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蒼天の城  作者: 飛島 明
第一部 再興編
3/82

瘤瀬の里(1)

 時が経ち、緑が瘤瀬こぶせに芽吹く。

だが、眼下に拡がる、かつて諏和賀の城下だった土地は荒涼として、草木も生えてはこない。烏が不吉にぎゃあぎゃあと鳴き、野犬がたむろしているのみ。

風に晒された骸が転がり昼夜の別なく亡霊が出ると旅人が怯え、罪びとさえも、近寄られない、見捨てられた地。




 瘤瀬は深い山のなかの僅か10家屋くらいの里ともいえない、群落だ。

その瘤瀬をさらに見下ろすような尾根の頂きに、若者と娘の姿があった。


「瘤瀬の里は、助かったとはいえない。もともとこの里は先代のお館さまが、棄てられた異形の者、死にかけた病人怪我人の、最後の安らぎの場として用意された里だ。

土雲たちの刃に晒されなかったのは、単に襲う価値すらなかったからだ」

若者が呟くように言った。

その年は20を越えた位か。顔立ちは端正ながら、精悍な面持ち。

細身であるが、野良着の上からでも均整のとれた、逞しさが窺いしれる。


「価値」

娘が言葉の意味を噛み締めるように呟く。

「里人のなかでも、達者な者は吉蛾衆の下で働いていたからな。小屋や田畑が残っていたとて、人がいなければ、滅びたと同じことだろう」

若者が無念そうに呟く。戦乱の折、若者はまだ10にもなってなかったのではあるまいか。

「オレ達は生き抜いぬいて、昔の緑豊かな、諏和賀の里をオレ達の手で取り戻すんだ」

若者が静かに、だが熱く語った。


「でも……。小鷲こわし、どうやって?」

娘が尋ねる。穏やかななかにも、かすかな反発。

「ご領主様一族は皆様、討たれて亡くなられたし、土地はまだ塩が抜けない。私達、頭領に連れてきて貰って、この瘤瀬でずっと暮らしてきたわ。諏和賀を覚えてない者も多いし、忘れたいと思っている者も……」

口を噤んだ。娘と青年はこの問題になると、いつも言い合いになってしまう。

それでも。

「ここでひっそりと暮らしていきたいと思っている者も多いわ」

そう反論を唱える娘は17、18くらいか。戦乱のことすら、覚えていないかもしれない。

あるいは、覚えているにはあまりに凄惨な記憶で、思い出さないよう、封印をしてしまったのかもしれぬ。

言葉とおり、彼女の記憶が始まったのは、瘤瀬の里からだろう。


「だけど、やつらの目を怯えながら暮らしている今の暮らしは、やっぱり歪なものだ」

小鷲は強くかぶりをふる。

彼は既に幾度となく戦闘を経験してはいた。が、戦乱のなか目の前で肉親を殺された訳でもない。そして、自身の命も奪われる恐怖に怯えながら為す術もなく、焼け野原となった棲家を、異臭のたちこめる死体の中を、泣きながら彷徨った記憶はない。


 蹂躙された記憶がない故、発する事の出来る、傲慢ともとれる言葉であった。

小鷲自身、同じ戦乱で、殆どの肉親を亡くしもしたが、皆とは違う心のきずであった。

その違いに、小鷲は果たして気づいているのか。

小鷲は己が勝ち取るべき未来を見つめているあまり、隣の娘の透明な悲しさのこもった瞳に気づかなかった。


(みんな、あなたのように強くないの。あなたは戦うために生きている人。

でも、まだあなたは生まれてさえいない。今日から続くと無意識に思っていた明日を、いきなり切り取られた絶望を知りはしない。自分のどうしようもない無力さに、のたうちまわったことはない。愛した者を手の間からこぼしてしまった虚しさを、わかってはいない……)

