魔術の心得
魔術修業、はじめました。
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「うーむ、どうしたものかのう」
豪華すぎる朝食を終えた後、男は生まれて初めて習う魔術に苦戦していた。魔術師を探すのだから少しは心得が合った方がいいというアイリスの判断である。
男の目の前で頭を抱える小さな老人は、かつては青き炎とも呼ばれた高名な魔術師だそうだ。周りには男が悪戦苦闘した魔法の残骸が無惨に転がっている。
「召喚は今一つ」
老人が男が出したネズミのしっぽを杖でつつくと、しっぽはポン、と白い煙をあげて消えた。
「攻撃はてんでだめ」
老人は無傷のスプーンをコツン、と指で弾いた。
「魔法薬は論外」
男がかき混ぜる鍋の中には得体のしれない緑色の液体が渦巻いている。男はふてくされた。
「俺には向いてない、そんなこと最初から分かってました。いい奴だけどつまらない平凡な人生が似合いそうな男、そう散々言われてきたんですから。アイリスさんもどうかしてる。あなたみたいな本職の魔術師に頼めばいいんだ。どうせ今だって物陰から眺めて滑稽な俺を笑ってるんだろう」
「おう、中々言うな、おぬし。善良で悩みなど無さそうな顔をしておるのに」
老人は少し驚いたようで、男はさらに落ち込んだ。
「あなたがその女魔術師を探したらいいじゃないですか」
「わしが? それは無茶というものだ。あんな性悪女、扱いきれん。それに魔術勝負であの女に敵うものなどおらぬ」
老人は少し考えると言った。
「そうだな、おぬしが多少上達したとしてもどうにもならぬ。それならいっそのことこれにかけるか」
「何です」
男は投げやりに言った。
「幻術じゃ」
「何ですかそれは」
老人はニタリと笑った。
「聞いたことがないか。それもそうじゃろう。とても古い魔術でなあ。今の世の中、召喚や攻撃ばかりもてはやされておる。何せ見た目が派手じゃしな、無理もない。しかし魔術というのは人の心を惑わし、己の思うように他人を誘導したいという願いから生まれた物じゃ。わしの若いころは」
延々と続く話を男は遮った。
「一体どうすればいいんです」
「おう、すまんの。年よりは話がくどくていかん」
老人は腰を下ろした。
「用意するものは何もない。至極簡単じゃ。わしを欺いてこの杖を手放させてみるがいい」