9. こういうのはキャラじゃない
エスペルガディア帝国の外交官との謁見の日、家臣達は総じてそわそわして落ち着かないようだった。
外交官を謁見の間に呼ぶと、玉座にバカ国王、その右隣りに私、その隣にジル、階段を下りて両左右にクラウスと外務大臣とで謁見が始まった。
本当だったらジルは身分上の問題で入れないが、もう私の右腕として恥ずかしくない仕上がりなので同席を許してもらった。
外務大臣は渋ったが、バカ国王とクラウスは彼女の有能さは重々承知なので快諾してくれた。
「表を上げよ」
映画とかで定番の言葉をバカ国王が外務官に告げた。昨日のような弱気な態度が見られないので、感心していたが、外務官は顔を見たらそんな思いは吹っ飛んだ。
うわぁ……イケメンだ。
整った甘い顔は、人畜無害そうな柔和な表情を装い、若葉色の美しい肩口で綺麗に整えられていた。
二次元に居そうなイケメンに少なからず私のテンションは上がった。
個人的に男臭い人より甘めな感じのする顔の方が好み……うっ! 隣から冷気を感じる気がする!!
隣を見たいけど大事な時なのに見っともない様な気がして、何でもないようにそれに堪えた。
彼の年齢は恐らく30代。外見年齢は20代だが、国王と聖獣の前でこの落ち着きと堂々な態度は流石に20代では出せないと思う。
バカ国王より余程国王らしい立派な態度だ。
特に私に対してここまで恐怖や怯むような態度がないのはびっくりした。
すごいとは思うけど、きっと狸なんだと考えると非常に残念で気が重たくなった。
エスペルガディアは人材が豊富なんだろうな。羨ましい事だ。
ここからしばらく形式ばった挨拶を一通りこなしてから本題に入った。
向こうの提案は、正式な交流を開始してお互いに国の発展に尽く事を目的としていた。
まず友好の証としてエルペルガディアは食料と財源の援助と技術者を
送るので、グリオールもエスペルガディアに使者を派遣して最先端の技術を学び、お互いの意見交換し合おうと言うもの。
ただその使者には私がいる事が絶対という条件だった。
国の復興に一番の力を入れているのは私であり、皇帝陛下も聖獣である私に会って話をしたいとの事。
その話を聞いてクラウスや外務大臣は素直に喜んでいた。
資金、食料、技術は現状では喉から手が出るほどほしい。私だってこの世界の先進国を見てみたいとは思う。
確かに美味しいお誘いだが、ちょっと話が美味すぎないか?
確かに復興の速度は著しく早いが、あちらさんが提示するものに見合った分の見返りは出来ないと思う。
グリオール王国は立地的に他国から離れていて独自の宗教・生活文化があるので外交はかなり制限されている。国の特産物は他国ではあまりない珍しい鉱石や薬草、あとはこの地方でしかとれない野菜くらい。
どれも他国では少し高値で売買されるが、ものすごく高い訳ではないし、元の量が少なく大量に売れる物ではないので、大きな利益になるようなものではないのだ。
だからエスペルガディアがそこまでこの国の援助をしても手に入れる利益は少ない。
エスペルガディア帝国が私と使者を国へ招待した理由を考えると、もしかしたら私達は人質として捕らえられるのではないのかと思う。
私が召喚される前は、この国が潰れるまで待つ様な国ばかりだったのだ。私がいなくなった間に一気に畳み掛け、この国を支配するして植民地にするかもしれない。
植民地となれば、グリオール王国近辺の国へ対しての牽制にもなるし、今は多少高値で取引をしている物もエスペルガディアでは優先的に安価で取り引きして、他国に高値で売り払う事も出来る。
グリオールから搾取して、エスペルガディアがより繁栄する。
……少し考え過ぎかもしれないけど、無いとは言い切れない。国同士で簡単に借りを作るのは良くない。それを楯にされると後々揉める事になるから。
全く、エスペルガディアもなかなかえげつないな……。
まあ、そんなこと絶対にさせないけどね。
果たしてバカ国王はどういう対応をとるのやら……。
黙ってバカ国王の反応見守っていると、バカ国王は目を閉じ何かを考えているようだった。
しばしの沈黙しての後、バカ国王は目を開き外交官をまっすぐ見据えた。
「エスペルガディアの心遣い、甚く感謝する。ただ、折角の申し出だがグリオールは辞退させて頂く」
「……ご理由をお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか?」
バカ国王の丁寧な返事に、外交官は少し不思議そうな顔をしていた。
そりゃそうだ。愚王と名高いバカ国王が、美味しい話を断るなんて寝耳に水だろう。
昨日、バカ国王の真面目な態度に驚いた私がそうなのだから、噂のみで偏見のある人なんか不思議で仕方ないだろうな。
「余は、民を苦しめた愚王だ。傲慢で自分勝手で、人の苦しみなど黒虎に出会うまで考えた事もなかった。だが黒虎に出会って、初めて自分が愚かだと悟ったのだ。黒虎は余、民、国のために心血を注いでくれている。それなのに、余は何も出来ずに恥ずかしく思う」
