神松友香2
「いじめられるようになったはっきりとした原因は分かりません」
夕暮れ時、西陽の当たる理事室の中で、ようやく泣き止んだ神松は鼻声のまま話し始めた。
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カーテンから射し込む光が暖かい。
こんなにいい天気なのに、心は薄暗いまま。
どうして、また朝がきてしまったのだろう?
昨日の夜、永遠に朝が来ないことを願っていたのに。
部屋中に目覚まし時計の音が鳴り響く。
今日もいつもと全く変わらない時間が動いている。
急いで学校に行く用意をしなきゃなのに、体が動かない。
私は学校に行きたくない。
あの教室に入りたくない。
私を見てクラスメイトたちのバカにして笑う姿。
私のかわいそうな机、ロッカー、下駄箱……。
教科書の落書き、SNSの卑劣な中傷。
もう耐えられない。
でも……。
いじめられてることを家族の誰にも知られたくない。
学校に行くしかないって分かってる。
たとえ、今日、仮病を使って休んだとしても、いじめはSNSの中で進んでいく。
どこにも私の居場所がないことをイヤでも思い知らされる。
私は深呼吸をして、ベッドから降りて、制服に着替え、何ともないような顔をして食卓につく。
箸を持つ手が重い。
気持ち悪くて、食事が喉を通らない。
私はいつまでこんな生活をすればいいんだろう?
誰かに私のこと気付いてもらいたい。
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「一人でそんな辛い思いを抱えていたのか」
神松の真向かいのソファーに座っていたセルリアンが拳を握りしめて立ち上がった。
「首謀者は一体誰なんだ?」
神松は小さく首を横に振った。
「分かりません」
「そうか……」
セルリアンは何かを考えるように遠い目をして、ぶつぶつ言い始めた。
「彼女を一人にするのは危険なのか?しかし、チクったと思われるのも不愉快だ」
それから、神松と目を合わせ、
「これからは私たちがお前を守る。決して一人だと思うな」
はっきりとした口調で言い切った。
私たち……?
それはオレも入ってるのか?
いや、嫉妬深いセルリアンのことだから、オレは数に入れてない気がする。
「お呼びですか?」
理事室をノックしながら、どこからか黒狐が現れた。
「おお、シュバルツ、今日からお前がこの神松と登下校を一緒にしろ。それとなるべく休み時間なども彼女から目を離さないように」
黒狐は、躊躇いがちに神松とセルリアンを見比べて、小さく息を吐いてから、首を縦に動かした。
「分かりました。それでは、これから彼女を家まで送って行きます」
シュバルツが神松の前に立ち、
さっ、帰りましょう。
と言う仕草をすると、彼女の顔がみるみる赤くなるのが分かった。
「ラビル、人間って言うのは弱い生き物だな。一人の時はとても弱いのに集団になるとたちまち自分は強いと勘違いして、誰かを傷付ける。人が自分のことをどう思ってるのか他人の評価ばかり気になって人の顔色伺いながら生きていく……、そんなんじゃ本当に楽しい時素直に笑えなくなるな」
そこで、セルリアンは窓から、帰っていく黒狐と神松を見送ってから続けた。
「だけど……、一人で生きられないのは私も同じかもな。お前と言う存在が無ければ私はダメになっていたかもしれない。私にはお前がいる、この先何があっても離れるな、私はお前の細胞一つ一つも愛してる」
オレもセルリアンがいなければ生きていけなかった。
今のセルリアンは前と少し変わってしまったがそれでもセルリアンはセルリアンだ。
「さてと。……、いじめの問題は少し置いといて昨日からずっと気にかかっている事件に取りかかろうとするか」
両手をぱっぱっと払い、セルリアンは部屋の隅にいた黙ったままのシブロに話しかけた。
「さぁ、シブロ、この勉強机のところに案内しろ。早いとここっちの問題を片付けないと、この学園の存亡すら危うくなるぞ」
え?
一体何のこと?
「セルリアン?一体何をする気だ?」
きょとんとする俺の顔を楽しげに見ながらセルリアンは答えた。
「妖怪退治だよ」