王国の魔術師
王国編に突入します。
ウィルは魔術書を受け取り、念を押した。
「その『大事なもの』に本当に心当たりは無いんですね?」
「ああ。私は何も」
言いかけてイリヤははっとしたようだった。
「私たちの研究の成果はクレーメンス卿に全て押収された。もしや、アイリスはそれを私が隠し持っていると思っているのか。それなら分からぬこともない」
「それならアイリスさんに正直にそう話したらいいんじゃないですか?」
「アイリスは幻術使いではないが、幻術に詳しい。私の言うことを素直に信じると思うか?」
ウィルは言葉を返せなかった。色素の薄いイリヤの目が哀しげに細められる。
「幻術使いよ、一つ私からも頼まれてくれるか?」
「保存食に薬にお小遣いまでこんなにたくさん。イリヤ様は素晴らしいお方ですね」
「お前の『良い人』は金持ちか物をくれる人なのか。現金だな」
「はい、そりゃそうでしょう」
ヘンリーの姿に戻ったリリーは大きな袋を提げてにこやかに歩を進めた。
「しかし、現国王ともなれば高名な魔術師集団が仕えているだろうし、その元に忍び込んで情報を探るなど一気に事が大きくなったな。アイリスに報告したか?」
「え?」
「お前時々水晶玉を使ってアイリスとこそこそ話をしているだろう。この間使おうと思ったら使えなくてな。日に一回ってことはお前が使ったんだろ? 今回の事も良く報告しとけ」
「はあ、はい」
ヘンリーは驚いた。水晶玉を使うのはウィルが使わずに眠りについた時で、そのことを知られているとは思わなかったのだ。
「ウィル様、ぼんやりして見えますが中々やりますね」
「一言余計だぞ」
城までの道のりは遠かったが、イリヤが持たせてくれた路銀のお陰で旅は快適だった。ようやく辿りついた時、ウィルはあまり驚かなかった。
「これは……何だ、これが城だったのか」
「一体どうしたんですか、ウィル様」
「この建物を見たことがある気がするんだが」
「それでしたら、ウィル様。これですよ」
ヘンリーはポケットをごそごそとまさぐると一枚の金貨を取り出した。裏返すと城の形が刻印されている。
「そうか、妙に既視感があってな。もっと刻銘に見たことがあるような気もするんだが。それよりお前、何故自分のポケットに金貨を隠し持ってるんだ」
ヘンリーは赤い舌をペロリとだした。
「ウィル様、こんな作戦で大丈夫なんですか」
「案ずるな。上手く行ったらそれでいいし、行かなくても幻術でどうとでもなる。城とはいえ、看守は人間だろう」
「悪い顔をしてますね、と言いたい所なんですが、のほほんとした顔をしてらっしゃる」
「いい加減それは聞きあきた」
二人が城の門前で言い合っていると、門番が見かねたように声をかけた。
「お前たち、一体何をしている。用がないならさっさとここから去れ」
ウィルは、門番に言った。
「私は遠い東の国の魔術師です。この度、国王の魔術顧問の座に空きが出たと知り、参りました」
「そうでしたか、失礼致しました。では身分証を」
ウィルがヘンリーに目配せすると、ヘンリーは荷物から手帳を取り出して門番に見せた。
「よろしいでしょう。お通りください」
かくしてウィルとヘンリーは城の中へと一歩足を踏み入れた。