サイクの落ち着きや、心に染み渡る様な言葉にここにいる全員がバカ国王以外見えていないだろう。
今、彼はこの場の支配者となったのだ。
「余が狂わせた国だ。余の力で建て直したいが、余は余りにも脆弱だ。だから、黒虎を含め、グリオール王国全員の力で国を建て直したい。そしてエスペルガディア帝国とは、余や民が国として恥ずかしくない状態のグリオール王国になってから交易を申し願いたい。それが余の願いだ」
謁見の間は沈黙が訪れた。
クラウスと外務大臣は驚きと感動で動けないようだ。今まで尽力していたクラウスなんか目に涙を浮かべている。
幼少の頃からバカ国王を見ていただけに、感動もひとしおのようだ。
私も馬鹿な生徒が立派に成長したようで、初めてバカ国王を誇らしく思う。
そして私の中で喜びと、懐かしい様な不思議な感情が芽生え、何故だか泣きたくなった。
外交官は無表情を崩し、柔和な表情を湛えた。
「承知致しました。それでは国王にはそのお言葉と熱意を伝えさせて頂きます」
「ああ。感謝する」
外交官はすっと綺麗な礼をすると、ちらりと私を見つめてからまた国王に視線を戻した。
「それでは交易は延期にさせて頂きますが、黒虎様のエスペルガディアへの訪問の方は如何でしょうか? 皇帝陛下は黒虎様に会える事を大変楽しみにしております」
「それは……」
これは予想をしていなかったので、バカ国王も考えあぐねているのか、不安そうに私の顔色を伺った。
ここで臨機応変が出来れば文句ないんだけどなぁ〜。まあ……まだ難しいか。
出来ればバカ国王に言ってもらって王としての威厳を見せつけて欲しかったが仕方ない。
内心溜め息吐いてから、代わりに私が答えた。
【我はグリオールの聖獣だ。この国を守るためにいる。用があるならそちらが出向け】
「こ、黒虎! その様な言い方は……」
【黙れ】
私が偉そうに答えると、バカ国王は急いで窘めた。だが、私はそれを聞く気はない。ここでは、聖獣の立ち位置をしっかり認識させなくてはならないのだ。
【我が人間の命を聴くと思うているのか? エスペルガディアの使者よ】
「いえ、決して命令として申し上げているわけではございません」
【どうだかな。どうせ皇帝に頼まれていたのだろう? 強国からの申し出と、聖獣を軽んじる態度に対する愚王と聖獣の反応を調べよ、と……】
私の鋭い指摘にグリオール側は少し動揺していたが、外交官にはその様子が見られなかった。
「今まで交流のなかった国ですので、国王陛下の御人柄を実際の目で見極めるよう命を受けたのは事実で御座います」
外交官は申し訳なさそうにしていたが、一度狸だと疑ってしまうとその慇懃な態度が胡散臭く感じてしまう。
【我を試すなど、烏滸がましいにも程がある】
私が怒りを滲ませ威圧すると、謁見の間がカタカタと揺れ始めた。
その揺れに焦ったのはジルを除くグリオール側で、外交官は少しの焦りはあるが、努めて冷静にこちらの様子を伺っていた。
聖獣はこの世界においては特別な存在で、神のようなものだ。
ここでグリオールの聖獣がわざわざエルペルガディアの皇帝に会いに行ったとなれば、黒虎としての威厳がなくなり舐められる。
それは私としてもムカつくし、グリオールが下に見られるのは更にムカつく。
グリオールの国民性は素晴らしいんだからな!!
忍耐強くて平和主義。この国が腐ってもここまで持ち堪えたのは多分グリオールで無ければ無理だと思う。
それ位私はこの国の民を誇りに思っているのだ。
権力者はクソだけどな!!
今までの苦労を思い出し、自然と怒りが湧き上がってしまったせいで地鳴りがした。
これも威圧になるからいいか。ムカムカしながら、私は外交官を睨んだ。
【蒼雀が圧倒的な力を持ってエスペルガディアを築いた様に、我はこの国を護る為ならば容赦はしない。愚かな人間よ。聖獣が何故存在するか、努努忘れるな】
努努忘れるなと言いつつ、私が一番実感ないけど。
以前に文献で読んだら、初めて黒虎が召喚された際、国を護るために攻撃してきた敵を殲滅したらしい。
何その兵器!! あな恐ろしや!
今の私がどうこうする訳ではないけど、黒虎という存在はグリオールを護るのに重要な存在だ。
だから私のキャラじゃない事をしても被害が出ないように、先に他国を威圧しなければならないと思う。
こっちは戦闘兵器持ってるんだぜって感じで脅せば、向こうも簡単に私達をあしらったりはしないだろう。
「……御意。大変失礼致しました。どうぞ気をお鎮め下さい」
【次はない】
「肝に銘じておきます」
表情を打ち消して真面目な顔になった外交官の態度に、私も気を鎮めて地鳴りを納めた。
全く……自分のキャラじゃない事をするのは疲れるよ。
その後の話し合いは、バカ国王達に任せた。
聖獣は簡単にお話ししませんよアピールも大事だと思います。