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先生。  作者: Delta
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先生との出会い。

「はるか、予約は何時?」

職場に着て行く服を選びながら、和晃が私に聞いた。

「12時半。11時半過ぎのバスに乗って行くつもり。あー・・行きたくないなぁ・・」

「ちゃんと診てもらって、しっかり治療するんだよ」

「んー・・」


ここ半年くらい、冷たいものが左上の頬に沁みていた。歯医者さんに、異常なくらいのトラウマと恐怖心がある私は、いよいよ我慢できなくなるまで、歯医者さんに行くのを躊躇していた。


虫歯なら、放っておけば確実にひどくなっていく・・・。

行きたくない。でも、ひどくなるのも嫌。


そんな葛藤と闘っていると、和晃が「良いところだから」と紹介してくれた歯科クリニックに、予約を入れたのが1週間前。今日は、その予約の日だ。


「行ってきます」

「いってらっしゃい、気をつけてね。」


支度を整えた和晃が、いつもの時間に出掛けて行った。

洗濯物を干し終えて、遅めの朝食を摂り、私も出掛ける準備をする。


クリニックは、市内ではNO.1と謳われるほど有名で、駅前のオフィス街の中の、大きなビルの5階にある。22時まで診療を受け付けていて、夜遅くまで働くOLやビジネスマンに人気らしい。一般歯科、小児歯科以外に、ホワイトニング、無痛レーザー治療、審美歯科、インプラント、スポーツ歯科まで、最先端技術を取り入れていることでも知られている。


駅前へ向かうバスの中でも、治療への不安に駆られて心臓がドキドキしていた。

オフィス街の銀杏並木の歩道を歩き、ビルに入りエレベーターを探す。入り口にはコーヒーショップ、向かいには航空会社、ビルの最上階にはフレンチレストランもあり、おしゃれに働くには理想的なビルだ。

5階に上がると、「クリニックはこちら→」という看板が目に入り、矢印の方向へ歩いた。「デンタルクリニック」と書かれたガラス扉を開けると、あの、歯医者特有のにおいが鼻を突いた。入って右側に受付があり、そこから女性に声をかけられた。


「こんにちは、ご予約でしょうか?」

「はい・・」

「ご予約のお名前をよろしいですか?」

「春日部です」

「春日部様ですね・・・」


受付の女性はパソコンで予約確認をしている。

クリニックは、私の「歯医者さん」のイメージとはまるで違い、内装がとても綺麗で、どこかのエステサロンのようだ。待合室のソファーはふかふかで、ソファーの正面の大きな液晶テレビでは、洋画のDVDが流れている。


「春日部様、問診表にご記入をお願いします。」

受付の女性にペンを渡され、痛みの症状を書いていく。書いている間も、心臓はドキドキしたままだった。ソファーに座り、名前が呼ばれるのを待つ。

顔も目も、洋画の流れるテレビを向いているが、見ているようで見ていない。内容は全く頭に入ってこなかった。

診療室に入るガラス扉が開き、50代くらいの助手らしき女性が出てきて、カルテを見ながら名前を呼んだ。

「春日部さまー・・」

心臓のドキドキはさらに高まる。

「はい・・」と返事をし、助手に促され奥へ入っていく。

入るとすぐ左側に、若い男性医師が笑顔を向けて立っている。身長はそれほど高くない、160cm台だろうか。ブルーのダンガリーシャツにネクタイ、グレーのズボンに長い白衣を着て、袖は肘までしっかりと捲くり、表面の青いマスクのゴムを左耳だけに引っ掛けている。

「こんにちは」と医師が挨拶をしてきた。

歯医者が怖い私は、軽く会釈を返したものの、声までは出なかった。


診療室も、待合室同様、綺麗な内装で、設備も充実している。診療ブースは一箇所ごとに全て仕切りがあり、全ての左上天井には小型の液晶テレビ、待合室と同じ洋画が流れ、診療中も続きが楽しめるようになっている。洋画は全て字幕で、ステレオから音が出ている。歯科診療室でありながら、映画館のような雰囲気だ。思っていた以上に奥行きもあり、診療ブースは10箇所、その他に、X線室、レーザー治療室もある。


すごい・・・さすが、市内NO.1、オフィス街で人気ってだけある・・・。


案内された診療ブースに座って、相変わらずドキドキしながら待っていると、背後から声をかけられた。

「春日部さん、こんにちは。」

さっき入り口で会った男性医師が、ドクター用の椅子に座りながらカルテを持って近づいてきた。私の右側に座ると、

「春日部さんの担当をします、前田です。よろしく。」

と、やはり笑顔で。

「今日は、左上が傷むということですが・・・、痛みはどんな感じ??例えば、噛むと痛いとか、冷たいものとか温かいものが沁みる、甘いものが沁みる・・とか」

「あ、えーっと・・冷たいものがすごく沁みます。」

「冷たいものだね。じゃ、ちょっと、診てみようね。シートを倒しまーす」


不思議だった。症状について話しただけなのに、さっきまでのドキドキも、怖さも消えていた。


先生は、口の中を覗き込み、首をかしげている。

「春日部さん、どの辺が痛む?」

「え?どの辺?」

「うん、痛む箇所は虫歯じゃないみたいなんだ」

「どの辺・・・この辺??」

手を、左の頬に当てた。先生は手を当てたところをじっと見つめ

「ー・・・もう一度診るね。はい、開けてー・・」

ミラートップを奥まで入れてじっと見ている。

「あー・・もしかしてここかな??シートを起こすから、一度うがいをしてください」

言われるままにうがいをして、先生を見る。

「春日部さん、最近顔をどこかにぶつけたりしなかった?」

「・・??いいえ・・・」

「そうかー。実はね、沁みている箇所は、ほんの少しなんだけど、歯が欠けているみたいなんだ。」

「欠けてる??」

「うん。いろいろ原因はあるんだけど、よくあることなんです。心配しなくてもいいよ。少し、表面を薄く削って、白いもので被せれば、おそらく大丈夫だと思う。沁みてるから、軽く麻酔をしようね。」

「はい・・」

丁寧な説明にホッとした。


先生は別の女性医師にいくつか指示をして、他の患者を診に行った。このクリニックには、医師だけで6人、助手に至っては何人いるのかわからないくらい、スタッフも充実している。しかも、平均年齢も若そうだ。まだ30代そこそこといった医師ばかりで、助手も20代の女性が殆どだ。

その日の治療は、前田先生に指示を受けた女性医師が全てを請け負ってくれた。


治療が終わり、診療室を出ようと歩いていくと、背後からまた声をかけられた。

「おつかれさまでした。大丈夫?」

振り返ると前田先生が立っていた。

マスクをして、見えるのは目元だけだが、やはり笑顔だった。


「はい。」


初めて笑顔を返した。


「お大事に。」


会計と次の予約を済ませて、ビルを出た。


前田先生・・・すごく優しい先生・・・。


11月初旬。

さわやかな秋空の下、色づいた銀杏並木の歩道を歩く。



私はまだ、気づいていなかった。



この出会いが



心に、大きな変化をもたらすことを。


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