伯爵令嬢
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明くる朝、男は使用人の声で目覚めた。食堂に案内されると、銀の燭台にペルシャ絨毯、大きな暖炉、豪華なシャンデリアが目につき、男はきょろきょろと辺りを見回した。
しばらくすると令嬢が現れた。豊かな金色の巻き毛をシニョンにまとめ、青色のドレスを身に纏う彼女はやはり美しかった。
「夕べはよくお休みになれましたか?」
「ええ、よく眠れました。訳が分からないことばかりだし、寝台にはカーテンのようなものがついていて大きすぎるし、落ち着かなくはありましたが」
「まあ、そうですか。案外肝が据わっていらっしゃるのかもしれませんね。良いことですわ」
令嬢はクスリと笑うと、使用人に食事を運ぶよう言いつけた。男の前に見たこともないような豪華な食事が並んだ。
「さあ召し上がれ、大したものはありませんが」
「何をおっしゃる、食べきれないほどあります」
男は目をぱちくりさせた。高価そうな食器に盛られた料理はどれも美味しそうだったが、手をつける気分でもなかった。
「昨日から気になっていたのですが……ここの領主の伯爵様にお嬢さんがいらっしゃったとは初耳です」
「そうですね、色々とありますのよ、事情は申し上げにくいのですが」
男は食い下がった。
「では、お名前だけでも教えてください。何とお呼びすればいいでしょう?」
「名前ですか。そうですね、アイリスと呼んでくださいな」
「アイリス様」
「様、だなんて堅苦しい。そのまま呼んでくださって構いませんわ」
「では、アイリスさんが探している魔術師とは一体何者なのですか?」
アイリスはため息をついた。
「彼女は、黒い風という異名を持つ魔術師です。本名は分かりません。私が出会ったころはイリヤ・マイセンと名乗っていましたが」
「何故その女を探しているんです?」
「彼女に私の大切なものを持っていかれてしまったんです。この話はこれくらいにしてそろそろ召し上がりません?ポトフが冷めてしまいますわ」
アイリスは小首をかしげた。
「お気に召さないようなら好きなものをおっしゃってくださいな」
「違うんです、ただ、その」
男は言葉を濁した。
アイリスは鈴のような笑い声をたてた。
「まあ、そんなに警戒なさらないで。毒など入っておりません」
彼女は皿の上のチキンを手に取ると、意外にも豪快にほおばった。
「うちの料理人はずっと昔から我が家に仕えておりますの。腕は確かですわ」
男はおそるおそる料理を口にした。今まで味わったことの無いような旨さに、男は夢中で料理を掻き込んだ。