神松はあれから落書きされることも下駄箱を荒らされることも無くなったようだ。
「人間には根底に秘めた力があるから、ネガティブの時はネガティブの空気がまとわりつくが、ポジティブになれればポジティブな空気が背中を押してくれる」
今朝雰囲気の変わった神松を見て、セルリアンの言うことはあながち間違いではないなと思った。
「もうすぐ夏休みだ。夏休み明けた頃には、お前へのいじめは無くなっているだろう」
セルリアンが神松に話かけると、神松は心の底から安心したような笑顔を見せた。
しかし、その直後。
「おい、ラビル、神松のこと見すぎだぞ」
烈火の如く起こるセルリアンがいた。
「いやいや、違う、オレは神松の胸元についてるバッジを見てるだけだ」
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あの時……。
九十九神が姿を現したあの夜。
「私はこれからも友香の側を離れたくありません」
そう切なに願う九十九神の願いをシブロが叶えると約束した。
「確か神松は、黒狐と同じ風紀委員だったな。風紀委員はバッジをつけてる方が格好つくな」
一人言のようにそう言ってから、セルリアンに提案した。
「オレが風紀委員に特殊なバッジを作ろうと思います。もちろん、その特殊なバッジは神松のみですが……神松のバッジのみ御度の高い特殊なバッジを作り、その中にいつも九十九神を入れておけばいいのではないでしょうか?バッジはこれからもあらゆる災難から神松を守り、九十九神はこれからも神松の側にいられる」
シブロの言葉にセルリアンは、おおーと歓声を上げた。
「さすが、シブロ。今宵お前を同行させて良かった」
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「む、胸?胸を見てたと言うのか?」
セルリアンの怒りが頂点に達したようだ。
ご、誤解だ、セルリアン。
「これから家に戻ってその眼球をえぐりとってやる」
やばい、本気だ……。
オレは黒狐に助けを求めたが、黒狐は相変わらず表情を変えずに静かに見ていた。
その様子を黒狐の隣の神松は楽しそうに見ていた。
そして、神松の胸元のバッジもキラリと暖かく光っていた。