孤高の女魔術師
目指すのは、日曜の夜読んでも憂鬱にならない小説です。
いつもよんでくださりありがとうございます。
少女に案内された先は至って質素なレンガ作りの家で、ウィルは拍子抜けした。
「ここに、イリヤ・マイセンがいるのかい?」
「ええ、確かよ」
見たところ、変わった様子は無かった。家は良く手入れされていて、庭に植えられたスミレが風に揺れている。しかし油断は禁物だ。見た目というものが信用ならないことは、隣にいるリリーに嫌というほど思い知らされている。
「イリヤを呼んでくれないか」
そう言って振り返ると、少女は消えていた。ウィルが身構えると、家の中から一人の女が現れた。つやめく白銀の髪と、強い光をはなつ灰色の瞳。透けるように白く通った鼻筋、熟れた赤い唇はウィルの目を惹き付けるのに充分だった。白いフードは魔術師の標準的な服装だが、華奢な体に似合わない大きく長い杖と肩に下げた大剣が物々しい。
「ほう、本、と……お客をつれてきたようだな、まあ上出来か」
「イリヤ・マイセンか? あの娘をどこへやった?」
「私の名を知っておるのか。いかにも、私はイリヤ・マイセンだ。案ずるな、あれは私の術で作り出した人形で、人間ではない」
イリヤは口の端を歪めた。人差し指につけた指輪の宝石がきらり、と輝く。
「お前も人が良いな、幻術使いよ。他人よりも己が身を心配せぬか」
「イリヤ様もそう思いますか? そうなんですよ、全くウィル様といったらいつもこの調子で」
隣にいたはずのリリーはいつの間にか金髪の美少年の姿になり、見るからに羽振りのよさそうなイリヤのもとで媚びた笑みを浮かべていた。ウィルがあきれたように見つめると、リリーは肩をすくめ、かるく頭を下げた。
「この姿の時はヨシュアとおよびください。良い名でしょう?」
ウィルはそれには答えず、イリヤに問いかけた。
「なぜ俺が幻術使いだと知っている」
「先日の大会、中々の戦いだったな。駆け出しの魔術師、しかもこの世の中でおよそ流行らない幻術使いが優勝するとは」
「観ていたのか」
「観なくてもそのくらいは分かる。遠くの物事を知る手だては何も水晶玉だけではない。その程度のおざなりな知識で良く私の元にきたものだ」
そう言うと、イリヤは二人を手招きした。
「立ち話も無粋だな。上がって構わないぞ」
「はい、イリヤ様」
金髪の美少年はイリヤにこれ以上ない満面の笑みを見せ、つき従った。
「おい、待てリリー、ヘンリー、いや、ヨシュア! ああ、ややこしいことこの上ないな」
ウィルは周囲に警戒しつつも、イリヤの屋敷へと歩を進めた。
屋敷の中は、外から見たものとは比べ物にならないほど広かった。ウィルとヨシュアが案内されたのは客人を迎えるための広間で、テーブルの上には高価そうな食器が並び、銀の燭台には火が灯されている。
イリヤが呼び鈴を鳴らすと、先程の少女が紅茶をもって現れた。彼女はウィルを見て少し申し訳なさそうに目を反らしながら紅茶を出し、一礼してそのまま去って行った。
「さて、本題に入ろう。ともかく、その本を私に返してくれぬか? それは私が作ったものゆえ」
「それはできない。これを手放せば災厄が降りかかるとアイリスに言われている」
「アイリス? あやつは今そう名乗っておるのか」
イリヤは長い脚を組み換えた。
「取りあえず本を見せてみろ」
ウィルは一瞬躊躇したが、素直にイリヤに本を渡した。ヨシュアは目を丸くした。
「ウィル様はこういう所の詰めが甘いんですよ」
「イリヤが本気で奪うつもりならもうとっくにそうしているさ」
二人が声をひそめて話している間、イリアは熱心にページをめくった。
「予想はしていたが、やはり書きかえられてしまったらしい。私への挑戦状のつもりか。小癪な」
「この本は一体何なんだ?」
イリヤは本を捲る手を止めない。どうやらしばらく待つしかなさそうだ。そう思い、ウィルは紅茶を飲みながら待つことにした。