紫色の服の女
ウィルとヘンリーは料理屋を飛び出した。もちろん出がけに食事代は店持ちで、と亭主に幻術をかけたことは言うまでもない。
「まあ、騒ぎになるところを抑えたんだからこのくらいはいいよな。全く幻術なんてのは因果なものだ」
「ウィル様、ぼやいている場合じゃありません。あっちです!」
女は相当足が速いらしく、紫色の服はもう随分小さく見えた。
「ヘンリー、お前動物にも化けられるんだよな? こういう時は馬だ」
「ええ? まさか乗るつもりですか?」
「今はそれどころじゃないだろ。文句は後で聞いてやるよ」
そしてウィルは馬の姿になったヘンリーにまたがり、紫色の服の女を追った。さすがに馬は早く、すぐに女に追いついた。まだ十四、五歳だろうか。少女と言っても良かった。少女は諦めたのか逃げることをやめて睨むようにウィル達を見ている。
「なあ、その中には金目の物は入ってない。古い本が一冊あるだけだ。返してくれないか?」
「その本が要るのよ」
「この本を持っているとろくなことにならないぞ。元はといえば、この本のせいで俺は厄介事に巻き込まれたんだ。あまり触らないほうがいい。呪われるかもしれない」
すると少女は驚いたように鞄を取り落とした。ウィルは鞄を拾い上げると聞いた。
「で、誰に頼まれたんだ?」
少女は何も答えない。
「ウィル様、どうして頼まれたと分かるんです?」
「この本は誰もが欲しがるような代物じゃない。本の中身も知らずに奪おうとするってことは、頼まれたか脅されたかってところだろ?」
「そう言われればそうですね」
ヘンリーは馬の姿から美女のリリーの姿に変わり、少女にやさしく微笑んだ。少女は目を丸くした。
「あなたたち、魔術師なの?」
ウィルは頷いた。
「ああ。まだ駆け出しだけどな。教えてくれ、君を雇ったのはどんな奴だ? 教えてくれれば咎めはしないよ。君はこの本に関わるのは止めた方がいい」
少女は悩んだ末、話始めた。
「フードで顔は良く見えなかったけれど、イリヤ・マイセンとなのっていたわ。あなたが持っている鞄の中の本を持ってきたら報酬はどれだけでも出すって」
ウィルとリリーは顔を見合わせた。
「まさかこんなに早く見つかるとはな。俺たちはその魔術師を探しているんだ。一緒に連れていってくれないか?」
「えっ、でもそれは」
「イリヤは、本を持ってきてくれといったんだろ? 本のおまけに俺がついているだけだと思えばいい」
しばらく考えると少女は頷いた。
「分かったわ。ついてきて」
「うわ、ウィル様、こんな少女に幻術を使うなんて中々邪悪ですね」
しかしウィルは緊張した面持ちを浮かべたままだった。
「これはイリヤのお招きだな。それにしても、何故こんな回りくどいことを? しかもこの本について俺は全く知らない以上、とても不利だ」
「ウィル様、口調の割には表情は余裕そうですが」
「昔から良くそう言われるんだ。ほっとけ」
こうして一向は少女に導かれて、イリヤ・マイセンのもとに向かうこととなった。