残酷な願い
「天狐お前は一人きりで生きていく事の辛さがどれ程の物が分かるか?」
以前セルリアンがそんなような事を言っていたのを思い出した。
ここの世界に来てからセルリアンの周りには既に黒狐を始めとして妖狐逹がいたからセルリアンがどのぐらいの時間を一人きりで過ごしていたのかは分からないが、かなりの長い時間一人きりでいたのは間違い無いのではないだろうか?
「天狐、お前の願いは叶えられたのだろう?」
「あ、ああ」
そう。あの死の間際。オレのもう一度セルリアンに会いたいと言う願いは叶えられたから今現在この世界にいる。
「…そうか。おれちんの願いは絶対に叶えられない」
「え?」
「このペンダントに掛けられた願いはおれちんの願いでは無くある少女が掛けた願いによっておれちんは永遠に生かされてる、きっと一番残酷な願いを掛けられたあの日から」
そこで一呼吸置いて視線をセルリアンの方にずらした。
「むかーし、おれちんがただのイタチだった頃、おれちんはある女の子に飼われていた」
透き通るような白い肌をしてお下げ髪がとてもよく似合う女の子だった。
小さく続けて瞳をもっと遠くに送る。
まるで記憶の奥深くにしまったアルバムを開くように語り始めた。
「明るくてとてもいい子でおれちんの事を心から愛してくれた。彼女は早くに両親を無くして一人で生きてきたからおれちんの事本当の家族として扱ってくれた。でも、おれちんの寿命は他の動物と比べると遥かに短く…彼女とずっと一緒に生きていくなんて不可能だった」
少しづつ老いて動けなくなり、食事も食べたくなくなり、目もほとんど見えなくなってきて、このまま死にたくない、彼女の側にいたいのに彼女の姿さえ見えなくなってきた。
「そんな中で魔法の花の花ビラを手に入れた彼女がソレに願いをした。『おれちんがずっと死なないように…』そう、その願いのせいでおれちんは永遠の命を手に入れた…」
追想にふけていたブレットがそれまでとは一転した険しい表情を見せピカッと尖った犬歯を舌で舐める。
「そう。おれちんは死なない体になり彼女と共に過ごす事になった。そりゃ初めは良かった。寝ても覚めても大好きな彼女の側にいられる。おれちんにとってそれ以上の幸せは無かった。だけど、そんな幸せは長くは続かなかった。彼女はやがて大人になり人を愛して家族を作った。彼女の夫や子供逹はいつになっても死なないおれちんに畏怖を感じ少しづつ遠ざけるようになり家から離れた蔵に閉じ込めた」
陽がのぼっているのかどうか分からない暗闇の中、どうして自分がこんな目にあわされているのか分からなかった。救いだったのは彼女だけは毎日会いに来てくれた。
「彼女の目はいつも哀しそうだった。ある日彼女は『ごめんね、ごめんね、私のせいでごめんね』と繰り返していた」
あの時の自分は何で彼女がそんな事を言うのか?何でそんな哀しそうなのかまだ分からなかった。
その言葉の意味が分かったのはそれからどれ程の時が過ぎたのか分からなかったが彼女がここに訪れなくなってからその意味がようやく分かった。
毎日来てくれた彼女が来なくなり、自分が壊れていくのが分かった。何で来ない?自分は彼女に捨てられたのか?狂おしくて体の震えが止まらない。もう何日も何週間も何も食べていないのに吐き気がもよおしてくる。
怒りに任せて蔵の壁を噛み砕き彼女を探した。
だけど。
もう彼女はどこにもいなかった。
彼女は既に死んでいたのだ。
「何でおれちんを置いて死ぬんだよ!自分一人で何死んでんだよ!楽しかった彼女との思い出はとっくに消え失せ彼女に対する憎しみばかり心を支配し、おれちんの心は少しづつ蝕まれていった」
それから今に至る。
と、ブレットは口を閉じた。