彼女は言葉を飲み込んだ。


「今の瘤瀬はじい様が先の戦のおり、こはと、お前のように身寄りのなくなった子供を集めて、じい様が頭領となり、仕込んだ忍ぶ里さ。ある目的の為だけの」

「目的」

ひっそりと隣の男の言葉を繰り返して呟く、ぬばたまの髪の、ほっそりとした姿の娘。

木立のなかの白百合のように可憐なかんばせを半ば隠した娘の髪が、ふわ、と揺れた。

火傷の跡と、鳩のような愛くるしい黒い瞳が見えた。

娘のかたわらには蝶が舞っていた。いかなる技か、娘には獣はおろか、虫も懐く。


「そう。生きて、生きて、生き抜く術を身に付ける為のな!」

小鷲がひょいと、こはとを抱き上げる。

「きゃ!」

抱き上げられた腕の中から小鷲を見下ろすこはと。小鷲の瞳が、悪戯っ子のようにくるめいた。

「子供で諏和賀の里を一杯にするんだ!」

「……小鷲」

こはとが小鷲の頭を軽く叩こうとする。こはとも、嬉しそうに瞳を煌めかせた。

いつか。この娘と幸せになる。悲願と両立させてみせる。小鷲がこはとの瞳をみつめて請うた。

「オレの子供を産んでくれるか」

こはとを見上げた小鷲はいった。

「小鷲!」

こはとが小鷲の頭に抱きつきかけた。

と。

こはとをおろしざま、小鷲はひょい、ひょいっと石を投げた。

「わっ」

くさむらが、ざわめく。木の枝から落ちた者もいた。

「おっ前らあぁぁぁっ!」

小鷲が握りしめた拳を震えさせた。

見られていた恥ずかしさ半分、いい場面を邪魔された鬱憤うっぷん半分といったところか。

「わあっ」

その場にいた者達が一斉に歓声をあげて、蜘蛛の子を散らしたように逃げ回る。躯のあちこちが欠けている者が多かったが、動きは軽快だ。よく見れば、火傷の跡が衣の中から覗いている者もいる。



みな、戦乱の折り、親とはぐれた子ども。

大きい者は小鷲や、こはと位の者から、小さいものは12、3歳くらいの者まで。

大人がほぼ殺され、その下の世代の子供はまだ生まれていない。




そのなかには。

「こら、待て、菜を!」

小鷲がこの悪戯の首謀者をその中にみつけ、捕まえようと手を伸ばした。逃げ損ね、ついに捉まった少女が、わざとらしい悲鳴をあげた。

「この山猿っ!来年16になるくせして、どーせコイツらをお前が唆したんだろうっっ!おまえも乗るんじゃないっ、疾風はやて!」

一方の腕に菜をと捕らえたまま、更にもう一人、大柄な少年をも捕まえようとする。


 小鷲が襟首を捕まえ羽交い絞めにした娘は、こはとより、一つ、二つ下か。

山猿と呼ばれた少女は、美しくなりそうな、だが、凛とした顔立ちをくしゃくしゃにして大声で騒ぎ、暴れていた。

隙をみて噛み付こうとしては、小鷲に阻まれている。

こはとのたおやかな美しさとは違う、生命力溢れる生命いのちそのものの美しさ。


「あーん、こはと姉者あっ、疾風兄者あっ 小鷲兄者が苛めるうう」

菜をは、戦法を変え、珍しく、甘え路線にいくことにしたようだ。気持ち悪いので、疾風と呼びかけられた少年の反応も冷たい。

「さらばだ、菜を。お前の尊い犠牲をオレ達は忘れはしない……」

小鷲の手を逃れた疾風は、高見の見物を決め込んだようだ。その言葉を聴いた途端、菜をは仮面をあっさりと捨てた。

「ひっどーい、疾風兄者っ!それが兄の言うことなの?!」

戒めからじたばたと逃れようとするが。

細身だが、鋼鉄のような腕に阻まれ、身動きもままならない、菜をであった。



「生死をかけた戦いの場で、兄も、妹もあるか。」

疾風の声が冷たく響く。

「うううー、えい、はなせ、このっ、このっっ兄者は、ここが弱いんだっ!」

菜をは、戦法を戻し、攻撃に転じた。小鷲の脇をくすぐりに入る。

「おとなしく成敗されろ、この山猿!!」

そうはさせじと、小鷲が菜をの頭にぐりごりと拳を入れる。

じゃれている小鷲と菜をを微笑んで見守っているこはと。

だが、そっと、顔に髪を垂らした。





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