才能の片鱗
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男は尋ねた。
「そんなことは幻術とは言えないのではないですか?何かもっと華やかなものかと思っていました」
「おぬしもまだ若いの。魔術師のわしのとって杖は命にも等しい。普段から肌身離さず持ち歩いておる。それを手放させるように誘導出来ればおぬしは歴とした幻術使いじゃ」
「はあ、そういうものですか」
男は少し思案した。
「魔術師は皆、杖を持っているのですか」
「召喚も攻撃も、杖なしでは力を発揮できぬ。杖が無くても出来ることといえば、薬を作ることと、幻術くらいのものじゃな」
「そうですか。聞いただけでは、幻術というものが今一つ良くわからない。先にやって見せていただけませんか」
「そうじゃな、手本を見せてやろう。少し近くに寄りなさい。目を閉じて」
男は従った。老魔術師は男の肩に手を置き、呪文を唱えるべくゆっくりと目を閉じた。
「出来ました」
「何じゃ、いきなり」
老魔術師がその声に目を開けると、男の手には古めかしい杖があった。
「何とまあ。わしとした事が、してやられたわい」
老魔術師はカラカラと笑うと頭をかいた。男は杖を返し、言った。
「でもこれは幻術ではないですよね。何というか、ただのペテンです」
「気にするでない。このわしを騙したのじゃ。大したものだ」
「そう言われましても、ご老人を騙すなどあまり気分が良くありません」
「わしはまだまだ耄碌してはおらんぞ!」
その後しばらく幻術の基礎を学び、男は目覚ましい上達を遂げた。老魔術師に最高級の水着姿の美女が見える幻術をかけた所で、彼は叫んだ。
「今日はこれくらいにしておこう。上出来じゃ!」
男は簡単に礼を言い、屋敷に帰っていった。
男が去ったのを見届けると、老魔術師は言った。
「アイリス様。そこにいらっしゃるのでしょう」
すると、虚空から音もなく青いドレスの女が現れた。
「ふふ、あの人は中々才能があるでしょう?」
「才能があるどころではありません。末恐ろしい奴です。この私を謀るなんて」
そう言うと老魔術師は変身を解き、黒髪の美しい青年の姿になった。
「そうね。インキュバスのあなたがあんなに容易く騙されるなんて。騙すのはあなたの本職でしょうに」
青年は首を振った。
「あの男からは悪意というものが全く感じられないのです。私のような悪魔にすらつけ入れないほどに。あの男の口から出た言葉はどんなに滑稽でも真実に感じられ、すべての行いが誠意に見える。まだ自覚は無いようですが、本人が気づいた時、どんなことになるやら想像がつきません」
「それは素晴らしいわ」
アイリスは溢れんばかりの笑顔を見せ、鼻唄を歌いながら立ち去った。青年は顔をしかめながらも、アイリスの後を追った。